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126. 炭酸の魔法

 ドリンクコーナーの前には何台ものドリンクサーバーが並んでいて、それぞれに違うフレーバーの表示がついている。コーラ、ジュース、ミルクティー。


 種類は実に豊富だ。


 私は手慣れた手つきで二つの清潔なカップを取り出すと、給湯器の前に立った。


 お湯をじっくりとカップに注ぎ、内側をしっかりと殺菌する。


 これは前世で身についた癖だ。


 お湯で温めたカップで飲むほうが、なんだか衛生的で気持ちいいと思ってしまう。


「これがこの世界の『魔法』なんだよ」


 不思議そうな顔をしているユーナに向かって笑いながら、私は給湯器のスイッチを押した。


 温かいお湯がじょじょにカップの中へと流れ込んでいく。


 ユーナは目を見開いて、あんぐりと口を開けたまま、その不思議な光景に圧倒されているようだった。


 その様子があまりに可愛くて、思わずアムニートで暮らしていた頃のことを思い出してしまう。


 あの頃のユーナは、毎日決まった井戸まで水を汲みに行かなければならなかった。


 今ではボタン一つでお湯が出てくる。


 彼女にとっては、それだけで立派な驚異だったのだろう。


「見てて!」


 私は笑いながら、拭き取ったカップをコーラサーバーの下に差し出して、そっとレバーを倒した。


 黒い液体が勢いよく湧き出してきて、無数の細かい気泡を従えて、シューッという微かな音を立てながらカップを満たしていく。


 気泡はまだ止まらずに浮き上がり続けていて、なんだか楽しそうだ。


 ユーナは新大陸でも発見したかのように声を上げ、目をぱちくりとさせてカップの中の黒い液体を凝視していた。顔いっぱいに驚きの色が広がっている。


「わあ! お嬢様、これ何? どうして泡が出てるの?」


 その様子があまりに可愛すぎて、私はつい笑ってしまう。


「これはコーラっていうんだ」


 飲みたいという衝動を必死に堪えて、私はカップを後ろからやってきた佐藤さんに手渡した。


 口調にはどこか諦念にも似た響きが混じっている。


「今の私、体の調子が良くないから冷たいのは飲めないんだ。悪いけど、佐藤さんが飲んで」


 転生してから十三年、この世で最も美味しい飲み物を一口も飲んでいないなんて。


 酸味と甘みの中に気泡の口当たりが加わるあの味わいは、私がずっと憧れていた味だった。


 でも今の体調では確かに冷たいのは良くない。誘惑を必死に堪えるしかなかった。


 佐藤さんはカップを受け取ると、ためらうことなくごくごくと飲み干した。


 顔には満足げな表情が浮かんでいる。


 ユーナは私と佐藤さんの様子を交互に見て、ますます好奇心を刺激された様子だ。


 彼女は私の真似をして、もう一つのカップを手に取ると、そっとコーラサーバーの下に差し出して、恐る恐るレバーを押した。


 黒い液体がカップの中に注がれた瞬間、無数の気泡がぶくぶくと湧き出して、シューッという音が響いた。


 ユーナは驚いた小鹿のように後ずさりをして、両手でカップをしっかりと握りしめている。


 目元にはどこか怯えの色が宿っていて、小さな声で言った。


「こ、これ……本当に飲んでも大丈夫? ずっと泡が出てるけど」


 その様子があまりに可哀想で、私は思わず吹き出しそうになった。


 彼女がなぜ怖がっているのか、私にはよく分かっている。


 エーリクセンにおいて、泡が出る液体といえば、大抵は魔女が錬成した毒薬か、猛烈な毒性を持つ魔法薬だ。


 そんなものを飲み物として扱う者など、誰もいない。


 異世界から来たこの少女はまだ知らないのだ。


 これからどれほど素晴らしい味わいが彼女を待っているか、ということを。


 ユーナは両手でその泡立つコーラのカップをそっと捧げ持っていた。


 細い指先は緊張のせいで微かに震えていて、カップの壁に付着した水滴が指先を濡らしている。


 彼女はカップを自分の目の高さまで持ち上げた。


 瞳には好奇心と同時に恐れの色が輝いていて、濃い睫毛が瞬きのたびにひらひらと揺れる。


 ピンク色の柔らかい唇は緊張のあまり一直線に結ばれていて、なんだか可愛らしいと同時に哀れを誘うようだ。


「こ……これ、黒い液体が私の喉を腐食したりしないよね?」


 声には震えが混じっている。


 目元いっぱいに心配の色が広がっていて、どうやら異世界の「常識」に影響されて、どうしても泡立つ液体が飲めるとは信じられないらしい。


 彼女が迷っている最中、一つの気泡が彼女の目の前で弾けた。


 細かい飛沫が飛び散る。


 ユーナはびくりと肩を震わせて、手が大きく揺れて、コーラを零しそうになりながら、顔には慌てた色が浮かび上がった。


 思わず吹き出しそうになって、私は一歩前へと歩み出した。そっと彼女の肩に手を置いて、穏やかな声で慰める。


「大丈夫だよ。この世界では、これがみんなの一番のお気に入りの飲み物の一つなんだ。本当に美味しいから、飲んでみたら?」


 佐藤さんも傍らで賛成の意を表した。


「そうそう、ユーナさん。安心して飲んでよ。俺だって何年も飲んでるけど、全然平気だよ!」


 ユーナは大きく深呼吸をした。覚悟を決めたかのように、目を閉じて、そっとカップの縁を唇に寄せて、恐る恐る少しだけ口に含んだ。


 最初の一滴の冷たい液体が彼女の舌先に触れた瞬間、彼女はぱちりと目を見開いた。


 顔には驚きの表情が浮かび上がって、思わず一歩後ずさりをして、口からは短い叫び声が漏れている。


「あ!」


「ひ、ひりひりする……それに、舌の上でぴょんぴょん跳ねてる……!」


 彼女は眉をひそめて、どこか困惑した様子で言った。


 舌先にはまだ微かな痺れが残っていて、炭酸の刺激を感じ取っている。


 頬は冷たい液体と炭酸の刺激のせいで可愛らしい紅色に染まり、小さな鼻先がぴくりと動いている。


 なんだかとても愛らしい。


 すると次第に、彼女の表情は驚きから驚嘆へと変わっていった。


 眉がだんだんと緩んでいき、目元にも好奇心の光が宿ってくる。


 そして最後には、言葉にできないほどの喜びがその顔に定着した。


 彼女はもう一度、そっと一口含んだ。


 今度は怖がることなく、舌先で広がる味わいをじっくりと味わっている。


 顔には満足げな表情が浮かび上がっていた。


「すごい……」


 彼女は小さな声で呟いた。


 目をきらきらと輝かせて、カップの中で絶え間なく上昇し続ける気泡を見つめている。


 指先でそっとカップの壁に触れて、気泡が弾ける時に生じる微かな触感を感じ取っていた。


「甘くて……それに少しひりひりする。美味しい……」


「だろ? だから美味しいって言ったじゃん!」


 佐藤さんが得意げに言うと、またごくごくとコーラを飲み干した。


 顔いっぱいに満足げな表情が広がっている。


 ユーナは彼に構わず、興奮した様子で私に向き直った。


 口調には喜びが溢れている。


「クローディア様、この『コーラ』っていう魔法の薬……」


 言いかけて、自分の失態に気づいたのか、彼女の頬が瞬時に真っ赤に染まった。


 慌てて赤い顔をうつむかせて、声もだんだんと小さくなっていく。


「あ、いえ……この飲み物、本当に特別で、美味しいです……」


 私は彼女の恥ずかしそうな様子を見て、思わず笑ってしまった。


 優しい声で言う。


「好きなら良かった。また機会があったら、この世界のいろんな飲み物を飲ませてあげるね」


 ユーナは頷いて、やっぱり頬は赤いままだ。指先が無意識にカップの壁をなぞっていて、気泡が弾ける時に生じる微かな触感を感じ取っている。


 目元には好奇心と喜びが溢れ返っていて、コーラがもたらしてくれたこの新奇な体験にすっかり浸っていた。最初の恐れなんて、とうにどこかへ吹き飛んでしまっている。


 佐藤さんは傍らの席に座ったまま、ユーナの可愛い様子を見ては「尊えええ!」と変な叫び声を上げていた。


 それにスマホを取り出して、こっそりと写真を撮っている。


 小さな声でぶつぶつと呟きながら。


「だめだめ、可愛すぎる。保存版にしないと……これからは俺の宝物だ……!」


 私は仕方なく首を振った。彼が好き勝手に任せておくことにする。


 どうせ悪意はないし、ただ単純にユーナが可愛いと思っているだけなのだから。


 ユーナはコーラを数口飲んだ後、目をまた別のドリンクサーバーに奪われていた。


 彼女はそっと手に持っていたコーラのカップを置くと、別のドリンクサーバーの前まで歩み寄って、上についている表示を好奇心いっぱいに覗き込んだ。そして振り返って私に聞いた。


「クローディア様、これは何? これも飲み物?」


 私は笑いながら頷くと、一歩前へと歩み出して彼女のためにスイッチを押した。


 オレンジ色のジュースがじょじょにカップの中へと注がれていって、ほんのりと果実の香りが漂ってくる。


「これはオレンジジュース。これも美味しいから、試してみて」


 ユーナはジュースを受け取ると、恐る恐る一口飲んで、また顔いっぱいに満足げな笑みを浮かべた。


「これも美味しい! この世界の飲み物、どうしてみんなこんなに不思議なの?」


 彼女は新しいおもちゃを見つけた子供のように、あっちの飲み物を試したり、こっちの飲み物を試したりしていた。


 顔にはいつも明るい笑みが溢れ返っていて、ピンク色の長い髪が彼女の動きに合わせてひらひらと揺れている。


 なんだかとても艶やかだ。


 私はカウンターの端に寄りかかりながら、彼女の楽しそうな様子を見て、心の底から温かい感情が込み上げてくるのを感じていた。


 急に思った。


 もしかしたら、今回この世界に来たことは、すべてが悪いことばかりじゃないのかもしれない。


 エーリクセン領の発展に役立つものを見つけることもできるし、それ以上に、ユーナと一緒にこうして新奇な事物を体験させてあげられる。


 この単純な喜びを感じ取らせてあげられる。


 だけど。


 私はユーナの楽しそうな横顔を見つめながら、やっぱり心のどこかに不安と困惑を抱えていた。


 彼女は私のことが好きだと言ってくれた。


 そして私も、彼女に対して特別な感情を抱えている。


 だけど、この気持ちは本当に永く続くのだろうか。


 私は転生者だ。この世界には属さない魂を持っている。彼女は私が最も大切に想っている人。


 自分が彼女の想いを裏切ることにならないか、自分の特異さのせいで彼女に傷を負わせることにならないか。


 そんな恐れが心の奥底に棲み着いていた。


「何考えてるの?」


 ユーナの声が突然私の耳元に届いた。彼女はジュースのカップを手に持ったまま私のそばまで歩み寄ってきて、そっと私の腕に触れた。


 口調には優しさが溢れていると同時に、どこか聞き覚えのある、調子を狂わせるような響きが混じっていた。


「まさか、私がこんなに美味しい飲み物を飲めるのを羨ましがってたりしないよね?」


 私は我に返って、彼女の狡賢い笑みを見つめながら、頬がほんのり熱くなるのを感じた。


 首を振る。


「ううん、別に。ただ、これらの飲み物の作り方をエーリクセンに持ち帰ることができたら、領民たちも喜ぶだろうなーって考えてただけ」


 私は無意識に話題を逸らしていた。


 彼女に心の底に潜む不安と困惑を悟られたくなかった。


 まだこの気持ちに向き合う準備なんてできていない。


 彼女に自分の心配事を打ち明ける準備もできていない。


 ユーナはにっこりと微笑むと、私の内心を見抜いた様子もなく、そっと私の長い髪を撫でてくれた。


 声は優しい。


「うん、きっとできるよ。帰る時までには、きっとこの世界の良いものをいっぱい持ち帰れるはずだから。だから今は、この世界の美味しいものと飲み物を思い切り楽しもうよ、ね?」


 私は頷いた。彼女の明るい笑顔を見つめながら、心の奥底に潜んでいた不安と困惑も、この温かさと喜びに押し流されていった。


 佐藤さんもまたそばまで歩み寄ってきて、手には三杯のドリンクがぶら下がっている。私たちに手渡しながら言った。


「さあ、戻ろう。料理、もうすぐ出来上がると思うから。座ってゆっくり飲まないと、冷めちゃうよ」


 私たちは頷くと、ユーナの手を握って、佐藤さんについてゆっくりと自分たちの席へと戻っていった。


 窓から差し込む陽射しが私たちの体に降り注いでいて、空気中には食べ物の香りと飲み物の甘い香り、それに私たち三人の笑い声が混じり合って、なんだか温かくて素敵な時間が流れていた。


 私は傍らにいるユーナを覗き込んだ。


 彼女の顔にはいつも明るい笑顔が溢れ返っていて、指先はそっと私の手を握りしめている。


 それからまた、傍らで騒がしい佐藤さんの様子を覗き見た。


 彼は今このレストランの看板メニューについて熱っぽく語っていて、顔いっぱいに熱意が溢れている。


 急に思った。こんな時間って、本当にいいな。


 戦争も陰謀もない。


 あるのはただ単純な喜びと、傍らにいてくれる人の存在だけ。


 ——だけど、心のどこかで分かっていた。


 この穏やかで喜ばしい時間は、結局は束の間のものに過ぎないのだ。


 私たちはいつかエーリクセンに戻らなければならない。


 領地のすべてに向き合わなければならない。エーリクセンの発展のために引き続き努力しなければならない。


 だけど、ユーナが傍にいてくれる限り、どんな困難があってもきっと勇敢に立ち向かえると信じている。


 そしてユーナが私に向けてくれているこの想いも、大切に大事にしまっておくつもりだ。


 じっくりと考えて、彼女を満足させられる答えと、同時に自分自身も安心できる答えを見つけ出すつもりだ。


 ——やがて、私たちの注文した料理が運ばれてきた。


 湯気を立てているグラタン。香ばしい匂いの漂うトマトベーコンパスタ。


 それにサクサクの揚げ物盛り合わせ。見た目だけでも食欲をぐっと刺激される。


 ユーナはフォークを手に取ると、恐る恐るグラタンを一口試して、すぐに顔いっぱいに満足げな笑みを浮かべた。


「美味しい! これもすごく美味しい! 私が作るよりずっと美味しい!」


「当然だろ? この店のグラタン、看板メニューなんだから!」


 佐藤さんが得意げに言うと、フォークを手に取って、大きな口を開けてむしゃむしゃと食べ始めた。なんだか慌ただしい様子だ。


 私もフォークを手に取り、トマトベーコンパスタを一口試した。馴染み深い味わいが舌の上に広がっていく。


 このパスタの味は前世の頃と瓜二つで、思わず前世の日々を思い出してしまい、心の底からほんのりと懐かしさが込み上げてきた。


 私たち三人は円卓を囲んで、美味しい食べ物を食べながら、飲み物を飲みながら、お喋りをして笑い合って、なんだかんだと賑やかな時間を過ごしていた。


 佐藤さんはやたらと喋り続けて、花の国の面白い話をしてくれたり、普段読んでいる漫画ややっているゲームの話をしてくれたりしていた。


 ユーナは好奇心いっぱいに聞いていて、時折質問をぶつけていた。


 私は傍らで静かに彼らの話を聞いていて、時折一言二言を混ぜながら、ずっと穏やかな笑みを浮かべていた。

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