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125. 薬とファミレスと

 佐藤さんが落ち着かない足取りで廊下を去っていく後ろ姿を見送りながら、私は苦笑いを浮かべてユーナの懐に身を預けた。


 彼女の優しい手のひらが、けいれんする私の下腹をそっと揉みほぐしてくれている。


 力加減は柔らかくて均一で、痛みを和らげようとする気遣いが伝わってくる。


 ユーナの体からは仄かな梅の花の香りがして、その馴染み深い匂いが私の慌てた心を少しだけ落ち着かせてくれた。


 痛みもほんの少しだけ和らいだような気がする。


「もう少し我慢してね、クローディア。佐藤さん、すぐ戻ってくるから」


 彼女は私の長い髪を優しく撫でながら、穏やかな声で私を慰めてくれた。


 私は彼女の懐に身を寄せ、目を閉じて、その優しさに身を任せながら。


 頭の中でつい考え事を巡らせてしまっていた。


 昨日、ユーナは「好き」だと言ってくれた。


 その言葉は、まるで私の心の土の中に蒔かれた種みたいに、じわじわと根を下ろして芽を出し始めている。


 そのせいで、私の胸は高鳴りと同時に、どこか落ち着かない。


 こんな姿勢で、こんな身分で、女の子に好かれるなんて思ってもみなかった。


 それ以上に、ユーナに対してこんな感情を抱えているなんて、自分でも信じられない。


 前世の私は独りぼっちだった。


 こんな温かさも、こんな胸がときめくような思いも、一度も経験したことがない。


 今、この突然舞い込んできた感情に、私はどこか戸惑いながらも、それを大切にしたいと強く願っていた。


 ——どれくらいの時間が経っただろうか。


 廊下から急な足音が聞こえてきて、すぐ後にドアがそっと開けられた。


 佐藤さんが息を切らして戻ってきたのだ。


 彼の手には、薬局のビニール袋がぎゅっと握りしめられていて、力みすぎて指の関節が白くなっている。


 彼は部屋の入り口に立ったまま、大きく深呼吸をして、自分の感情を落ち着かせようとしてから、ゆっくりとドアを開けた。


 顔を上げてこちらを見ることができず、視線は床の目地に釘付けだ。


 頬は相変わらず真っ赤だ。


「こ、これ……」


 彼は早足で私たちのそばまで来ると、袋をユーナに手渡した。


 声はどんどん小さくなっていき、耳先は血が滴りそうなほど赤くなっている。


「あの……痛み止めは、店員さんに食後に飲んだほうがいいって言われたけど……。それと、ナプキン、店員さんに聞いたら、これがお嬢様たちの年頃の子によく使われているやつだって……たぶん、たぶん合うと思う……」


 そう言い終わるか終わらないかのうちに、彼はまるで何かの重大な任務を完遂したかのように、大きく息をつき出した。それでも、まだ私たちを見ることはできないようだった。


 ユーナは袋を受け取ると、中身を急いで探り始めた。


 すぐにナプキンと痛み止めの薬が見つかったのだが。


 その時、一箱のパッケージの凝った痛み止めが袋からこぼれ落ちた。


 ピンク色の薬板の上には、一つ一つが可愛らしいイチゴの形をした錠剤が並んでいる。


 説明書には「生理専用」なんて文字が印刷されていて、なんとも言えないほど精巧だ。


 それを見た佐藤さんは、さらに慌てふためき始めた。


「店、店員さんがこれは……イチゴ味で、苦くなくて飲みやすいから、女の子にいいって……! 別に、別にこんな可愛いのわざと選んだわけじゃないよ! ただ、店員さんに勧められただけで……!」


 必死に説明すればするほど焦りが増していくのか、言葉も支離滅裂になっていく。


 そうこうするうちに、彼は言い終わらないうちにくるりと回れ右をして、キッチンへと逃げ出した。


 走りながら叫んでいる。


「お湯、沸かす! とりあえずお湯! あ、あっちでやるから!」


 キッチンからはすぐに、磁器のボウルがぶつかる甲高い音と、水が出る音が聞こえてきた。


 どうやら佐藤さんは、てんてこ舞いでお湯を準備しているらしい。


 私はユーナの懐に寄り添ったまま、キッチンから聞こえてくるその物音に、思わず吹き出してしまった。


 ユーナは私の身の回りの世話をすべて済ませると、そのイチゴ形の痛み止めを一つ取り出して私に手渡した。


 優しい声で言う。


「さあ、まずは薬を飲みましょう。お湯が出たら飲んでね。そうすれば痛みも和らぐはずだよ」


 私は錠剤を受け取って口に放り込むと、舌の上にふわりとイチゴの甘い香りが広がってきて。


 確かに苦くなかった。


 しばらくすると、佐藤さんがお湯を入れたカップを持って戻ってきた。


 手元がまだ震えているようだ。


 彼が振り返るときにドア枠にぶつかりそうになりながらも、それでも必死にカップを私の手元にそっと差し出して、小さな声で言った。


「ネ、ネットで調べたら……お湯が痛みを和らげるって……。だ、だから飲んで」


 私はカップを覗き込んだ。


 彼の黒いパーカーの袖口はすでにお湯で濡れている。


 どうやらお湯を注ぐ時にあまりに慌てふためいて、自分にかかってしまったらしい。


「ありがとう、佐藤さん」


 私がお湯を受け取ると、指先に温かみが伝わってきて、それが指先から心の奥底まで染み渡っていくような気がした。


 下腹の痛みも、ほんの少し和らいだような気がする。


 佐藤さんは手をひらひらと振って、相変わらず顔を赤くしたまま、私たちを見ることができずに早口で言った。


「い、いや、なんてことないよ。ただの通りすがりの親切さ……じゃない、まあ、举手の労だよ。ゆっくり休んで。俺はリビングにいるから、邪魔はしない」


 そう言い終わると、彼はまたそそくさと部屋を出ていき、ドアをそっと閉めた。


 ユーナは私のそばに座ったまま、そっと私の下腹を優しく揉み続けている。


「どう? 少し楽になった?」


 私は思わず頷いた。


 お湯を一口飲むと、温かい液体が喉を伝って胃のあたりまで届き、心の底までポカポカしてくる。


 痛みは確実に和らいでいた。


「うん、ずいぶん良くなったよ。ありがとう、ユーナ」


 私は彼女を真っ直に見つめて、目元いっぱいに感謝の気持ちを込めた。


 もし彼女がいなかったら、私はどうすることもできずに困り果てていたに違いない。


 ユーナはにっこりと微笑むと、手を伸ばして私の白金色の長い髪を優しく撫でてくれた。


 目元には満開の優しさが溢れていて、口調にはどこか聞き覚えのある、調子を狂わせるような響きが混じっている。


「何言ってるの? 私に遠慮なんていらないよ、私のお嬢様。これからも、変なことばかり考えて、自分が気持ち悪いなんて思わないでね。私にとって、あなたはいつだって『私の大好きなクローディア』だけなんだから」


 彼女の指先が私の頬をそっと撫でていて、その動きは言葉にならないほど優しい。


 私は頬がほんのり熱くなるのを感じて、思わずうつむいてしまった。


 心臓の鼓動が、また勝手に速くなっていく。


 こうしてストレートに告白されるの、やっぱりまだ慣れてないな……。


 私たちは寄り添ったまま、ユーナがずっと優しく付き添ってくれた。


 時折水を手渡してくれたり、下腹を優しく揉んでくれたりして。


 下腹の痛みが完全に和らぐまでそうしていたら、私はだんだんとリラックスしてきて、またうとうとと眠りに落ちていった。


 ——次に目が覚めた時には、すでに昼過ぎだった。


 カーテンの隙間から陽射しが差し込んで、部屋の中をポカポカと暖かく照らしている。


 私たちは散らかったベッドを片付けて、汚してしまったシーツを取り替えて、すべてを整えた。


 佐藤さんはリビングのソファに座って、手には漫画本を握りしめている。


 私たちが部屋から出てくるのを見ると、彼はすぐに漫画を放り出して、頭をかきながら笑顔で言った。


「やっと片付いた? 午後までかかると思ったんだけどなあ。昼ご飯はもう買ってあるけど、冷めちゃったから温めようか?」


「そんなに気を遣わなくていいよ、佐藤さん」


 私は笑いながら言い返した。


「片付けは終わったから、せっかくだし外で食べに行かない? さっきのお礼も兼ねて」


 ユーナも頷いて、賛成の意を表した。


「そうですね、佐藤さん。本当にありがとうございました。ご馳走させていただけませんか?」


 佐藤さんの目がパッと輝いて、すかさず頷いた。


「お、おう! 知ってる? この近くにすごく人気のファミリーレストランがあるんだ。味もなかなかで、何よりドリンクバーが有名なんだよ! 俺が案内するよ!」


 彼は嬉しそうに語ってくれた。どうやらこのレストランに相当通い詰めているらしい。


 彼はオタクだ。


 普段は家で漫画を読んだりゲームをしたりして過ごしているけれど、好きな食べ物をあちこち探し回るのもまた、彼の大きな楽しみなのだ。


 私たちは身支度を簡単に整えて、佐藤さんと出発した。


 道すがら、佐藤さんはずっとそのレストランのことをべらべらと語ってくれた。


 あちらのグラタンがどれだけ香ばしいか、トマトベーコンパスタがどれだけ本格的か。


 それにドリンクバーにはどれだけの種類のドリンクがあるか。


 聞いているこちらが、すでに待ちきれなくなってきてしまった。


 前世の私も、よくこの手のチェーン店に通っていた。


 ここの料理は本場の洋食と比べたらまだまだだけど、花の国においてはかなり良いほうだ。


 特にあのドリンクバーは、種類が豊富で味もなかなかいい。


 ——そうだ、ドリンクバーだ。


 転生してからというもの、地球のドリンクを飲む機会なんて一度もなかった。


 特にコーラなんて、前世の私の一番のお気に入りだった。


 そう思うだけで、胸がときめいてくる。


 ——それにしても。


 私はふと思った。今、私とユーナは、地球という異世界にいる。


 この先、どんな発見があるだろう。どんな技術を持ち帰れるだろう。


 ……まあ、それはまた後で考えよう。今はまず、腹を満たすことだ。


 そうしているうちに、私たちはすぐにその洋風ファミリーレストランに到着した。


 店内の内装はとてもアットホームで、暖色の照明と柔らかいソファの座席。


 空気中には食べ物の良い香りが漂っていて、食欲をぐっと刺激された。


 佐藤さんは勝手知った顔で窓際の席を見つけて、私たちを座らせた。


 ウェイトレスがすぐにメニューを持ってきてくれる。


「ここ、ドリンクバーが有名なんだよね」


 佐藤さんが秘密めかして片目をウインクすると、メニューのドリンクバーの欄を指し示した。


「後でたくさん飲んでね。いっぱい種類があるから」


 私は頷いて、目元にも期待を滲ませた。


 転生してから、地球のドリンクなんて飲んでない。


 コーラだって、前世じゃ毎日のように飲んでたのに。


 ユーナはメニューを手に取って、眉をひそめて中身をじっと見ていた。


 どうやら初めて見る食べ物ばかりで、どれを選んでいいか分からないらしい。


 彼女はこちらを振り返って、目元に問いかけの色を湛えた。


「クローディア、これ、何? 全然読めない……」


 私は笑いながら説明してあげた。


 メニューの上の料理を一つ一つ指し示して、それが何で、どんな味かを教える。


 ユーナは真剣に聞いて、時折頷いたりしていた。


 最終的に、彼女はグラタンを選んだ。見た目が美味しそうだと言っていた。


 そして私は、迷わずトマトベーコンパスタを注文した。それにお惣菜の盛り合わせも。


 トマトの酸味とベーコンの塩気、それにサクサクの揚げ物が合わさったら、考えるだけでよだれが出そうだ。


 もちろん、ドリンクバーは欠かせない。久しぶりのコーラを、もう待ちきれない。


「ユーナ、ドリンク取りに行こうか」


 私は立ち上がると、ごく自然に手を差し出して、彼女を誘った。


 ユーナは明らかにどきりとした様子で、色白の頬をほんのり赤らめ、目元に慌てた色を宿していた。


 ためらうようにしばらくしてから、彼女はそっと私の掌に細い指先を載せた。


 その指はとても柔らかくて、指先から伝わってくる温もりが肌を伝っていく。


 私の心臓がまた、勝手に鼓動を速めていく。


 私は思わずその手をしっかりと握りしめて、彼女をそっとドリンクコーナーへと連れていった。


「うわあああ! 異世界姉妹の百合展開、まさに現場激写! 尊すぎるだろおおお!」


 私たちが数歩歩いたところで、背後から佐藤さんの変な叫び声が響いてきた。


 続いて「ドサッ!」という音と共に、彼がそのまま席に倒れ込んで死んだふりをしているのが見えた。


 両手は大げさなポーズを作っていて、顔は興奮で真っ赤だ。


 私は思わず白目を向きたくなった。


 ——こいつ、本当に救いようがないな。


 百合オタクも大概にしてほしい。


 ユーナの頬はさらに赤くなって、思わず自分の手を引っ込めようとした。


 でも私はそっとその手を握りしめたまま、笑いながら言った。


「ほら、佐藤さんの相手はしないで。ドリンク取りに行こう?」

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