122. 花の国の都、そして交換の約束
部屋の見学を済ませ、俺は無意識に貯蔵手環を撫で回していた。
机の上に散らかった漫画本、部屋の隅に置かれた家電製品へと視線を流してから、佐藤さんの方へと振り返った。
口調は落ち着いており、表情も真剣そのものだ。
「一つお伺いしたいのですが、ここから一番近い都市まで、どれくらいの距離がありますか」
問いかけを終えると同時に、俺はうつむき、目を伏せた。
心の中では密かに思案を巡らせていた。
せっかく地球に来たのだ。素手のまま帰るわけにはいかない。
エーリクセンに持ち帰る価値のある有用な品々を、必ず見つけ出さねばならない。
もうこの地球に未練は一切ない。エーリクセンこそ、俺の真の故郷だ。
十三年の歳月を経て、何も知らない公爵令嬢から、独り立ちできる魔術師へと成長した。
あの土地の一草一木も、領民一人ひとりも、すべて俺の胸に刻まれている。
俺のあらゆる行動は、最終的にエーリクセンの発展のため力を尽くすことを前提としている。
俺は顔を上げ、窓の外に目をやった。遠くの地平線に、低い家並みがかすかに浮かんでいる。
窓の隙間から風が吹き込み、見慣れぬ匂いを運んでくる。
地球とエーリクセンの時間の流れに、大きな差はない。
手環に彫られた紋様を指先でなぞりながら、時間を計算する。
前世の俺は、十三年前にこの星でとうに命を落とす。
前世の俺はただ走り回り、疲れ果てるばかりの、頼る人も居場所もない社畜だった。
親族も友人もなく、毎日残業と疲労に苦しんでいた。
今となっては、あの日々もぼんやりとした夢のように思える。
かつて俺を知っていた人々も、目立たぬ通行人に過ぎなかった俺のことなど、とうに忘れているだろう。
何しろ俺は元々孤児で、肉親も家族もいなかったのだ。
三十年暮らしたこの星には、もう俺の居場所などどこにもなかった。
そう思うと、心の底から淡い徒労感が湧き上がり、運命の無常に密かに嘆かずにはいられない。
誰がこんな結末を予想できただろう。
不意な死をきっかけに異世界へ転生し、まったく新しい身分と絆を与えられるなんて。
「ああ、ここからなら花の国の都まですごく近いですよ。電車に乗れば一時間もしないうちに中心街に着きます!」
佐藤さんはすぐに笑顔で答え、口調には熱意が溢れていた。
ぼさぼさの短髪をかきあげ、好奇心を宿した目で二歩ほどこちらに近づいてきた。
「クローディアさん、街の様子に興味があるんですか? 花の国の街並みを見てみたい、それとも何か特別なものを探しているのでしょうか?」
「花…… 花の国の都?」
ユーナは俺が作った言語翻訳魔導器を耳につけたまま、眉をひそめ、必死に佐藤さんの口調を真似て、ぎこちない花の国の言葉でそう繰り返した。
これは俺が三日間で急いで作り上げた魔導器だ。
細部を磨き上げる余裕がなかったため、翻訳能力には限界があり、普通の人間の会話レベルには到底及ばない。
この出来でも、十分に役立ってはいる。
言い終えたユーナは無意識に俺の方を見やり、瞳に微かな不安を滲ませた。
自分の言い方が正しいか確かめようとしているようだ。
佐藤さんの返答を聞き、俺は内心大いに驚き、瞳の奥に喜びがちらりと宿った。
ここから花の国の都がこれほど近いとは思いもしなかった。
花の国の都は地球でも名高い大都市で、科学技術が発達し、物資も豊富だ。
あの街なら、エーリクセンの領地の発展に役立つ品々がもっと見つかるに違いない。
例えば先進的な農具、使い勝手の良い日用品、医療機器などだ。
これらを持ち帰れば、領民たちの生活を大きく改善できる。
きっと誰かが疑問に思うだろう。異世界から来た俺たちには地球の通貨がないのに、どうやって街で買い物をするのかと。
この問題については、俺はとっくに対策を立てていた。
この世界に再び来ようと決めた瞬間から、解決策を考え続けていたのだ。
俺は手を挙げて手首を軽く揺らした。
手環が淡い青い光を放ち、一枚約二十グラムのハーランド金貨が三枚、ゆっくりと手環から現れ、掌に落ちてきた。
金貨は手に取るとじんわりと温かく、表面の紋様も鮮明に浮かび、柔らかな金属光沢を纏っている。
俺は金貨をそっと、目の前の机の上に置いた。
指で机を軽く叩き、声を潜めて言った。
「この三枚の金貨を、花の国の貨幣と交換していただけますでしょうか?」
この三枚のハーランド金貨があれば、俺とユーナが明日、明後日の二日間、都で買い物をする費用には十分間に合う。
それに、俺たちには地球の身分証がないため、街の宿泊施設を予約することもできない。
だから毎晩、ここ佐藤さんの家に戻って休ませてもらうしかない。
安心して過ごせる拠点があれば、地球の科学技術を理解することに、より集中できる。
「もちろん大丈夫です!」
佐藤さんは一瞬もためらわず、瞳がたちまち輝いた。
机の上の三枚の金貨をじっと見つめ、興奮を隠しきれない様子だ。
慌てて振り返り、後ろの収納棚を探し回り、すぐに小型の金庫を見つけ出した。
慣れた手つきで暗証番号を入力して金庫を開け、中から真っ白な封筒を取り出す。
中の紙幣をそっと数えると、両手で俺に差し出した。顔中に熱意が満ちている。
「ほら、これだけあれば絶対足りますよ」
俺は封筒を受け取り、そっと開けた。
中には百枚ほどの紙幣が入っており、額面最大の一万花の国貨幣が六十枚以上を占め、残りは各種の紙幣で、一番小さな額面でも一千花の国貨幣だ。硬貨は一枚もない。
相手が差し出した金額が、予想を大幅に上回っていた。
「金貨の重さを量ったり、価値を確かめたりしないのですか? 交換して損をするなんて思わないのでしょうか?」
確かに多くの金銭を受け取れるのは嬉しいが、長年培った常識が、予期せぬ大金を安易に受け入れることを拒んだ。思わず問いかけた。
「いえいえ、全然問題ありませんよ」
佐藤さんは手をふりふり笑い、少しも気にしていない様子だった。
「この金貨は絶対に売るつもりがないので、損をする心配などまったくないんです」
「どうしてです?」
俺はますます困惑し、眉をひそめて彼を見つめ、答えを待った。
地球では貴金属自体に高い価値がある。この三枚の金貨を売れば、相当な額の貨幣に換わるはずだ。
なぜ現金に換えず、手元に残そうとするのだろう。
「だって、これは異世界の品物なんですよ!」
佐藤さんは興奮して手を擦り合わせ、引き出しから清潔なゴム手袋を取ってはめると、金貨を一枚そっと持ち上げ、目を近づけて詳しく観察し始めた。
指先で金貨の紋章をなぞり、すっかり夢中になっている。
「コレクションとしての価値は、今ある紙幣の額をはるかに超えています。異世界の金貨を手にするなんて、以前は夢にも思えなかったのに、売るわけがありませんよ!」
なるほど、彼は異世界文化に熱中している若者だったのか。
彼が宝物のように金貨を扱う姿を見て、俺の胸にわずかにあった罪悪感も次第に消えていった。
予想以上の金額を受け取ったが、相手がこう言うのなら、遠慮せず受け取ることにしよう。
金銭は多ければ多いほど良い。それだけ有用な品物を多く購入できるのだから。
ユーナは俺の隣に立ち、好奇心から身を乗り出し、俺が持つ封筒をじっと覗き込んだ。
指先で封筒から一万花の国貨幣の紙幣を一枚取り出し、薄い紙をつまんで瞳を輝かせる。
眉をひそめ、紙幣に描かれた人物や紋様を細かく眺め、小声でぶつぶつと呟いた。
「この世界の人は、こんな薄い紙切れをお金にしているのですね…… 本当に不思議。金属の重みも、魔法の気配もないのに、どうして物と交換できるのかしら」
その口調には強い疑問が宿っている。この信用通貨の意味を、到底理解できていないようだ。
俺は封筒をしまい、再び佐藤さんに向き直り、誠実な口調で頼んだ。
「佐藤さん、もう一つお願いがあります。明日、花の国の都へ買い物に行くのですが、身分証がないため宿を取れません。こちらに二日間ほど泊めていただけますでしょうか」
俺は彼がためらうだろうと思っていた。俺たちはただ一度会っただけの他人なのだから。
だが彼の反応は、俺の予想を完全に裏切った。
さっきまでふくれっ面をしていた青年は、まるで貴人の命を受けた従者のように深く一礼し、恭しく、かつ熱い声で言った。
「異世界からいらした貴賓のために尽くせること、これほどの栄誉はございません! どうぞ遠慮なくお泊まりください。何日でも構いません!」
言い終えると、着替えを持つ暇もなく、机の上のスマホを慌てて掴み、慌ただしく家を飛び出した。
玄関のドアが「バタン」と大きな音を立てて閉まり、その衝撃で壁までわずかに揺れた。
俺は閉ざされたドアを眺め、無意識に顎を撫でた。心中に疑念が渦を巻く。
(こいつ、どこか変じゃないか?)
常識的に考えれば、異世界ファンだとしても、見知らぬ俺たちを泊めるなら、せめて金貨を宿代として要求するのが普通だ。
なのに彼は何も求めず、慌てて立ち去ってしまった。
とはいえ、自ら部屋を空けてくれ、拠点を用意してくれたのは幸運だ。別の宿を探す手間も省ける。




