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策士策に勝つ

「違う、これも違う、これじゃない……違う」


 大魔導図書館。あらゆる魔導書や歴史書が納められた世界でも随一の蔵書量を誇る巨大な図書館。

 ユリエルは背表紙を撫でては違う、撫でては違うと苛立ちを見せていた。


「ユリエルさん、私にもお手伝いできることはありませんか?」


 声をかけてきたのは、ネクロン・ダーク。七魔将が一人にして、今は存在しない大魔族。

 魔法に対する知識は豊富で、現代第魔法についてはユリエルよりも見識がある。


「いい。ウチの、仕事」

「わかりました。では、どうぞ」


 ネクロンは紅茶の入ったカップを空中で操りながら笑みを見せた。

 温かい紅茶の香りが尾行を擽り、ユリエルは緊張の糸が途切れたように一度、魔導書の創作を辞めた。


「ありがと」

「いいえ。何を探していたんですか?」

「ゴーレムを作る魔法」

「ゴーレムを?」

「うん。もう、誰かが誰かを守って死ぬのは、嫌だから」

「なるほど。では……この魔導書ですかね」

「……よさそう。ありがと。詳しいんだ、魔法」

「私はエルフと魔族のハーフなので。魔法のために生まれてきました」

「……魔法の、ため? 嫌だね、そういう人生」

「そうですか? 固有魔法は魂に刻まれた術式と言います。その研究は何年も進められてきましたが、その中で、種族を選りすぐることで強力な魔法を手にするという倫理観が欠如した実験を知っていますか?」

「聞いたこと、ある」

「ええ。私は大魔族の生まれですが、半分エルフの血が入っています。本来魔族のハーフは奴隷のような第三身分のはずですが、私は魔族の魔力制御とエルフの魔力の多さを併せ持って生まれることが出来ました」


 第三身分。奴隷や悪ければ実験体になるような存在で、かつて親衛隊長もそうだった。

 ルカが救わなければ、恐らく死地に無下に飛び込むような人生だっただろう。それを恩義に感じて、親衛隊長は体を張ってユリエルに託した。

 ルカを助ける。危険な目に遭わせないように、守る魔法を磨く。


「そう、なんだ。魔法のために生まれたなら、魔法を、恨んでない?」

「どうでしょう。私は結局、魔族を蘇生する魔法などと、使えない魔法を獲得しました」

「魔族の、蘇生?」

「魔族は死ねば魔力に還元されます。なので、蘇生は出来ないのです。情報が霧散して、ね。しかし、魔法そのものは強力なのと、知識があったので大魔族として生き残れました。魔法は道具です。ユリエルさんも、私と同じく魔法に振り回されたのなら、分かるかもしれませんね」

「そう。魔法は道具。でも、使う人の違いで、救うことも殺すことぉできる。ウチは前者を選んだけど、ダメだった。もう、魔法を壊すしかない」

「それがユリエルさんの願い、ですか。いいですね、お手伝いします」

「え?」

「ぶっ壊しましょう、こんな世界。そのお手伝いはしますので、私の手伝いもお願いできますか?」

「何をするの?」

「私の魔法を使えるものにしたいんです。少しでも、魔王軍の役に立たないと」

「……固有魔法の術式編集……やってみよっか」

「はい。お願いします」


 ユリエルは多くの物を失った。だからこそ、最後に託された言葉を呪いにしないために、勉強する。

 戦う力がなさすぎることは悟った。だからそんな物を上げるより、徹底的に守る力を上げ続ける。

 もう、涙を流しても拭いてくれる人はいない。泣いたら泣いた分、自分で目でも擦って立ち上がるしかない。


   †


「ねーえー、ミミっちー。勇者側の大部隊が攻めてて来てるってー! ヤバいってー!」

「黙っとれうぬは。そんなもんは分かっとるし想定内じゃ」


 指揮官として全体の状況を把握するミミの周りを文字通りウロチョロする吸血鬼の少女、エリン・ヴラッド。

 自由奔放な上で役に立たない小娘の相手をしている暇はないとばかりに、ミミは考えを巡らせた。

 最近は先の時代と違って誰もが意志と責任を持って動く。無限に変動していく可能性。まるで髪の毛の先程もない無数の糸でマフラーを編むような途方もない思考が必要だった。

 そうでなくとも、勇者たちの動きも読みにくい。

 例えるなら、物語の書き手がいつの間にか変わった……いいや、主人公が変わったよう名妙な様子だった。


「時代の流れか。抗えんな、いつになっても」

「先頭は勇者フィーネ。最初に投降を呼びかけて、以降抗うものは全て屠るって、っぽいねぇ。覚悟決まっちゃってますわこれー。ねえねえ、ミミっち、勇者がこんな風に成長するより前に倒すんじゃなかったっけ?」

「そのつもりだったんだがね。最近の奴は無駄な頭を使って敵わんのう。こっちは勇者パーティーを殺してないが、内ゲバで一人死によったらしい。その上、勇者一人での単独作戦。陽動ですよと言っておるのが見え見えじゃが、それ以上に、今勇者はパーティーで孤立しとる。叩くなら今じゃのう。エリン、七魔将を集めろ」

「誰をー?」

「全員じゃ」

「全員で、孤立してる勇者を叩くの?」

「珍しく頭を使ったじゃないか。褒めてやろうぞ」

「うーん、なんか、いくないね、その作戦」

「は?」


 レクスギア王朝でも、この魔王軍でも、ミミの作戦は絶対だった。

 ミミが絶対的な成功をおさめ続けるからこそ、誰も意見を出しはしなかった。

 そして、誰もが腹で不満を抱え、最後の最後、絶対に裏切られては敵わない瞬間に裏切られて死んだ。

 新鮮だった。なんのけなしにモニターに目まぐるしく視線を配り、ポツリと言葉を落とした存在が。

 即座に、ミミは固有魔法で作戦を修正した。全軍で勇者に当たって倒せる可能性は二〇%程度。これを一〇〇にするのがミミの才覚。

 しかし、勇者を襲わない作戦を取ると、その成功率は最初から七〇%だった。


「驚いたの……うぬの固有魔法は何じゃ? エリン」

「血を吸うと力が上がる魔法だよ? ねーねー、ミミっち。別動隊がいるなら、それをみんなで叩こうよ。勇者が陽動なら、そっちが本命でしょう?」

「ほう。勇者の進路は間違いなく魔王城に向かっているが、それを無視して他に何か大きな作戦があると?」


 エリンの言うことは最初からミミも考えていた。

 しかし、決してフィーネを無視はできない。何せ、無視すれば勇者は必ず魔王城に到達する。勇者とはそう言うもの。聖剣の力に導かれ、勇者フィーネは陽動の末に本命になる化け物なのだ。

 魔王軍が落ちるよりも最悪の事態はないと仮定した時、別動隊はある程度監視を着けて無視。全員かつ最速で勇者を倒す。

 後はその足で別働隊を叩く。今の魔王パーティーたる七魔将ならそれが出来るはず。

 しかし、ミミの魔法は全く別のことを言っていた。


「大きな作戦って言うかー、なんだろなぁ」

「なんじゃ、早う答えんかい」

「あのさー、魔王軍が滅ぶのってー、誰にとっての最悪?」

「はあ?」

「それよりさぁ、一個最悪、あるくない?」

「なんじゃそれは」

「聖杯を、奪われること」

「……ほう。あのガキ魔王、この采配はまさに悪魔的じゃのう。思わぬ才能を掘り当てよったわ。いいじゃろう、エリン、なら、別動隊の目的は聖杯の奪取じゃと思うわけじゃな」

「うん。そう思うんだけどね」

「大体わかった。七魔将を集めろ。戦えるものだけでよい。別動隊の動向はある程度掴んでおる。ここは魔王軍らしく、正々堂々奇襲じゃ」

「でもでも、あの勇者様はどうするの?」

「はっは、うぬには発想はあれど経験がないようじゃの。いるじゃろうて、最高の当て馬が」

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