初の死者
「それが本当だとしたら、やはりあなたは信仰心が足りない」
「あの場で主を信じられる程、私は大人ではなかっただけです」
地面で軽くステップを踏みながら、足を庇いつつ銃を撃ち続けるリラ。
体のどこに刃を隠しているのか分からないが、いずれにせよ既に勝負はついている。
しかし、絶対に負ける訳に行かないアーヴェルは奥の手を打つ。
それは歴史を学ぶこと。
かつてリラは勇者の一撃に敗れた。視界を失い、成すすべなく屠られたのだ。
何度も読み聞かせられた。教会での教育。戦闘訓練で教わる上級の技。
踏み込みながら回転して視線を一度斬り、剣を引き抜き様に鞘をかなり上に置いて一気に視界を斬る――
完璧な一撃。完全な勝利。これで、氷理教会総本山たるラウンドベースは守られる――
「歴史を正しく学ばないと、こうなるのですね」
ぐちゃ――
肉が潰れる嫌な音と共に、リラは地面を強く蹴って縦に回転して斬撃を避け、あろうことかアーヴェルの胸に弾丸を十数発撃ちこんだ。
「がっは……な、あ……何、で……」
「私が目を隠しているのは、怪我ではありません」
目隠しの奥には、長い睫毛と宝石のような青く、綺麗な瞳。どこにも傷など、ない。
アーヴェルは気づいた。自分こそが、歴史に踊らされていたのだと。
「私はもう、子どもたちに語りかける存在にないと、目隠しをしました。勇者を殺し、統一教を滅ぼした後、復讐の意味を失った私は勇者の残党に捕まり、磔にされました。しかしそんな都合の悪い歴史は残さないでしょうね」
「馬鹿な……協会が嘘を……そんな、何故……」
「人とはそう言うものです。信仰とは結局信じきれる強さが肝要なのです。あなたが迷った時点で、もう私には及びません」
「その足も、僕を誘うために……」
「今、私が仕えているのは主ではなく、魔王です。彼の戦い方を参考にさせていただきました。ただ、私は既に主への信仰が消えているので治癒は出来ませんが……あなたを殺すには十分でしょう」
トドメとばかりに足に銃弾を受ける。
アーヴェルは絶体絶命の渦中に叩き落とされた。
落ち度はなかった。それこそ、芸術的なまでに詰めた。最後の最後に裏切ったのは、自分が信じていた教会の歴史だった。
「ミミさん、一つよろしいでしょうか」
『なんだお前は。作戦行動中だろうが』
「勇者パーティーの一人を倒しました。可能ならば彼を捕らえたいのですが」
『殺せ。連中の参謀は恐らく人質をどうにかする様な――』
「いいえ、迷える子羊を救いたいのです。彼の信仰を叩き潰せば、きっと魔王に仕える騎士となりましょう」
『……拾ったペットは自分でちゃんと世話をするんだぞ』
「はい……あら?」
何の余裕か、アーヴェルは逃げる隙を得た。
影から影へ逃げ続ける。いくらなんでもあの足ならばもう追って来ることはできない。
痛みがないお陰で逃亡は可能だった。ただ、呼吸があまりにもし辛く、長くは走れない。
森の中、木の一つに体を預けて、治癒魔法を施していく。
ギリギリ逃げられた、が、すぐに戦場へ戻らなければラウンドベースが落とされかねない。
リラ・オルタノート。間違いなく、地獄を生き抜いてきた悪魔。相当な手練れで自分の練度では敵わなかった。
思わずアーヴェルは苦笑した。強い相手ではある。しかし、負けるわけにはいかない。
自分ためにも、教会のためにも、勇者のためにも。
アーヴェルのオリジン――
「もういいよ、お前は」
「ヴァイス、怪我は――」
ヴァイスはアーヴェルに近づくと、深々と剣を突き立てた。
痛みはないが驚愕はあった。何故、ヴァイスがここに。何故、自分をナイフで突き刺すのか。
ヴァイスは手をアーヴェルの口にやって、突き刺したナイフをさらに上に押し上げた。
「教会は潰れてくれた方が都合が良いんだよ。それにな、勇者パーティーにはそろそろ脱落者が出て、勇者が仲間のためにも魔王を討つって言う、イベントが必要だろう?」
何を、言っている?
「氷理教会は聖杯と共に本来勇者となる存在の母体になるはずだったが、聖杯は別の英雄を選んだ。逆に昔みたいな聖戦を起こされると困るんだよ。勇者と魔王が熾烈な争いを繰り返してもらわねえと」
何だ、お前は一体、なんだ?
「俺はこのクソみたいな時代を生き残る。勝ち馬に乗るって言う言葉を知ってるか? いや、もうお前には必要ねえか。ご苦労さん。この後会の魔法使いも殺して勇者パーティーは一気に代わる。どう転んでも負けないように、あの人が考えた最強のパーティーになる」
理解が追い付かない。
確かに勇者の歴史はあの時始まったはずだった。それが、変わった。
「聖杯は作家だ。ストーリーラインを書き込み、都合よく勇者を勝たせる。しかし魔王の手に落ち、魔王が無理やり歴史を変えた。なら、こっちも変えるしかないんだよ。大変だよなぁ、間違った歴史を教えられると、歴史はな、金で買うんだよ」
「地獄に落ちろ」
「ああ。俺もすぐ、そっちへ行くよ。何百年後になぁ」
アーヴェルの歴史は、ここで閉じた。




