リラのオリジン
「アーヴェル。あなたにリラ・オルタノートの討伐へ向かってもらいたいの。2万連れて行って」
「何故、僕なのですか?」
「オラクルバスティオン争奪戦で私たちは勝利した、ということになってるけれど、実のところ違う。12万で行軍していたのにあの戦いで半数を失った。私の責任ね」
「あなたがいなければ全滅だったでしょう」
「……ありがとう。そこで、勇者軍は新たな部隊編成が急務となった。ヴィスも怪我で動けない以上、私はこの本隊を直接指揮し、魔王城へ向かうわ」
「だったら僕も――」
「私たちを魔王城に行かせないために、リラ・オルタノートは陽動として分かりやすく略奪を繰り返している。民のためにも、リラ・オルタノートは止めなければ。そこで、今すぐに動かせる最大戦力と、勇者パーティーでも随一の戦闘力を誇るあなたに向かってほしいの」
「ミラさんは」
「破壊された神託装置の修復か、他に良い術式がないか研究してる。アーヴェル、あなたの任務は早々にリラ・オルタノートを討ち、戻ってくること。出来る?」
「仰せのままに、勇者フィーネ」
「ありがとう」
フィーネと別れ、2万の兵士を引き連れたアーヴェルはすぐにリラを追う。
最速かつ少数精鋭で小さな村を襲い、教会を破壊して回るリラの足取りを掴むことはあまりに簡単だった。
まもなく、その尻尾を掴めるというところで、アーヴェルの部隊は一つの通信を傍受した。
「アーヴェル隊長、リラ・オルタノートの次の侵攻先が判明しました」
「どこですか」
「ラウンドベースです」
「まさか……偽電では? 彼らの司令塔たるミミ・レクスギアはあらゆる奇策を跳ねのけて我々の裏をかいて来ます」
「偽電であるにせよ、既に進路はラウンドベースに向いております。いかがいたしますか」
「……僕が先行します。着いてこれる者だけ着いて来てください」
バイクに乗って山道を駆け下りる。
ついて来れる者はほとんどいない。唯一戦列を抜けて駆けだしたのは教会から派遣されていた騎士団だけだった。
氷理教会の人間として、アーヴェルを含めた騎士の称号を持つ人間はただならぬ面持ちで進軍を開始。
ほぼ単独ではあるものの、間に合えばラウンドベースの部隊と挟撃が叶う。
むしろ、リラ・オルタノートとしてもそれを防ぐために電撃的に突き進んで最速の制圧で臨むはずだ。
アーヴェルの勝ち筋の方が明らかに多かった。あとはただ、背を突くだけだ。
間もなく、アーヴェルたち先行部隊およそ200の前に黒い鎧が見えた。
魔法で強化された魔王軍の兵士が使う鎧。
バイクを乗り捨て、影踏で鎧の影に回り、首を斬り割く。
しかし――斬り割いたのはただの鎧。中に人の姿はなかった。
「やはり、ミミさんの作戦は鋭いようです」
木々の隙間から飛び出した人影が、アーヴェルを強襲する。
巨大なハンドガンの下に付けられたナイフ。
即座に反応して剣で受ける。グッと体重が乗った重い一撃。
しかも、剣で受けられることを想定し、ほぼノータイムで逆にアーヴェルの剣を土台に近距離射撃。
首を大きく逸らして避けるが、頬に弾丸が掠めた。
アーヴェルはあえて土台にされた剣を力いっぱい前に突き出し、踏み込んだ。
逆に追い込まれた黒い修道女は、落ち着いた様子で舞うように後ろへ引いた。
「魔王軍、リラ・オルタノート、ですね」
「そこに嘘など吐きません。正真正銘、私を殺せば魔王軍に大きな打撃を与えるでしょう。勇者パーティー聖騎士、アーヴェル」
Much Up――
アーヴェルは別に軍略に明るいわけではなかった。
しかし、そんなアーヴェルにでも理解できた。自分たちはここへ引き込まれた。
多少の罠は承知していたが、リラが仕掛けた物は生易しい物じゃなかった。
先行するアーヴェル一人に狙いを定め、自ら単騎で強襲する。
リラが負ければ魔王軍に大打撃だが、アーヴェルが負ければ勇者軍だけにとどまらず、氷理教会すら危うくなる。
追い込んだはずが、より状況が追い込まれたのはアーヴェルの方だった。
「主よ、我が道を阻む悪逆の徒に裁きの鉄槌を。神罰顕現」
二丁拳銃をクロスさせると、リラの背後に光輪が現れる。
光輪から、次代を感じる銃火器から最新のものまで出現。影に逃げ込もうとするアーヴェルの横を、砲火が過ぎ去る。
狙ったのはアーヴェルじゃない。アーヴェルと共に先行していた騎士たちだ。
つくづく合理的で全く穴がない。まるでアーヴェルの一挙手一投足を嘲るように裏をかかれる。
相手にしているのが本当に一人なのか分からなくなる。
「あなたは教会の人間ですか?」
質問と同時に弾丸が飛んでくる。
弾避けのために影の中に落ちつつ、現れると同時に射撃する。
しかし、弾丸は光輪が自動的に弾いた。
アーヴェルは、というより人類のほとんどは魔法を戦闘で使えるほどのレベルではない。
勇者軍ですら、魔法において最強戦力は亜人であるハーフエルフのミラで、あとは横這い。
強力な魔法についての対処法は、そこまで多くない。
文明の利器が通じないようなタイプは時間をかけて倒すしかないが、今はその時間がない。
「ごり押させてもらいます」
「お好きにどうぞ」
弾丸には弾丸。牽制しつつ影踏で距離を詰め、致命的な一撃を狙う。
影打ち不意打ちが得意なアーヴェルにとってこの一対一は得意な状況ではなかった。
しかし、負けられない理由があった。
「何故、教会を狙うんですか」
「狙う? 私は話しを聞きに来ただけです。教会は、何年も、いいえ、何百年も、何のために戦っているのですか?」
隙を突いても対応してくる戦闘センスの高さ。戦闘中に話すほどの余裕。全てがアーヴェルを上回っていた。
それでいい。殺せると感じた時、人が最も隙が生まれる瞬間を狙う。
「教会の戦う理由? 魔王を討って世界に平和をもたらすためです」
「400年前と違う理由ですね。400年前、私たちは聖杯を守るために戦っていた。しかしもう、聖杯はない。今度はどこに神を見出したのですか? 神はどこにいるのですか?」
「神はおられる。時代とともに信仰対象が変わることは理解できませんか? 今や勇者がその神なんです」
「そんなものを理解しろと言うのは、命を懸けて戦う人間を軽視しすぎです」
ライフルをどこからともなく出して正射。
リラ・オルタノート、いや、新魔王ルカが作った魔王パーティーは恐らく過去で散った人間を召喚している。というのが、ヴァイスの出した結論だった。
リラ・オルタノートの言う言葉が間違いないなら、リラは400年前の氷理教会の修道女。
そんな人間が、最新式のライフルを見ただけで使いこなせる。
「神はあなたに二物を与えましたか」
「それ以上に、神は私から全てを奪っていきました」
地面を強く踏み込むと、下から砲台が出現。同時に超近距離で射撃されるが、アーヴェルもただで勇者パーティーに入っているわけではない。
即座にリラの後ろの影に回り込み、反撃する。
「神は何も奪いません。僕に、目的と、生きる意味を与えてくれた」
「それは何ですか?」
「僕は勇者を守るために作られた。訓練を積んで、聖騎士に選ばれた。例え、教会の威光を復活させるためだとしても」
「協会が威光を復活させる? そんな物はもう、滅んでしまえばいい」
リラの側頭蹴りが飛んでくる。
影で逃げようとしたアーヴェルの目に、開いた右手の中にナイフが握られているのが見えた。
飛んだ瞬間、間違いなく手痛いカウンターが飛んでくる。
なら、逃げるのではなく、腕で受けて逆にカウンターを刺し込む。
リラの蹴りを受け止めた瞬間、靴先から剣が飛び出し、アーヴェルの肩に突き刺さる。
しかし、アーヴェルは即座に反撃し、逆にリラの足を斬り割いた。
この一瞬の剣戟で、勝負はほぼ決まった。
リラは致命傷を受けた足を庇いつつ、ひょこひょこと下がった。
「……あなた、まさか痛覚が?」
「ありません。これも主のご加護です」
「主、ですか。本当に、腹立たしい。そんな物は、いない」
銃を引き抜いての遠中距離射撃。
軽く避けて射撃を返すが、光輪が弾く。リラは動かない。いや、動けない。
敗因はただひとつ、主に願いを口にしながら、ほんの一瞬も信仰心が垣間見えないところ。
アーヴェルは影を巧みに使って距離を詰め、剣を振る――
ところまで見せて剣を落とし、腹に掌底を打ち込んだ。
片足が使えないリラはそのまま吹き飛び、木に体をぶつける。
「何故、主に祈りを捧げながら、あなたは主を恨んでいるんですか?」
「そう言う魔法だからです。これは、私にかけられた呪いの話し。私は絶えず、祈りたくもない者に祈り、欲しくもない祝福を得ながらこの魔法を使っています。使う度、体は千切れるように痛み、私の心は削れていく」
「ただ、信じればいい。それが出来ないなら、死んでください」
「その時は既に、訪れていました。私は400年前、確かに、殺されたのです」
リラ・オルタノートのオリジン――
「シスターリラ、今日も子供たちの世話を頼みます」
「お任せ下さい、神父様」
かつてのリラは、氷理教会の敬虔な信徒であり、誰からも親しまれる修道女だった。
戦乱の激しい時代。台頭し始めた亜人をまとめた魔王軍との戦いは時代に間違いなく影を落とした。
リラの教会にも、戦災孤児たちが多く集まった。
村や町の若い男女は戦争に駆り出され、子どもたちは親を求めていた。
「皆さん、主に祈りましょう」
「シスターリラ」
「なんでしょう」
「パパとママは、祈ったら、帰って来るの?」
「主に祈りを捧げるのは、自分の聞いてもらうわけじゃないのです。誰かが幸せになれるように祈るのです」
「でもシスター、私は幸せになれないの?」
「いいえ。あなたが隣人を愛するように、隣人もまた、あなたを愛する。パパとママの代わりに、私が、あなたを愛します」
しかし、戦火が世界に広がる中、一つの勢力が見旗を掲げた。
統一教。亜人と人は手を取り合い、国境と言葉の壁は悪魔が作り出した罠だと主張する団体。彼らは西の帝国から挙兵し、進路のあらゆる勢力を飲み込んで肥大化。
聖杯は聖地にあるべきと主張し、氷理教会に対して真っ向から聖戦を仕掛けた。
氷理教会の軍事力は存在しなかったが、聖職者から戦い向きの魔法を持つ人間を選抜して十字軍を結成。
リラもまた、その戦渦に巻き込まれて行った。
最初は武器も知らなければ使い方ももちろん知らなかった。
しかし、自らが信じる神のため、銃がなければ剣で、剣すら作れなくなれば旗を掲げ、リラは先導し、戦った。
途中、王国から援軍が届き、一気に優勢となった時、統一教は少数の精鋭部隊で町を焼き、子どもたちを人質に取った。
くしくも、それはリラが親代わりに育ててきた子供たちだった。
鬼畜の所業にしかしリラは冷静だった。子供たちより自分の方が価値がある。自分が人質になれば組織的な継戦も不可能になると、人質をかってでた。
統一教もこれに賛成し、人質交換が行われることになった。
氷理教会も人命第一でこの交換を飲み、リラの育った町で、リラは修道女としての最後を迎えることとなった。
怯える子供たちの顔が、リラを見た途端、雪解けのように安心で綻んだ。
リラも笑顔を向けた。自分は恐らくここで死ぬだろうという心の内は一切顔に出さない。
それを出せば、子どもたちの中で祈ることの意味が死んでしまう。
主はきっと見て下さる。自分の命一つで、多くの子どもたちの命が救えるのなら本望だと、リラは最後まで笑顔を崩さなかった。
次の瞬間――
子どもの一人が、銃弾に倒れた。
時間が止まる。まるで現実味のない光景に、リラはすぐに子供の傍に駆け寄る。
血を流す子供は虚ろな瞳で、リラを見た。命の光が見えない中で、最早取り返しのつかなくなった現場は最悪の決断を下した。
子どもたちを皆殺しにし、リラも殺す選択。
リラが動けずにいた一瞬で子供たちは殺され、リラは……その場の全員を皆殺しにした。
「主よ、何故ですか、何故このようなことを!」
泣き叫ぶリラに応える者はいない。子供たちの亡骸を見てリラは初めて気づいた。
「この世に……神などいない」
この後、民衆を導いた教会の女神は、聖地まで虐殺行脚を繰り返し、後に勇者と呼ばれた人間の刃に視力を奪われ、十字架にかけられた。
主を信じ、祈り、そして歴史は書き換えられたリラは最後に主を見限った。




