決戦の前の静けさ
「おっと、待て待て、この通り俺は丸腰だ。そう警戒するな。勇者はこの場にはいない。魔法使いも」
勇者パーティー作戦参謀のヴァイスは窮地に立たされていた。
ミミ。レクスギアの動きが速すぎて勇者パーティーは今のところ後手に回っていた。
事態を収拾するべく、ヴァイスが向かった先は、先ほどまで死闘を演じた魔王軍の拠点だ。
もちろん、要塞手前で番兵に止められたが、魔王軍自体追い込まれていないわけではなかった。
このまま正面で勇者パーティーと戦ったところで勝てる公算は低く、魔王城に戻ったところで待っているのは反逆者を処刑するための軍隊。
どちらへ転んでも地獄だった。
だからこそ、ヴァイスからの提案は魅力的なものだった。
「俺たちと組んで、新魔王軍を討たないか?」
既にヴァイスは密偵からの情報で、魔王軍の内戦が当初の想定をはるかに超えて長引いていることを掴んでいた。
新魔王筆頭は現在、討たれた魔王の息子ルカ。しかし、有力な大魔族や貴族がそれを許すまいと内戦を起こしているようだった。
「話を聞かせてみろ、人間」
さすがに要塞に通されることはなかったが、将軍の一人がこの話に乗り、ヴァイスの元へ現れた。
「今、魔王軍は前線の拠点としてオラクルバスティオンを使っている」
「ふん。難攻不落が落とされたか」
「ああ。あんたらが孫の代までかけても落とせない要塞を軽々と墜とす連中だ。本気だしゃ、あんたらも死ぬ。俺らへの当て馬にするくらいには舐めてるんだからな」
「貴様――」
「喧嘩しに来たんじゃねえよ。ぶっちゃけ俺らもしんどい状況だ。手を組もうぜ。もしもオラクルバスティオンを落とせば、魔王討伐後にあんたを魔王にして大陸の土地を半分やるよ」
「馬鹿なことを」
「俺ら勇者は魔王を討伐すれば土地を好きにもらえる。悪い話じゃないだろう? ただ、勝者と敗者のバランスはとらせてもらうぞ。俺を顧問として迎え入れろ。魔王を名乗ってもらって構わんが、俺の指示に従え」
不遜すぎるヴァイスの言葉にはしかし圧倒的な裏付けのある物であった。
このままヴァイスの首を切ったところで、魔王軍にうまみはない。
それどころか手痛い反撃を食らってこの場で全滅すら有り得る。
何より、魔王軍には勇者側が知らず、魔王軍側が知っている情報、聖杯の存在があった。
確認しただけで、ルカが使った力は二つ分。あと一つ残っている。魔王討伐のどさくさで聖杯を使えば、この主従関係もどうにでもなる。
という、魔王軍の考えをヴァイスは読んでいた。
聖杯の情報はある程度密偵によって掴んでいる。魔王を討伐した際には、誰よりも早く聖杯を奪取するつもりだった。
その後魔王軍の残党も全て狩ることでヴァイスの目論見は成就する。
「良いだろう。だが、こちらとしても担保をもらう」
「言ってみろ」
「お前のパーティーから一人、こちらのパーティーに参加させろ」
「いいぜ。とびっきりの奴を用意する。決まりだな。他の連中にも声をかけておく。集合場所は後で伝える」
交渉は短く済んだ。特に身の危険もなく悠々と陣地へ戻ったヴァイスを、他の三人は静かに待っていた。
「どうだった?」
フィーネの問いに、ヴァイスは余裕で頷いた。
「アーヴェル、魔王軍側に参加しろ。協力するための人質だってさ」
「ヴァイス。勝手なことを――」
「僕は構いません。ただ、ヴァイス。勇者を守ってください」
「任せろ」
「あーしはなんか仕事ないの?」
「あるぜ。オラクルバスティオンを、正面からぶっ壊せ」
「へえ、面白そうじゃん」
決断の後は速かった。
勇者軍は進んだ道を戻ることになる。
途中、王国からオラクルバスティオンを奪還しろと強い命令を受けた兵士たちを吸収。勇者軍はとてつもない数で進行を開始した。
神託が使えない上に難攻不落の要塞が落ちた。戴冠事変に並ぶ、いや超える事件がまだ明るみにならない内に速やかな解決を求めるというのが王国の主張だった。
更に途中、町や村から兵員を引っこ抜き、その数は12万に上った。
この数は先代の勇者アークライトが魔王軍の難攻不落の要塞を落とした時と同じであった。
今回は神託装置の奪還が目的ではあるものの、魔王軍に使われる前に落とす必要もある。
数で落とせ。逆を言えば、この数で負けようものなら、手痛い反撃を食らってしまう。
「ヴァイス。作戦の概要を」
「正面から落とす。あんたは別動隊を率いて挟み込め。ミラ、先行して要塞を叩き潰せ」
「良いの?」
「ああ。それで壊れるなら別に構わん。やれ」
「りょーかい。じゃあ、フィーネ、ここの活躍もらっちゃうね」
「うん。頼んだ」
軍勢の行進。
確かに数は揃えられたが、同時に奇襲はかけられない。
どのみち、魔王とまで呼ばれた皇帝に奇襲が効くとは思わない。
ヴァイスは胸にしまっていた古い本を取り出した。皇帝ミミの戦術書だ。
苦笑に似た笑いをするとともに、外へ兵法書を捨てた。




