可能性がない話
「じゃ、じゃあ、ミミさん、ウチ、戻るね? 魔法、もう、全部で来た、から。次の勉強する」
「おう。ご苦労じゃったの。うぬは勉強熱心で助かる」
「う、うん。ありがとう」
少しだけ笑顔を見せるユリエルを見送って、ミミは凝りに凝った肩をゴキゴキと鳴らした。数日頭を使いすぎて温まり過ぎていた。
チラッとテーブルの上に目を向ける。最近、夜食やら昼食やらでるかが弁当を持ってきてくれていたが、食べる余裕がなくて適当にあしらってしまっていた。
少しの罪悪感を覚えつつ、弁当を口にする。
「冷めても美味いの。人は見かけによらぬ才能があるもんじゃな」
「失礼いたします、レクスギア様」
「亡国の名じゃ。ミミでええ。何の用じゃ?」
おにぎりの先へ眼を向けると、ルカを守護しているはずの親衛隊隊長の姿があった。
初めて会った時から少しも変わらない様子に魔族の変な律義さを感じた。
「魔王様が倒れました」
「なんじゃと? 暗殺か?」
「いえ、魔族風邪です」
「魔族風邪?」
「はい。魔族は人や亜人、どの種族よりも魔力の多い種族です。稀に魔力が体の免疫細胞を攻撃することがあり、反応として高熱が出るのです。閣下の場合は固有魔力を聖杯に奪われたこともあり、重症化してしまった状態です。現在は私含め一部の医者、ミミ様にのみお伝えし、私が閣下に頂いた土地に失礼ながら簡易的な小屋を建て、おやすみいただいているところです。報告が遅れましたことは誠、慚愧に耐えません」
「いや、良く教えてくれた。対応も完璧じゃ。で? 治るのか?」「
「治療法は存在しますが、閣下は魔族の中でも大変魔力量の高いお方です。それで治るかどうか。口の端に乗せることも憚られますが、万一のことも考えまず、ミミ様に」
仮に、の話ではあるが、魔族襲撃時にソレがルカを守っていなければ危うかった。
思わぬ活躍とは思っていたが、まさに値千金の大活躍だとミミは内心頷いた。
なにも英雄の死因は戦場での死や暗殺に限った話ではない。
世界の統一を目論み、歴史上、後世に魔王と呼ばれた人間を最も殺したのは病と寿命だ。
まさに不幸中の幸い。ソレが回復したら英雄として奉ろうと思うとともに、魔王ルカの悪運の良さにミミは感動さえした。
「ユリエル、聞こえるか」
『聞こえる、よ。何? 用事は、傍受されるから、って』
「ああ。魔王城に戻ってくれ。親衛隊隊長が土地の開拓を手伝ってほしいそうだ。具体的な内容は現地で聞いてくれ」
『わかった」
通信を切断し、ミミはおにぎりを口に放り込んで指についた塩を舐めた。
「何をすればいいか理解したの?」
「大魔法使いであるユリエル様のご指示に従います」
「よろしい。まったく、あやつは優秀な人間に囲まれておる」
「恐れながら、兵をいくらか連れて来ております。私が直接率いて陽動を具申いたします。出過ぎたことと存じますが、閣下のためにどうかご裁可を」
「陽動、じゃな。勇者と敵対魔族の残党の目をルカから引っぺがす」
「はい」
「目の付け所は良いが、貴様誰の前で意見具申をしている? 朕は後の時代の皇帝じゃぞ?」
「申し訳ございません。しかし、閣下を今失うことが一番合ってはならないことと存じます」
「わかっておる。兵を連れてきたと言ったな」
「はい。私と同じく、閣下のために命を捨てる気概の忠臣です」
「では、そいつらに指揮を執らせてこの要塞から全軍を引っこ抜け。向かう場所はここ」
モニターに表示させた場所を指し示すと、、親衛隊隊長は何も言わず一礼し、踵を返した。
「何も言わんのじゃの」
「閣下なら、同じようにされると存じます」
「そうか」
親衛隊隊長を見送って、ミミは一つ息を吐いた。
「我ながら、久方ぶりに楽しめそうで身震いするわい。リラ、聞こえておるか」
『聞こえています。間もなく目的地ですが、通信は傍受される恐れがあると』
「ああ。余が死んだら、あやつに伝えてほしいのじゃ。次は生き返らすな、眠らせろと。あと、おにぎり美味かったって」
『何を言っているのですか、ミミ』
通信終了。次に目まぐるしい勢いでモニターやシステムの操作を始めた。
耳にとって1000年のブランクは取り返す苦痛ではなく、獲得する喜びに裏付けされていた。
「ふん。ひとりで籠城可能な要塞とは、すごい物を作り出すもんじゃ、人というものは。さて、ユリエルには悪いが、使わせてもらうぞ、神託を」
未来を読む感覚は不思議なものだった。
ミミが想定した選択肢。確立を上げる手立て。その全て手に取って瞼の裏に浮かんだ数字がたった一つだけ存在した。
『0』
どの選択肢を取っても勇者には勝てなかった。可能な限りのリスクを取り、最低限こちらに都合のいい方法を選択し、未来まで読んでも、勝ち目がなかった。
生まれて初めての事態だった。死んだ時でさえ、ミミの勝ち目はゼロではなかった。
「はは……はっはっはっは! これではどちらが魔王か分からんのう! ええじゃろう、勇者よかかって来い、朕こそが国家である」
ミミ、レクスギア、千年前の王朝にて世界を統一しかけた幼帝と、まだバラバラな勇者パーティーとの邂逅は、この後僅か三日後のことであった。




