ユリエル・フロスティアのオリジン
「と、いうこと、です」
「ほっほ、こいつは僥倖じゃの。最悪ガキ魔王が死ぬかと思ったが……ソレは生まれる時代を間違えなければ英雄じゃの。案外最も信頼できるかもしれん。それに、ユリエル、うぬが思ったより速く戻ったことで作戦も前倒しに出来るの」
「何を、すれば?」
「リラ、ユリエルを連れて、ここを襲撃しろ。余の目算通りなら、恐らく兵はいない。殺さぬ任務じゃが、いればリラ、うぬがやれ。制圧したら魔族に守護させ、防御はユリエルに任せてうぬは別働だ」
「それは構いませんが、何のためにここを?」
「お勉強のためじゃよ」
ミミが意味深にニヤリと笑ったことに首を傾げながら、ユリエルとリラは指定された場所へと向かった。
作戦は思わぬ加速を見せ始めていた。
「昔は伝言一つ、移動一つに馬を走らせていたが、今は魔力を介して通信とやらが出来るし、水晶版に水魔法と光を反射させて投影も出来る。完璧じゃの、1000年前に成しえなかった余の速度に、世界が着いてくる。おぬしも暇じゃったんじゃろ? 今から、面白い物を見せてやる」
幼帝ミミの策は既に巡らされていた。今はただ、嵐の前の静けさ。暴風の種は、着々とその勢いを増し、世界を飲み込まんと成長を続けていた。
誰も成しえなかった勇者を殺すこと。0パーセントを1%に変えれば、あとはミミの独壇場だ。
†
「ミミさんの言った通り、だね。兵士が、いない」
「そのようです」
ユリエル、リラのふたりが向かった先は、王国最大の大魔導図書館。
普通ではない数の魔導書と歴史書が保管された巨大な建物で、あまりの大きさに王都からかなり離れた場所に位置していた。
くしくも、神託を授ける魔道具の掌握と魔力通信の妨害。その上勇者たちを奇襲させたことで戦力が勇者側へ移動した。
誰も、本が置いてあるだけの場所を守ろうとは思わない。
施設の全員を殺せと言う命令はなかったため、全員を追い出して、予定通りルカに従っている魔族の兵士たちを守護に回した。
比較的容易に陥落した図書館は、バロック長の趣で、温かみのある内装。至る所に本を収納する仕掛けが組み込まれていて、真上以外はすべて本で埋め尽くされていた。
活字が好きな人間であれば心躍り、装丁が好きな人間は背表紙に夢を追うだろう。
ユリエルもその一人だった。
リラが見たこともない程ワクワクした表情で小さな体をパタパタと忙しく動かしていた。
「楽しそうですね」
「ご、ごめんなさい……昔、本読むのも、書くのも、好きだから」
「謝らないで下さい。私も昔、孤児院の子どもたちに本を読み聞かせていました。色々な寓話、御伽噺、人気だったのは、勇者の英雄譚です」
「英雄譚?」
「はい。子供たちのほとんどは戦災孤児で、この戦争を終わらせてくれる、勇者という存在にあこがれと救いを求めていました。私は神の教えと救いを説いて、勇者では解決できないことを補完していたいました」
「ふふ、リラさんは、そう言えば、シスター?」
「ええ。今もあるようですが、氷理教会で聖杯を守る仕事についていました」
「その子供たちも……いずれは、聖杯を守るために?」
「いいえ」
「よかっ――」
「全員死んだので、戦うことはありません」
「ご、ごめ――」
「二度とあのような悲劇を起こさないため、私は戦います。少し長話が過ぎましたね。私はミミさんの作戦通り、次の場所へ向かいますが、大丈夫ですか?」
「う、うん。私は、勉強する、だけだから」
「勉強とは?」
「うん、魔導書は、魔法の術式の、構築方法を、説明してるの。術式は魔力のどういう形で出力すれば、成功するか、イメージが、いる。魔導書は、そのイメージ方法、教えてくれる」
「ですがこの魔導書は、見たことがありませんね。魔族の物ですか?」
「ううん……これは、ウチの世代。ミミさん、すごいね。これ、ここにあるだけじゃ、役に立たないけど、ウチみたいな、昔の人間? にとってここは、宝の山」
「……そうですか。後は頼みました」
「うん。わかった」
リラが消え、ユリエルは時間の許すままに、ミミから渡されたメモを元に必要な魔導書を探した。
魔族兵も動員して、莫大な蔵書量を誇る図書館から本をかき集めた。
目の前に積み上げられた山を見上げて、ユリエルは顔をぱあっと明るくさせた。
「お前、そんな風に笑うんだな」
ふと背後を見ると、パラパラと本を捲るルカの姿があった。
確かルカは魔王城に隠れていたところ普通に見つかって襲撃を受けたはず。魔王城にいること自体が仕事だとミミが笑っていた。
「なに、してる、の?」
「みんなを労うのもパーティーリーダーの仕事と存じます」
取り出してきたのは、おにぎりと何かの揚げ物、卵を焼いた何か。これら一式が何故か笹に包まれている。
「これは?」
「これで良いんだよお弁当です。魔王城傍の塩と米を丁寧に手ごねでおにぎりに。魔王城から南に三日進んだところに生息する魔鳥デスフェニックスをソイソースベースのタレに漬けてカラッと揚げました。こちらはデスフェニックスの卵を南総かに分けて巻きながら焼いた。出汁は魔王城近海で採れるフルセンスツナのアラから取っていますボナペティ!」
「あり、がとう」
出来立てなのか、まだ温かい。
思わず校内に涎がたまる。
ハムッとおにぎりを一口。丁度いい塩加減とお米が美味しい。中には、何かの魚卵が入っていて少しピリリと辛いが、ご飯が進む。
ご飯が口の中にある状態で唐揚げを頬張る。
法に触れている。体の細胞が喜ぶ。栄養とカロリーを摂取しようと、手が勝手に次々運んでいく。
「美味いか?」
「ふぁい!」
「水もあるよ」
「んぐ、んぐ……美味しいです!」
「よかった。リラは静かに食うし、ミミは置いとけとか言って食わねえし、まずいのかと思った。俺ももうちょいで戻んねえといけねえが……あー、魔導書か」
「はい。ミミさんに、頼まれて。ウチ、戦力にならないから、これは、ちゃんと、やりたい」
「別に仕事はしてるだろ。訳の分からない状況で復活させられて。氷理教会とやらの神託装置は無力化したんだろ?」
「ほんとは、壊したかった……」
「……ミミがここを探させたのは、これも欲しかったから、だろうな」
俺が執り出したのは、歴史書だ。
別に今に限った話じゃないが、歴史ってのは基本勝者が作り出す。
帝国に正史だとされている歴史書の多くは勝者の歴史。勇者の活躍を描き、勇者が討伐した悪をどれだけ無様に屠ったかの物語。
もう一つは、敗者の正史。ディレクターズカットなしの歴史書だ。
「ユリエル・フロスティア。原初の魔女の話し――」
†
「ユリエルお姉ちゃん! 魔法を教えてよ!」
「ユリエルお姉ちゃん見てみて! この間出来なかった魔法、出来るようになったよ!」
歴史上、最高の魔力を誇る魔法使いはまだ成長途中だというのに自分の背丈ほどに成長した子供たちにもみくちゃにされながら苦笑した。
国の外れに小さな小屋を構えて、薬草や魔導書の執筆で生計を立て、たまに村に降りては人々の困りごとを魔法で解決する。
史上最高の魔法使いの暮らしは、あまりにささやかな物であった。
それでよかった。好きな魔法を研究し、人の役に立つ。充実した生活に、自分に与えられた才能。ユリエルは神に感謝をし続けた。
そんな、ユリエルのささやかな生活は長く続かなかった。
「史上最高の魔力量を誇る魔法使い、ユリエル・フロスティア。王国はあなたに大魔法使いの位を与え、王国のために戦う任務を与えることにしました」
王国から、戦争に参加する要請があった。
おかしな話ではなかった。ユリエルの魔力量は常軌を逸しており、たった一人で軍団への強化魔法はもちろん、広域制圧魔法を行うことも出来た。
たった一人で国を救い、国を滅ぼす英雄。勇者となる権利が、ユリエルにはあった。
しかしユリエルはこの誘いを断った。今、自分が人を殺すために魔法を使えば、二度と子供たちを抱きしめることも、人を助けるための魔法の術式を書くことも出来ない、と。
無理やりユリエルを連れて行こうとした王国の兵士たちは、ことごとくユリエルに返り討ちにあった。
人を容易に殺せる力が自分にあると悟ったユリエルは、山に籠り、誰にも見つからないように幾重にも術式を使って自身を隠した。
それが、全ての間違いの始まりだった。
歴史に葬られた、王国が執った手段は、魔女狩り。
無関係の人々や子供たちを、ユリエルの弟子、魔女であるとして捕らえ、拷問し、殺した。
人々は捕まることを恐れて、さらに無関係な人が魔法を使っていた、ユリエルと密会していたなどと噓の情報を流し、被害は拡大を続けていった。
ユリエルはこの事実を、隠れていたことで気づかなかった。
10年が経った頃、ユリエルが山里へ降りてみた物は……白骨化した、子どもたちの死体と、魔女ユリエルの弟子という文字だった。
「ウチが、魔女のユリエル・フロスティアです」
全てを悟ったユリエルは水から王国へ出頭した。しかし、最高の魔力量を誇る魔法使いが戦場で突然裏切ること、そもそも真っ向から戦って勝つ手段がないことを考慮し、王国はユリエルから魔力を吸い出し、国や兵士の強化をするための装置に封印した。
ここから1000年、王国が滅ぶまで、ユリエルは魔力を吸われ続け、自身の魔法で蘇生される地獄の中、生き続けることになった。




