亜莉菜は真野家を訪ねた
翌日、亜莉菜は真野家を訪ねた。
高校時代までは、頻繁に遊びに行っていた。葉月の部屋に泊めてもらったことなど、一度や二度ではない。テスト期間中は試験勉強をすると言って、葉月の部屋に泊まっては、勉強そっちのけで話ばかりしていた。
子供の頃からの付き合いだ。葉月の家に泊まると言えば、両親も心配しなかった。葉月が亜莉菜の部屋に泊まりに来ることもあった。
大学生になってから、やや縁遠くなっていたが、亜莉菜にとっては第二の我が家といえた。
事故以来、顔を出さなかったことに罪悪感を覚えながら、真野家を訪れると、「亜莉菜ちゃん。お久しぶり~わざわざ来てくれてありがとう。葉月もきっと喜んでくれるわ」と言って恵が出迎えてくれた。
「葉月ママ」と呼んだ瞬間、亜莉菜は感情を抑えきれなくなった。
「おばさんって呼ばないで」と恵が言うので、「葉月ママ」と呼び始めた。そのことを思い出した途端、葉月の顔が、葉月との思い出が、亜莉菜の脳裏に洪水のように押し寄せて来たのだ。
私は、亜莉菜の頭の中で、葉月の思い出に溺れそうだった。
亜莉菜は泣いた。今まで、押さえつけていた感情が爆発して制御できなくなった。玄関先で恵の迷惑も考えずに、「あ~ん、あ~ん」と大声を上げて泣いた。
「あらあら~亜莉菜ちゃん。そんなに泣いてくれて。ありがとう。とにかく、上がってちょうだい」恵は亜莉菜の背中を撫でながら優しく言った。
泣きじゃくる亜莉菜を前に、恵も泣いていた。
仏壇に手を合わせた。
(葉月。御免なさい。あなたのこと、死んじゃえ――なんて思ってしまって。あなたが柚木さんと付き合うことになって、私、嫉妬していたの。御免ね。最低ね。私って)
――そんなことない。あなたは最高の友達よ。
私がそう言ってあげると、(ありがとう)と亜莉菜が思ってくれた。また、私の言葉が通じたようだ。
恵と葉月の思い出を語り合った。「私の知らない葉月を教えてちょうだい」と恵が言うので、思いつく限り、葉月の思い出を話して上げた。
途中から恵はハンカチを片手に、時折、涙でむせながら亜莉菜の話を聞いてくれた。
「ねえ、もうちょっと良いかしら。もう直ぐ主人が帰ってくるの。仕事はどうでも良いからと、最近は早く帰って来てくれるの。主人にも葉月の話を聞かせてあげたいの。きっと喜ぶと思うわ。ねえ、一緒に夕食、食べて行ってくれない」
どうせ家に帰っても、することがない。「私でお役に立てれば」と返事をした。
やがて、彬史が戻って来た。三人で食卓を囲んだ。
「やあ、久しぶりに賑やかな食卓だな」彬史は嬉しそうだった。
「今日ね。亜莉菜ちゃんから教えてもらったんだけど、葉月がねえ~」と恵が嬉しそうに亜莉菜が話した葉月の思い出を話す。彬史は目頭を押さえながら、「うん、うん」と聞いていた。
「亜莉菜ちゃん。また遊びに来てね」と恵が言った。
「はい。でも、これから忙しくなるかもしれなくて・・・・」
両親が経営していた喫茶店が潰れ、亜莉菜は仕事を探して働くことになることを伝えると、「そんな・・・・」と恵は驚いた。
「亜莉菜ちゃんのこと、本当の娘のように思っているんだ。私たちに出来ることがあれば、何でも言ってくれないか。学費くらい、私たちで何とかするから、大学を続けてはどうだい。葉月が行けなかった分、亜莉菜ちゃんには大学生活を楽しんでもらいたい。もし、良ければ私からご両親に話をしてあげるよ」と彬史が言ってくれた。
夢のような話だった。
彬史は本当に亜莉菜の両親と話をしてくれた。両親は喜んだ。やはり、亜莉菜には大学を辞めてもらいたくない――というのが、彼らの本音だった。
真野家が学費を出す条件はただひとつ。月に一度、家に来て、葉月のことを思い出しながら食事をしてくれることだった。
「勿論。月に一度なんて言わないで。お邪魔でなければ、何時でも飛んできます」
(葉月。あなたのご両親のことは、任せておいてちょうだい)
亜莉菜はそう思った。
――ありがとう。亜莉菜。
何故か私はそう思った。
――ああ、何処に行くの?
私は霧が晴れるように彼女の頭の中から消えて行った。




