第29話 「リリィの決意――呪病調査行」
深紅の峡谷でのダンジョン攻略から一週間が過ぎた。
俺たちは王都の自宅で、次の行動について話し合っていた。応接室には、リナリア、エリア、シルヴィア、リリィ、エリーゼ、そしてアイが集まっている。
「それで、次はどうするの?」
エリーゼが紅茶を飲みながら尋ねる。
「そうだな……しばらくは休息を取りたいところだが」
俺が答えようとしたとき、リリィが小さく手を挙げた。
「あの……お兄ちゃん」
「どうした、リリィ?」
「わたし……お母さんの呪いのことを調べたいの、呪病なんじゃないかって」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
「呪病……」
リナリアが眉をひそめる。
「それは、最近帝国や周辺国で流行している、あの病気のことですか?」
「うん」
リリィが頷く。
「この前、市場で聞いたの。呪病にかかった人たちが、どんどん増えているって。そして……治療法がないって」
俺は深く息を吐く。
呪病――それは、数ヶ月前から帝国周辺で流行し始めた謎の病気だ。
症状は様々だが、共通しているのは、魔力が徐々に失われ、最終的には意識を失うこと。そして、誰も治療法を見つけられていないこと。
「リリィ、お前の気持ちはわかる。でも、それは危険すぎる」
俺が言うと、リリィは首を横に振った。
「でも……わたしには浄化の力がある。もしかしたら、呪病を治せるかもしれない」
「リリィ……」
「お願い、お兄ちゃん。わたし、苦しんでいる人たちを助けたいの」
リリィの瞳には、強い決意が宿っている。
その時、シルヴィアが口を開いた。
「悠真様、わたくしがリリィに同行します」
「シルヴィア……」
「リリィの気持ちは理解できます。そして、わたくしも彼女を一人で行かせるわけにはいきません」
シルヴィアの表情は真剣だ。
「わたくしの力があれば、リリィを守れます」
「私も行くわ」
エリーゼも手を挙げる。
「呪病は帝国でも大きな問題になっている。皇女として、この問題を解決する責任があるわ」
俺は三人の顔を見回す。
どの顔にも、強い決意が宿っている。
「……わかった。でも、無理はするな。危険だと思ったら、すぐに撤退しろ」
「はい!」
リリィが嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
リナリアが心配そうに言う。
「本当に大丈夫でしょうか……」
「シルヴィアとエリーゼがいれば、何とかなるだろう。それに、リリィの浄化能力は本物だ」
俺が答えると、アイが提案する。
「旦那様、わたしも行きましょうか?」
「いや、お前は俺と一緒に来てくれ。島の調査に協力してくれ」
「島の調査ですね」
「ああ。東の海に浮かぶ孤島の調査、そっちの調査を頼まれたからな」
こうして、俺たちは二手に分かれることになった。
リリィ、シルヴィア、エリーゼは呪病の調査へ。
俺、リナリア、エリア、アイは孤島の調査へ。
翌朝、俺たちは王都の郊外で集合した。
「それじゃあ、気をつけてな」
俺がリリィの頭を撫でる。
「うん。お兄ちゃんも気をつけて」
「何かあったら、すぐに連絡しろよ」
「はい」
シルヴィアが頷く。
「任せてください、悠真様」
「悠真、私たちを信頼してちょうだい」
エリーゼが微笑む。
「ああ、頼む」
俺たちはそれぞれの目的地へと向かった。
リリィたちは帝国方面へ。
俺たちは東の海へ。
これが、後に大きな事件へとつながるとは、この時はまだ誰も知らなかった。
ここからは、わたし――リリィ・セレスティアの視点で語らせてもらうね。
お兄ちゃんたちと別れて、わたしたちはベルガリア帝国の首都、エルデンバーグへと向かった。
シルヴィアお姉ちゃんの《聖龍変身》で空を飛び、数時間で帝都に到着する。
眼下に広がるのは、巨大な石造りの都市。城壁に囲まれた街は、王都よりも大きく、より厳格な雰囲気を漂わせている。
「着きましたね」
シルヴィアお姉ちゃんが言う。
「ええ。まずは情報収集ね」
エリーゼお姉ちゃんが答える。
わたしたちは帝都の郊外に降り立ち、シルヴィアお姉ちゃんが人間の姿に戻る。
白い髪と蒼い瞳を持つ、美しい女性の姿。
「それじゃあ、市場に行きましょう」
エリーゼお姉ちゃんが先導する。
彼女は帝国の皇女だけど、今は質素な旅人の服装をしている。金髪のツインテールを下ろし、フードを被っている。
「エリーゼお姉ちゃん、バレないかな?」
わたしが心配そうに尋ねると、彼女は微笑んだ。
「大丈夫よ。この格好なら、誰も私が皇女だとは思わないわ」
市場は活気に満ちていた。
露店が立ち並び、商人たちが声を張り上げて品物を売り込んでいる。焼きたてのパンの香り、香辛料の匂い、果物の甘い香りが混ざり合っている。
でも、どこか空気が重い。
人々の表情に、不安の色が見える。
「……呪病のせいね」
エリーゼお姉ちゃんが呟く。
「みんな、怯えているわ」
わたしたちは、まず情報屋を探すことにした。
市場の奥、薄暗い路地に入ると、小さな酒場があった。
『黒猫亭』という看板が掲げられている。
「ここね」
エリーゼお姉ちゃんが扉を開ける。
中は薄暗く、数人の客が静かに酒を飲んでいる。
カウンターには、恰幅のいい男性が立っていた。
「いらっしゃい。何を飲む?」
「情報が欲しいの」
エリーゼお姉ちゃんが銀貨を置く。
「呪病について知っていること、全て教えて」
男性の表情が変わる。
「……呪病か。危ない話だな」
「知っているのね?」
「ああ。だが、ここでは話せない。二階の個室に来い」
わたしたちは男性に案内され、二階の個室に入った。
質素な部屋だが、防音魔法がかけられているのが分かる。
「それで、呪病について何を知りたい?」
男性が腕を組む。
「まず、どこで発生したのか。そして、誰が広めているのか」
エリーゼお姉ちゃんが尋ねる。
「……最初に報告されたのは、帝国東部の小さな村だ。三ヶ月前のことだ」
「三ヶ月前……」
「ああ。最初は原因不明の病気だと思われていた。だが、すぐに広がり始めた。村から町へ、町から都市へ」
男性が地図を広げる。
「今では、帝国全域に広がっている。そして……」
彼が指差したのは、帝国の北東部。
「この辺りが、最も被害が大きい」
「なぜ、その地域が?」
「わからない。だが、一つ共通点がある」
「共通点?」
「ああ。全ての被害地域で、ある商人が目撃されている」
わたしの心臓が跳ねる。
「商人……」
「そうだ。黒いローブを着た、怪しい商人だ。彼が訪れた後、必ず呪病が発生している」
「その商人の名前は?」
「わからない。だが、彼は『癒しの薬』を売っていたそうだ」
「癒しの薬……」
エリーゼお姉ちゃんが眉をひそめる。
「それが、呪病の原因だと?」
「恐らくな。薬を飲んだ者から、呪病が発生している」
「なんてこと……」
わたしは拳を握りしめる。
誰かが意図的に、呪病を広めているんだ。
「その商人は、今どこにいるの?」
わたしが尋ねると、男性は少し考えてから答えた。
「最後に目撃されたのは、北東部の『グリーンフィールド村』だ。一週間前のことだ」
「グリーンフィールド村……」
「ああ。だが、気をつけろ。その村は、今では呪病に侵されている。近づくのは危険だ」
「わかったわ。ありがとう」
エリーゼお姉ちゃんが追加の銀貨を置く。
わたしたちは酒場を出て、宿を取ることにした。
『銀の月亭』という、清潔そうな宿だった。
部屋に入ると、わたしたちは今後の計画を話し合った。
「グリーンフィールド村に行くしかないわね」
エリーゼお姉ちゃんが地図を見ながら言う。
「でも、危険だと言われましたよ」
シルヴィアお姉ちゃんが心配そうに言う。
「大丈夫。わたしの浄化能力があれば、呪病を治せるかもしれない」
わたしが自信を持って言うと、二人は顔を見合わせた。
「……そうね。リリィの力なら、きっと大丈夫」
エリーゼお姉ちゃんが微笑む。
「でも、無理はしないでね」
「うん」
翌朝、わたしたちは帝都を出発した。
シルヴィアお姉ちゃんの《聖龍変身》で空を飛び、北東へと向かう。
眼下に広がるのは、緑豊かな平原と、点在する村々。
でも、どこか静かすぎる。
普段なら見える、畑で働く人々の姿が少ない。
「……呪病の影響ね」
エリーゼお姉ちゃんが呟く。
数時間後、グリーンフィールド村が見えてきた。
小さな村で、二十軒ほどの家が集まっている。
でも、煙突から煙が上がっていない。
人の気配が……ない。
「おかしいわ」
エリーゼお姉ちゃんが言う。
「昼間なのに、誰もいない」
わたしたちは村の入口に降り立った。
シルヴィアお姉ちゃんが人間の姿に戻り、わたしたちは慎重に村の中へと入っていく。
石畳の道は綺麗に整備されている。
家々も、特に破壊された様子はない。
でも、人の気配が全くない。
「まるで、ゴーストタウンね……」
エリーゼお姉ちゃんが剣の柄に手をかける。
わたしたちは村の中央広場へと向かった。
そこには、井戸と小さな教会がある。
でも、やはり誰もいない。
「リリィちゃん、何かいるみたいね」
シルヴィアお姉ちゃんが何かを感じたようだ。
私も目を閉じて、周囲の魔力を感じ取る。
そして……。
「……邪悪な魔力を感じる」
わたしが目を開ける。
「とても強い、邪悪な魔力。村全体を覆っている」
「邪悪な魔力……」
その時、教会の扉がギィと開いた。
わたしたちは身構える。
扉の向こうから、ゆっくりと人影が現れる。
それは……村人だった。
男性、女性、子供……。
でも、何かがおかしい。
彼らの目は虚ろで、表情がない。
まるで、人形のように。
「これは……」
エリーゼお姉ちゃんが驚く。
村人たちが、一斉にわたしたちを見た。
その目には、何の感情も宿っていない。
次の瞬間――。
「ウオオオオオ!」
村人たちが叫び声を上げ、襲いかかってきた!
「きゃあ!」
わたしは思わず後ろに下がる。
「落ち着いて、リリィちゃん!」
シルヴィアお姉ちゃんが前に出る。
「殺してはダメよ! 彼らは操られているだけ!」
エリーゼお姉ちゃんが叫ぶ。
村人たちが次々と襲いかかってくる。
素手で、棒で、鍬で……。
動きは鈍いが、数が多い。
「《聖龍の威圧》!」
シルヴィアお姉ちゃんが龍の威圧を放つ。
村人たちが一瞬怯むが、すぐにまた襲いかかってくる。
「効かない……!」
「くっ……《剣技・紅蓮の舞》!」
エリーゼお姉ちゃんが剣を振るう。
炎を纏った剣が、村人たちの武器を弾き飛ばす。
でも、村人たちは怯まない。
素手でも、襲いかかってくる。
「わたしがやるね!」
わたしは杖を構える。
「《ホーリーライト》!」
浄化の光が、村人たちを包み込む。
村人たちの動きが止まる。
そして……。
「うっ……」
一人の村人が、膝をつく。
「ここは……どこだ……?」
彼の目に、意識が戻ってきた。
「効いてる!」
わたしは続けて魔法を放つ。
「《ホーリーレイン》!」
空から、浄化の光の雨が降り注ぐ。
村人たちが次々と、意識を取り戻していく。
「うわあああ!」
「何が……何が起きたんだ……!」
村人たちが混乱している。
わたしは杖を下ろし、深呼吸する。
「はぁ……はぁ……」
「リリィちゃん、大丈夫?」
シルヴィアお姉ちゃんが心配そうに尋ねる。
「うん……何とか……」
わたしたちは、意識を取り戻した村人たちに近づいた。
彼らは混乱していて、何が起きたのか理解していない様子だった。
「あの、大丈夫ですか?」
わたしが優しく声をかける。
「あ、ああ……君たちは……?」
一人の中年男性が尋ねる。
「わたしたちは、旅の者です。この村で、何があったのか教えてください」
エリーゼお姉ちゃんが尋ねる。
男性は頭を抱える。
「わからない……何も覚えていない……」
「覚えていない……?」
「ああ。最後に覚えているのは……一週間前、黒いローブを着た商人が来たことだ」
「黒いローブの商人……!」
わたしたちは顔を見合わせる。
情報屋が言っていた商人だ。
「その商人は、何を売っていたんですか?」
「薬だ。『癒しの薬』と言っていた。無料で配っていたんだ」
「無料で……」
「ああ。村には病人が何人かいたから、みんな喜んで飲んだ。俺も、腰痛が治るかと思って……」
男性が言葉を詰まらせる。
「それから……記憶がない。気がついたら、今だった」
「そうですか……」
わたしは他の村人たちにも話を聞いた。
みんな、同じことを言っている。
商人が薬を配り、それを飲んだ後、記憶がない。
「呪病……じゃなくて、薬によって操られていたのね」
エリーゼお姉ちゃんが呟く。
「でも、なぜ……?」
「わかりません。でも、この商人を見つけないと」
シルヴィアお姉ちゃんが言う。
その時、一人の老婆が近づいてきた。
「あの……娘さんたち」
「はい?」
「ありがとう。あなたたちが、私たちを救ってくれたのね」
老婆が深々と頭を下げる。
「いえ、当然のことをしただけです」
わたしが答える。
「でも……まだ、村にいない人がいるの」
「いない人……?」
「ええ。私の孫娘と、何人かの子供たちが……」
老婆の目に涙が浮かぶ。
「商人が来た後、突然いなくなったの。探したけど、見つからなくて……」
「子供たちが……」
わたしの胸が締め付けられる。
「その子たちを、助けないと……」
「お願い。あの子たちを探して……」
老婆が懇願する。
「わかりました。必ず見つけます」
わたしが約束すると、老婆は安堵の表情を浮かべた。
わたしたちは村人たちから、詳しい話を聞いた。
いなくなったのは、五人の子供たち。
年齢は七歳から十二歳。
商人が去った後、突然姿を消したという。
「村の周辺を探しましょう」
シルヴィアお姉ちゃんが提案する。
「ええ。手分けして探すわ」
エリーゼお姉ちゃんが頷く。
わたしたちは村人から、さらに詳しく話を聞くことにした。
「ねえ、あの商人はどこへ行ったの?」
わたしが尋ねると、一人の中年女性が答えた。
「わからないわ。薬を配り終えたら、すぐにどこかへ行ってしまったの」
「どの方向に?」
エリーゼお姉ちゃんが尋ねる。
「確か……北の方角だったと思うわ」
「北……」
わたしたちは顔を見合わせる。
「でも、その前に……」
わたしが言いかけたとき、一人の少年が泣きながら駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんがいないんだ!」
少年は七歳くらいで、茶色の髪と大きな瞳を持っている。
涙で顔がぐしゃぐしゃになっていて、必死に何かを訴えようとしている。
「落ち着いて。何があったの?」
わたしは少年の目線に合わせて膝をつく。
「お、お姉ちゃんが……お姉ちゃんがいなくなっちゃったんだ……」
少年が泣きじゃくる。
「えっ……」
「朝起きたら、お姉ちゃんがいなくて……探したけど、どこにもいないんだ……」
少年の声が震えている。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
わたしは少年の肩を抱く。
「大丈夫。必ず見つけるから」
「ほ、本当に……?」
少年が涙目でわたしを見上げる。
「うん。約束する」
わたしが微笑むと、少年は少しだけ落ち着いたようだった。
「お姉ちゃんの名前は?」
シルヴィアお姉ちゃんが優しく尋ねる。
「マリア……マリアって言うんだ。十二歳で、金髪で……」
少年が一生懸命説明する。
「わかったわ。他にも、いなくなった人はいるの?」
エリーゼお姉ちゃんが村人たちに尋ねる。
すると、何人かの村人が前に出てきた。
「うちの息子も……」
「娘が……」
「姪が……」
次々と声が上がる。
どうやら、五人の子供たちがいなくなっているらしい。
「みんな、商人が去った後にいなくなったの?」
わたしが確認する。
「ええ……気がついたら、もういなかったわ」
老婆が悲しそうに頷く。
「この子たちは、商人が配った薬を飲まなかったのよ。子供だから、大人が味見してからって言って……」
「それで、助かったのね」
シルヴィアお姉ちゃんが呟く。
「でも、なぜ連れ去られたの……?」
「わからないわ。でも、きっと商人が……」
老婆の目に涙が浮かぶ。
「お願い。あの子たちを見つけて……」
「必ず見つけます」
わたしが力強く約束する。
少年がわたしの服の裾を握りしめる。
「お姉さん、本当にお姉ちゃんを見つけてくれる……?」
「うん。絶対に見つける」
わたしが頭を撫でると、少年は少しだけ笑顔を見せた。
「僕も一緒に行く!」
「ダメよ。危険だから」
エリーゼお姉ちゃんが優しく言う。
「でも……!」
「大丈夫。私たちに任せて。必ずお姉ちゃんを連れて帰ってくるから」
シルヴィアお姉ちゃんが少年の肩に手を置く。
「……わかった。お姉ちゃんを、お願いします」
少年が深々と頭を下げる。
わたしたちは村人たちから、子供たちの特徴や、いなくなる前の状況について詳しく聞いた。
五人の子供たち。
マリア(十二歳、金髪、青い目)
トーマス(十歳、茶髪、茶色い目)
エミリー(九歳、黒髪、緑の目)
ルーカス(八歳、赤毛、茶色い目)
サラ(七歳、金髪、灰色の目)
みんな、商人が去った夜から行方不明になっている。
「村の周辺を探しましょう」
エリーゼお姉ちゃんが提案する。
「ええ。手分けして探すわ」
シルヴィアお姉ちゃんが頷く。
わたしたちは村の周辺を探し始めた。
まず、北の森を捜索する。
木々が鬱蒼と茂り、薄暗い。
鳥のさえずりと、風で葉が揺れる音だけが聞こえる。
「《探知魔法》!」
わたしは杖を掲げ、周囲の生命反応を探る。
でも、動物の反応しか感じられない。
「いないね……」
「次は東の畑を探しましょう」
シルヴィアお姉ちゃんが言う。
わたしたちは東の畑へと向かった。
広大な麦畑が広がっているが、人の気配はない。
畑の端から端まで探したが、子供たちの姿は見つからなかった。
「南の川はどうかしら」
エリーゼお姉ちゃんが提案する。
わたしたちは村の南を流れる川へと向かった。
清流が静かに流れている。
川岸を歩きながら、慎重に探す。
「ここにもいない……」
わたしは焦り始める。
どこにいるの、子供たち……。
「残るは、西の方角ね」
エリーゼお姉ちゃんが地図を確認する。
「西には何があるの?」
わたしが尋ねると、一緒についてきていた村人の一人が答えた。
「西には……古い洞窟があります」
「洞窟……?」
「ええ。昔、鉱山として使われていた場所です。今は閉鎖されていますが……」
「閉鎖されているなら、子供たちがそこに……」
シルヴィアお姉ちゃんが言葉を切る。
「行ってみよう」
わたしたちは西へと向かった。
村から十五分ほど歩くと、小高い丘が見えてきた。
その麓に、古びた木の扉が見える。
「あれが、洞窟の入口……」
エリーゼお姉ちゃんが言う。
近づいてみると、扉は半開きになっている。
そして、地面には……。
「足跡……」
わたしは地面を指差す。
複数の小さな足跡と、一つの大きな足跡。
「子供たちと……大人一人」
シルヴィアお姉ちゃんが分析する。
「しかも、この足跡は新しい。昨夜か、今朝のものだわ」
「やっぱり、みんなこの中に……」
わたしは洞窟の入口を見つめる。
暗く、冷たい空気が漏れ出している。
「リリィ、邪悪な魔力を感じるか?」
エリーゼお姉ちゃんが尋ねる。
わたしは目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。
すると……。
「感じる……強い邪悪な魔力が、洞窟の奥から……」
わたしの体が震える。
それは、とても不快で、吐き気を催すような魔力。
「呪病の魔力と同じ……いや、もっと濃い」
「商人がいるのね」
エリーゼお姉ちゃんが剣の柄に手をかける。
「おそらく。そして、子供たちも」
シルヴィアお姉ちゃんが真剣な表情で言う。
わたしは深呼吸をする。
怖い。
でも、子供たちを助けないと。
マリアを待っている少年の顔が、頭に浮かぶ。
あの涙……。
わたしは、あの子を泣かせたくない。
「行こう」
わたしが一歩前に踏み出す。
「リリィちゃん、無理はしないで」
シルヴィアお姉ちゃんが心配そうに言う。
「大丈夫。みんなが一緒だから」
わたしが微笑むと、二人も頷いた。
「そうね。一緒なら、きっと大丈夫」
エリーゼお姉ちゃんが言う。
わたしたちは、洞窟の入口に立つ。
半開きの木の扉を、完全に開ける。
ギィィィ……
古い蝶番が軋む音が響く。
中は真っ暗で、何も見えない。
「《ライト》」
わたしが杖を掲げると、光の球が現れ、周囲を照らす。
洞窟の内部が見えてくる。
石造りの壁、天井からは鍾乳石が垂れ下がっている。
地面は湿っていて、苔が生えている。
「気をつけて。罠があるかもしれない」
エリーゼお姉ちゃんが警戒しながら前を歩く。
わたしたちは慎重に、洞窟の中へと足を踏み入れた。
入口から少し進むと、通路は二手に分かれている。
「どっちに行くべきかしら……」
シルヴィアお姉ちゃんが呟く。
わたしは再び、魔力を感じ取ろうとする。
「……右。邪悪な魔力は、右の通路から強く感じる」
「わかったわ。右に行きましょう」
エリーゼお姉ちゃんが頷く。
わたしたちは右の通路へと進む。
通路は少しずつ下っていて、奥へ行くほど空気が冷たくなっていく。
壁には、古い松明の跡がある。
かつて、この鉱山で働いていた人々が使っていたのだろう。
「静かすぎるわね……」
シルヴィアお姉ちゃんが呟く。
本当に、静かすぎる。
足音と、遠くで水が滴る音だけが聞こえる。
それが、逆に不気味だった。
さらに進むと、通路は広い空間へと繋がっていた。
天井は高く、いくつもの鍾乳石が垂れ下がっている。
そして、その奥には……。
「扉……」
石でできた、大きな扉があった。
扉には、複雑な魔法陣が刻まれている。
「封印魔法……?」
エリーゼお姉ちゃんが眉をひそめる。
「いや、違うわ。これは……閉じ込める魔法」
シルヴィアお姉ちゃんが扉に近づく。
「中に何かを閉じ込めるための魔法よ」
「みんなが……この中に?」
わたしの心臓が速く打つ。
「恐らく。そして、商人も」
エリーゼお姉ちゃんが剣を抜く。
「この扉を開けるわよ」
シルヴィアお姉ちゃんが魔法陣に手を当てる。
「《解除》!」
魔力が流れ、魔法陣が光る。
そして……カチャリと音がして、扉の錠が外れる。
「開いたわ」
わたしたちは扉を押し開ける。
ギギギギギ……
重い石の扉が、ゆっくりと開いていく。
そして、その先には……。
暗闇が広がっていた。
でも、奥から微かな光が見える。
そして……声が聞こえる。
子供の泣き声。
「子供たち……!」
わたしは駆け出そうとする。
でも、シルヴィアお姉ちゃんが腕を掴む。
「待って。慎重に」
「でも……」
「わかるわ。でも、罠かもしれない」
わたしは歯を食いしばる。
シルヴィアお姉ちゃんの言う通りだ。
慎重にならないと。
「ゆっくり進みましょう」
エリーゼお姉ちゃんが先頭に立つ。
わたしたちは、扉の先へと進んだ。
通路は徐々に広くなっていく。
そして、やがて巨大な空間へと出た。
天井は見えないほど高く、壁には無数の松明が灯されている。
その中央に……。
五人の子供たちが、縛られていた。
石柱に、鎖で。
「マリアちゃん!」
わたしは叫ぶ。
子供たちは、みんな意識があるようだった。
でも、口には猿轡がされていて、声を出せない。
マリアが、必死に目でこちらを見ている。
その目は……警告している。
危ない、と。
「リリィ、下がって!」
エリーゼお姉ちゃんが叫ぶ。
その瞬間――。
わたしたちの周囲に、魔法陣が浮かび上がった。
魔力障壁が展開され、わたしたちは閉じ込められる。
「しまった……!」
「ふふふ……よくぞ、来たな」
暗闇の中から、声が響く。
そして、影の中から……。
黒いローブを着た男性が現れた。
商人だ。
「よくぞ、私の罠にかかってくれた侵入者たちよ」
男性が笑う。
その声は、冷たく、邪悪だった。
「子供たちを解放しなさい!」
エリーゼお姉ちゃんが剣を構える。
「解放? ふふふ……なぜ、そんなことをする必要がある?」
男性が首を傾げる。
「この子たちは、私の実験材料だ。新しい呪病の薬を試すための、ね」
「なんですって……!」
わたしは怒りで震える。
子供たちを……実験材料だと?
「許さない……絶対に許さない……!」
わたしの体から、浄化の光が溢れ出す。
「おや? これは……聖女の力か?」
男性が興味深そうに言う。
「面白い。聖女の力を持つ者が、ここに来るとは」
「リリィ、落ち着いて!」
シルヴィアお姉ちゃんが肩を掴む。
「冷静にならないと」
わたしは深呼吸をする。
そうだ。
冷静にならないと。
感情に流されては、子供たちを助けられない。
「それで……お前たちをどうしようか」
男性が顎に手を当てる。
「殺すのは簡単だが……もったいないな」
「何を……」
「お前たちも、実験材料にしてやろう」
男性が指を鳴らす。
すると、魔力障壁の外から……。
複数の人影が現れた。
目は虚ろで、武器を持っている。
「また、操られた人々を……!」
エリーゼお姉ちゃんが叫ぶ。
「そうだ。彼らは私の忠実な駒だ」
男性が笑う。
「さあ、お前たちも私の駒になるがいい」
男たちが、ゆっくりとバリアの中へと入ってくる。
バリアは、外から中には入れるが、中から外には出られない仕組みのようだ。
「どうする……」
わたしは杖を構える。
殺してはいけない。
彼らは操られているだけ。
でも、どうやって……。
「リリィ、浄化できる?」
シルヴィアお姉ちゃんが尋ねる。
「やってみる……」
わたしは杖を掲げる。
そして――聖女として立つリリィの戦いが始まる。
はい、リリィです!
今回は、わたしが主役の回でした。どうでしたか?
呪病の真相を探るために、お兄ちゃんと離れて行動するのは、最初はすごく不安でした。でも、シルヴィアお姉ちゃんとエリーゼお姉ちゃんが一緒だったから、頑張れました。
グリーンフィールド村で起きたことは、本当に怖かったです。操られた村人たちを傷つけずに助けるのは、とても難しかったけど……わたし、やり遂げられました!
次はどんな冒険が待っているんでしょうか。少し怖いけど、お兄ちゃんとみんながいれば、きっと大丈夫!
それでは、次回もお楽しみに!
――リリィ・セレスティア




