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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第九話

 ――エリスが、いない。


「……エリス?」


 教室に入っても、そこにエリスはいなかった。

 いつもなら、教室の隅でクラリスと話をしながら、時々本を読んでいる。

 俺が近づけば、少しだけ嬉しそうに笑ってくれる。

 それが、今日はない。


「レオン」


 ディーンが俺の肩を掴んだ。


「まだ来てないだけじゃないのか?」

「……分からない」


 時計を見る。

 始業までは、まだ少し時間がある。

 遅刻というほどの時間ではない。

 それでも胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。


 昨日。

 エリスは一人になりたがっていた。

 嫌がらせのことを、俺たちに話したあとだった。

 俺は、もう一人で抱えないでくれと言った。

 エリスは小さく頷いてくれた。

 だから俺は、少し安心していた。

 これで大丈夫だと。

 もう一人で苦しむ必要はないと。


 ――それが、間違いだった。


「図書館に行ってみよう」


 俺が言うと、ディーンとクラリスも頷いた。

 廊下を走る。

 途中で何人かの生徒が振り返ったが、そんなことはどうでもよかった。

 図書館の扉を開ける。


「エリス!」


 返事はない。

 静かな室内。

 いつもと変わらない本棚。

 窓から差し込む朝の光。

 けれど、そこにエリスはいなかった。


「司書さん」


 俺はカウンターへ駆け寄った。


「昨日、エリス・アシュフォードがここに来ませんでしたか?」

「エリスさん?」


 司書は少し考えてから頷いた。


「昨日の放課後なら、来ていましたよ」

「いつまで?」

「……確か、しばらく本を読んでいたと思います。ただ、私が別の仕事をしていたので、帰った時間までは……」

「最後に見たのは?」

「夕方になる前だったと思います」

「その後、誰か来ませんでしたか?」

「誰か……?」


 司書は首を傾げる。


「特に気になる方はいませんでした」

「……そうですか」


 胸の奥が冷たくなる。

 エリスは、図書館へ来ていた。

 それは間違いない。

 でもその後、どこへ行った?


「今朝、学園にエリスの家から連絡があったそうだ。昨日から家に帰っていないらしい」


 俺は拳を握った。

 帰っていない。

 学園にも来ていない。

 連絡もない。

 それなら。


 ――エリスは、どこにいる?


 嫌な考えが浮かぶ。


「レオン」


 クラリスの声で我に返る。


「まず先生たちに報告しましょう。勝手に探すだけじゃなくて、学園全体で探してもらったほうがいいわ」

「ああ」


 俺たちは教員室へ向かった。

 教師たちにも事情を説明する。

 エリスの失踪。

 これまでの嫌がらせ。


 すべて話した。

 すると、学園側もすぐに動き始めた。


 校門。

 中庭。

 寮。

 倉庫。

 実習場。


 学校の敷地内を、教師や使用人まで含めて探していく。

 それでもエリスは見つからなかった。

 時間だけが過ぎていく。


 焦りが募る。

 俺は何度も時計を見た。

 午後になっても、手がかりは何も分からない。


 ――エリス。


 今、どこにいる?

 怖くないはずがない。

 俺だって怖い。

 けれどそれ以上に、エリスが一人で怖がっているかもしれないと思うと、じっとしていられなかった。

 そのときだった。


「レオン様」


 背後から声がした。

 振り返るとそこにいたのは、セリーナだった。

 昨日とは違い、険しい表情をしている。


「セリーナ……」

「エリス様が行方不明になったと聞きましたわ」

「ああ」

「……嫌がらせの件と関係があるのでしょうか?」

「分からない」


 俺は答えた。


「でも、可能性は高いと思っている」


 セリーナは少し黙った。

 そして、静かに言った。


「でしたら、私も協力します」

「……え?」

「昨日申し上げたでしょう」


 セリーナは俺を見る。


「私が直接聞く、と」

「でも――」

「私の周囲には、貴族令嬢たちの集まりがあります」


 その言葉には、少しだけ自嘲が混じっていた。


「私は、あの方たちのことをすべて信用しているわけではありません。ですが、誰が何を言っていたか。誰がエリス様を嫌っていたか。私なら、ある程度は分かります」


 俺は黙った。

 セリーナは以前まで、俺の元恋人だった。

 今でも俺のことを好きだと言ってくれている。

 そんな彼女が、エリスのために動こうとしている。

 それが少し意外だった。


「……頼む」


 俺は頭を下げた。


「エリスを探すために、力を貸してほしい」

「もちろんですわ」


 セリーナは迷わず答えた。


「私も、エリス様に無事でいてほしいと思っていますから」


 それからセリーナは、すぐに動き始めた。

 自分の派閥に属する令嬢たちを呼び集める。

 昨日まで、エリスに向けられていた嫌がらせ。

 その内容。

 最近、誰かが妙な話をしていなかったか。

 エリスを追い出したいと言っていた人物はいなかったか。

 レオンの恋人になることを快く思っていない者はいなかったか。

 一人ずつ聞いていく。


「私は何も知りません」

「私もです」

「確かに、エリス様をよく思っていない方はいましたけれど……」

「セリーナ様が怒っていると思っていた方も……」


 そんな言葉がいくつも出てくる。

 けれど、決定的なものは何もなかった。

 俺は焦っていた。

 手がかりが欲しい。

 何でもいい。

 エリスに繋がるものが。

 そのとき。


「……ミレイアは?」


 セリーナが言った。

 俺は顔を上げた。


「ミレイア?」

「ミレイア・ハートウェルです」


 クラリスが答える。


「そういえば……今日、見ていないわ」

「私もです」


 セリーナが周囲を見る。


「昨日も、途中から姿を見ていません」

「……」


 俺は教室へ戻った。

 ミレイアの席を見る。

 誰も座っていない。


「先生に確認してみる」


 ディーンが言った。

 しばらくして戻ってきたディーンは、顔を強張らせていた。


「ミレイアも、今日は来ていないらしい」

「……昨日は?」

「昨日は出席している」


 嫌な沈黙が落ちた。

 ミレイアは、以前からエリスを気にかけていた。

 俺たちには、それが親切なのだと思えていた。

 けれど……もし違ったら?

 エリスに近付こうとしていたら?


「……調べよう」


 クラリスが小さく言った。

 ミレイアの机。

 そこを調べることに、抵抗がなかったわけではない。

 何の証拠もないのに、他人の机を探るような真似をする。

 本来なら、やるべきではない。

 それでも、エリスがいない。

 ミレイアもいない。

 そして、これまでエリスを気にしていた人物の一人だ。

 俺は机の引き出しを開けた。


 教科書。

 ノート。

 ハンカチ。

 何もない。

 次の引き出し。

 その奥に。


「……これ」


 クラリスが声を上げた。

 取り出したのは、一枚の紙だった。


『ハヤクワカレロ』


 俺の心臓が大きく鳴った。


「……」


 さらに探す。


 紙。

 紙。

 また紙。


『アキラメロ』

『ミノホドヲシレ』

『消えろ』

『帰れ』


 そして。


 黒く塗りつぶされた紙の束。

 そこには、エリスに攻撃していたものと同じ言葉が並んでいた。

 クラリスが息を呑む。


「……これ」


 ディーンも言葉を失っている。


「まさか……」


 俺は一枚を握り締めた。

 その瞬間。

 机の奥から、小さな木製のものが転がり落ちた。

 床に落ちたそれを拾う。


「……」


 見覚えがあった。

 エリスが大切にしていた栞。

 父親からもらった、大切なもの。

 ある日突然、なくなったと言っていたもの。

 ずっと探していた。

 それが、ミレイアの机の中にあった。


「……嘘でしょ」


 クラリスの声が震える。

 ディーンも何も言えない。

 俺は栞を見つめたまま、動けなかった。

 頭の中で、いくつもの記憶が繋がっていく。


 エリスを見ていたミレイア。

 廊下でエリスと話していたミレイア。

 何かとエリスを気にしていたミレイア。

 そして今日、ミレイアはいない。

 エリスもいない。


「……ミレイアが?」


 ディーンが呟いた。


「そんな……」


 クラリスは首を振った。


「でも、証拠が……」


 俺は紙を見た。

 そして、栞を見る。

 どちらもここにある。

 偶然だと言うには、あまりにも出来すぎていた。


「まだ、決まったわけじゃない」


 自分に言い聞かせるように、俺は言った。


「これだけで、ミレイアが犯人だとは決められない」


 そう言ったものの。

 声に自信はなかった。

 セリーナも、机の中を覗き込んでいた。

 しばらく黙っていた彼女が、静かに口を開く。


「……疑わざるを得ませんわね」

「セリーナ」

「私だって、信じたくありません」


 セリーナは紙を見つめた。


「ですが、エリス様への嫌がらせの証拠がここにある。そして、エリス様の大切なものまで……」


 言葉が途切れる。

 俺は栞を握り締めた。

 エリスが、これをどれだけ大切にしていたか知っている。


 家に忘れただけでも、あれだけ悲しそうな顔をしていた。

 それを持っていたのが、ミレイア。

 もし、もし本当にミレイアが犯人なら。

 エリスは今、どこにいる?

 俺の背筋を、冷たいものが走った。


「……ミレイアは、どこだ?」


 誰も答えなかった。

 窓の外を見る。

 校庭には生徒たちがいる。

 いつもと変わらない学園。

 なのに俺には、すべてが違って見えた。


 昨日までエリスの隣には、俺がいた。

 笑って。

 本を読んで。

 くだらない話をして

 これからも、ずっとそうしていけると思っていた。

 なのに……。

 

「……絶対に見つける」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


「エリスを、絶対に見つける」


 ミレイア・ハートウェル。

 彼女は、どこにいる?

 そしてエリスは――どこへ連れていかれた?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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