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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第四十三話

 窓から差し込む朝の光が、部屋いっぱいに広がっていた。

 鏡の前に座る私は、何度も自分の姿を確かめていた。


 純白のウェディングドレス。


 胸元から裾にかけて繊細な刺繍が施され、長いヴェールには小さな花を模したレースがあしらわれている。髪には真珠と白い花を飾り、目元も今日は少しだけ華やかに整えてもらった。


 鏡の中には、見慣れない女性がいた。


 けれど、目を凝らせばそこにいるのは間違いなく私だった。


「……本当に、今日なのね」


 思わず呟くと、隣にいたクラリスが笑った。


「何を今さら言っているのよ。今日以外のいつ結婚するつもりだったの?」

「そういう意味じゃないわ。ただ……なんだか、夢みたいで」

「夢じゃないわよ。ほら、ちゃんと頬をつねってあげましょうか?」

「遠慮しておくわ」


 私が慌てて答えると、クラリスは楽しそうに声を立てて笑った。

 彼女は今日、私のために朝早くから駆けつけてくれた。

 ドレスの最終確認から髪飾りの位置まで、まるで自分のことのように気にかけてくれている。

 その優しさが嬉しくて、私は何度もお礼を言った。


「それにしても……エリスが結婚するなんてね」


 クラリスは、鏡越しに私を見つめた。


「学園にいた頃は、本を抱えて図書館にこもっていたあなたがまさかこんなに綺麗な花嫁になるなんて」

「クラリスだって、ずっと私のことを知っているでしょう?」


「知っているわよ。だからこそ、感慨深いの」


 彼女は少しだけ目を細めた。


「あなた、昔は自分のことを後回しにしてばかりだったもの。目立ちたくない、人に迷惑をかけたくない、自分なんかが望んではいけない……そんな顔をしていたこともあったわ」

「……そんな顔をしていたかしら」

「していたわよ」


 即答されてしまった。

 私は、困ったように笑った。

 確かに、そうだったと思う。

 自分に自信がなくて、誰かに何かを望むことさえ、どこか遠慮していた。

 レオンと出会ってからも、彼と一緒にいることが嬉しい一方で、いつかこの時間が終わってしまうのではないかと不安になることがあった。

 そして魔力回復不全症がわかり、命さえ危うくなった。

 あの頃の私は、明日が来ることすら当たり前ではなかった。

 けれど今、私はウェディングドレスを着ている。

 これから、大好きな人のもとへ向かうのだ。


「……私、幸せね」


 気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。

 クラリスは、優しく微笑んだ。


「ええ。とびきり幸せになりなさい」

「ありがとう、クラリス」

「お礼はまだ早いわ。これから先、何十年も幸せでいてもらわないと困るんだから」

「何十年……」


 私は、その言葉を胸の中で繰り返した。


 何十年。


 以前の私なら、そんな未来を思い描くことさえ難しかったかもしれない。

 今も、病気が完全に治ったわけではない。

 魔力は少しずつ失われ続けている可能性があり、これから先、どれほど生きられるのかは誰にもわからない。

 それでも、バクゥ様の眷属となったことで、私は再び明日を迎えられるようになった。

 そして今日、レオンと夫婦になる。

 この先に何が待っているのか、すべてがわかっているわけではない。

 それでも私は、未来を恐れるだけではなくなった。

 レオンと一緒なら、これから先のことを一つずつ考えていける。


「……よし」


 私は、小さく息を吸った。


「クラリス。私、行ってくるわね」

「ええ。行ってらっしゃい、エリス」


 彼女は私のヴェールを整え、最後にぎゅっと手を握ってくれた。


「最高の一日になるわよ」


 その言葉に頷き、私は部屋を出た。




 結婚式が行われるのは、王都にある由緒ある教会だった。

 高い天井には美しい装飾が施され、長い窓からは柔らかな光が差し込んでいる。

 通路の両側には白い花が飾られ、参列者たちの囁き声が静かに響いていた。

 私は控え室で、扉の向こうの様子を想像していた。

 この扉を開ければ、レオンが待っている。

 そう思うだけで、胸がいっぱいになった。


「エリス様、お時間です」


 係の人に声をかけられ、私は顔を上げた。


「はい」


 返事をしたものの、足が少し震えていた。

 緊張しているのだろうか。

 それとも、嬉しすぎるのだろうか。

 自分でもよくわからなかった。

 そのとき、扉の向こうから聞き慣れた声が聞こえた。


「……エリス」


 レオンの声だった。

 どうやら、彼もこちらに気づいたらしい。

 私は思わず、扉の方へ一歩近づいた。

 すると、係の人が微笑んだ。


「新郎様も、先ほどから落ち着かないご様子ですよ」

「レオンが?」

「ええ。何度も扉の方を確認なさっています」


 その光景が目に浮かんで、私は小さく笑ってしまった。

 いつも明るくて、何事にも臆さないレオン。

 そんな彼が、今日という日を前にして緊張している。

 それが、なんだかとても嬉しかった。

 やがて、教会の中に音楽が流れ始めた。


 扉が開く。


 参列者たちの視線が、こちらへ向いた。

 私は一歩、また一歩と、ゆっくり歩き始めた。

 そして、祭壇の前に立つレオンの姿が見えた。

 正装に身を包んだ彼は、いつもより少し大人びて見えた。

 けれど私を見つけた瞬間、その顔に浮かんだ笑顔は私がよく知っているものだった。

 まるで図書館で面白い本を見つけたときのような、嬉しくてたまらないという笑顔。

 彼は私を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 そして、私が隣に立つと小さな声で囁いた。


「……綺麗だ」


 その一言に、頬が熱くなった。


「ありがとう。レオンも、とても素敵よ」

「本当か?」

「ええ」

「よかった……。さっきから、ずっと落ち着かなかったんだ」

「私もよ」


 そう答えると、彼は照れたように笑った。


「そっか。じゃあ、二人とも同じだな」


 私は頷いた。

 この人となら、きっと大丈夫。

 緊張する日も、迷う日も、嬉しい日も、悲しい日も。

 同じ気持ちを分かち合いながら、歩いていける。

 式が始まり、司祭の言葉が教会に響いた。

 私たちは互いに向き合い、これから夫婦として歩んでいくことを誓った。

 レオンの手は、温かかった。

 その手を握りながら、私は心の中で何度も繰り返した。


 この人と出会えてよかった。

 この人を好きになってよかった。

 そして、この人と一緒に生きていけることが何よりも嬉しい。

 誓いの言葉を終え、指輪を交換する。

 レオンが私の左手を取り、薬指に指輪を通した。

 きらりと光る指輪を見て、胸の奥が熱くなった。

 今度は私が、レオンの指に指輪を通す。

 彼は私の手をそっと握り、目を合わせた。


「これからも、よろしくな。エリス」

「……こちらこそ、よろしくお願いします。レオン」


 少しだけ、声が震えてしまった。

 それでも、彼にはきっと伝わったと思う。

 私たちは、ゆっくりと顔を近づけた。

 そして、誓いの口づけを交わした。

 その瞬間、教会に大きな拍手が響いた。

 顔を離すと、レオンが嬉しそうに笑っていた。

 私も、笑った。

 涙がこぼれそうだったけれど、今日は泣いてばかりではいけない。

 これから、もっと幸せなことが待っているのだから。




 式の後、私たちは参列者たちの祝福を受けた。


「おめでとう、レオン!」


 真っ先に駆け寄ってきたのは、ディーンだった。

 レオンの親友である彼は、いつもどおり快活な笑顔を浮かべている。


「いやあ、まさかお前が先に結婚するとはな!」

「おい。まるで俺が一生結婚できないみたいな言い方だな」

「違うのか?」

「違うに決まっているだろう!」


 二人のやり取りに、私は思わず笑ってしまった。

 ディーンは私に向き直り、丁寧に頭を下げた。


「エリス、結婚おめでとう!こいつ、昔から妙なところで頑固だけど、根はいいやつだからさ。どうかよろしくな」

「ありがとう。レオンのことは、私もよく知っているわ」

「おっ、頼もしいねえ!」

「おい、本人の前で何を言っているんだ」


 レオンが抗議すると、ディーンはますます楽しそうに笑った。


「いやいや。お前が幸せそうで、俺も嬉しいんだよ」


 その言葉には、からかいだけではない温かさがあった。

 レオンも、それを感じたのだろう。


「……ありがとう、ディーン」


 いつもより少し真面目な声で、そう答えた。

 ディーンは一瞬驚いたような顔をしたあと、照れ隠しのように頭をかいた。


「お、おう。まあ、これからもよろしくな」


 その様子を見て、私まで嬉しくなった。

 レオンには、こんなふうに心から喜んでくれる友人がいる。

 それもまた、私にとって大切なことだった。


「エリス!」


 今度は、クラリスがやってきた。

 彼女は私の手を取り、目を輝かせている。


「本当におめでとう!とっても綺麗よ!」

「ありがとう。クラリスのおかげで、安心して式を迎えられたわ」

「私は何もしていないわよ」

「そんなことないわ。ずっとそばにいてくれたでしょう?私の一番の親友は今までもこれからもクラリスだけよ」


 そう言うと、クラリスは一瞬だけ言葉を失った。

 それから、照れたように微笑んだ。


「……もう。結婚式の日に、そんなことを言わないでよ。泣いてしまうじゃない」

「クラリス?」

「今日は嬉しい日なんだから、嬉しくて泣いたっていいわよね?」


 彼女はそう言いながら、私をそっと抱きしめた。

 私も、彼女の背中に腕を回した。

 学園にいた頃から、たくさんの時間を一緒に過ごしてきた。

 楽しいことも、悩んだことも、言葉にできない不安も。

 そのすべてを知っている友人が、今、私の結婚を祝ってくれている。

 これほど心強いことはなかった。


「エリス。これからも、何かあったら遠慮せずに相談してね」

「ええ。もちろんよ」

「それと、新婚生活の甘々な話も聞かせてちょうだい」

「……もう!クラリスったら!」


 思わず声を上げると、彼女はいたずらっぽく笑った。


「冗談よ。半分くらいはね」

「もう……」


 私は頬を赤くしながらも、笑ってしまった。

 少し離れたところでは、ディーンがレオンに何かを囁いている。

 レオンは慌てて首を振り、ディーンは腹を抱えて笑っていた。

 何を話しているのかはわからない。

 けれど二人が楽しそうにしているのを見るだけで、私まで幸せな気持ちになった。




 やがて、セリーナが私たちのもとへやってきた。

 彼女はレオンの元婚約者だった人だ。

 かつて二人の間には、家同士の事情も絡んだ婚約があった。

 けれど、それは終わった。

 そして今、レオンの隣にいるのは私だ。

 セリーナは落ち着いた微笑みを浮かべ、私たちの前で足を止めた。


「レオン様、エリス様。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう、セリーナ」


 レオンが答える。

 私も、彼女に向かって頭を下げた。


「ありがとうございます。来てくださって嬉しいです」

「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


 セリーナは、私の顔をまっすぐに見つめた。


「エリス様。本当にお綺麗ですわ」

「そんな……ありがとうございます」

「レオン様も、今日はいつも以上に幸せそうです」

「そうか?」


 レオンは少し照れたように笑った。


「自分ではよくわからないけど……まあ、幸せなのは間違いないな」

「ふふ。でしょうね」


 セリーナは、穏やかに微笑んだ。

 そこには過去への未練や、私たちを困らせるような感情は見られなかった。

 ただ、二人の門出を祝ってくれている。

 私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 過去にどんな事情があったとしても、今こうして私たちの幸せを願ってくれる人がいる。

 それは、とてもありがたいことだった。


「レオン様」


 セリーナが、少しだけ声を改めた。


「どうか、エリス様を大切になさってくださいね」

「ああ。もちろんだ」


 レオンは迷いなく答えた。


「大切にする。絶対に」


 その言葉を聞いて、私は思わず彼を見上げた。

 レオンは、まっすぐに私を見ていた。

 その瞳には、少しの迷いもなかった。

 セリーナは満足そうに頷いた。


「それなら、安心ですわ」


 そして、私に向き直った。


「エリス様。お二人の未来が、幸せに満ちたものでありますように」

「ありがとうございます。セリーナ様にも、たくさんの幸せがありますように」


 私がそう答えると、彼女は優しく微笑んだ。


「ええ。ありがとうございます」


 セリーナが去っていくのを見送ってから、私はレオンの手をそっと握った。


「……素敵な方ね」

「ああ。そうだな」

「来てくださって、よかったわ」

「俺もそう思う」


 レオンは、私の手を握り返した。


「今日は、みんなに祝ってもらえて嬉しいな」

「ええ。本当に」


 私は、教会の中を見回した。

 両親も、リリアも、クラリスも、ディーンも、セリーナも。

 それぞれの場所から、私たちを温かく見守ってくれている。

 こんなにもたくさんの人に祝福されて、私たちは夫婦になったのだ。

 その事実が、何よりも嬉しかった。




 祝宴が始まると、教会に隣接した広間は華やかな雰囲気に包まれた。

 大きな窓からは午後の光が差し込み、白い花と緑の葉で飾られた卓には、色とりどりの料理が並んでいる。

 私はレオンと並んで座り、次々に訪れる人たちから祝福の言葉を受け取った。

 その中でも特に元気いっぱいだったのが、レオンの妹であるリリアだった。


「お兄様!エリスお姉様ぁぁぁ!」


 彼女は私たちの前に来るなり、満面の笑みを浮かべた。


「ご結婚、本当におめでとうございます!」

「ありがとう、リリア」


 レオンが笑う。

 リリアは私の手を両手で包み込んだ。


「エリスお姉様、すっごく綺麗です!私、今日のこと、ずっと楽しみにしていたんです!」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「それに、お兄様があんなに緊張しているところ、初めて見ました!」

「リリア!」


 レオンが慌てて声を上げた。


「余計なことを言わなくていい!」

「だって、本当のことですもの!」


 リリアは、いたずらっぽく笑った。


「朝から何度も鏡を見て、服を直して、髪を確認して……最後には、お父様に『もう十分だ』って言われていたんですよ」

「お前、どうしてそれを知っているんだ……!」

「だって、隣の部屋にいたんですもの!丸聞こえだったわ」


 私は、思わず口元を押さえた。

 レオンがそんなふうに準備をしてくれていたなんて。

 嬉しくて、胸がいっぱいになる。


「……レオン」

「な、何だ?」

「ありがとう」

「え?」

「今日のために、そんなに頑張ってくれたのね」

「いや、それは……」


 レオンは、困ったように頬をかいた。


「だって、一生に一度のことだろう?エリスに最高の日だと思ってもらいたかったんだ」


 その言葉に、胸が熱くなった。


「……もう、十分すぎるくらいよ」


 私がそう答えると、レオンはほっとしたように笑った。

 リリアは、そんな私たちを見て嬉しそうに頷いている。


「ふふ。やっぱり、お二人はお似合いです!」

「リリア、からかうのはそのくらいにしておけ」

「からかってなんかいません!本当にそう思っているのよ!」


 リリアは、今度は少しだけ真剣な表情になった。


「エリスお姉様。これから、お兄様のことをよろしくお願いします」

「ええ。こちらこそ、よろしくね」

「それから……」


 彼女は、私の耳元に顔を近づけた。


「今度、一緒にお買い物に行きましょうね。結婚式の準備で忙しくて、ゆっくりお話しできませんでしたから」

「もちろんよ。楽しみにしているわ」

「約束ですよ!」


 リリアは嬉しそうに笑い、レオンにも手を振ってから家族の席へ戻っていった。

 その背中を見送りながら、私はレオンに尋ねた。


「素敵な妹さんね」

「ああ。少し元気すぎるところはあるけどな」

「ふふ。そこも素敵だと思うわ」

「……エリスまで、リリアの味方か」

「当然でしょう?」


 私が笑うと、レオンも笑った。

 こうして少しずつ、家族が増えていく。

 それは思っていた以上に温かくて、幸せなことだった。




 祝宴の終わりが近づいた頃、私はふと窓の外を見た。

 空は柔らかな橙色に染まり始めていた。

 今日という一日が、ゆっくりと終わろうとしている。

 けれど、私の人生は、ここから始まるのだ。


「どうした、エリス?」


 隣に座るレオンが、私の顔を覗き込んだ。


「ううん。今日が終わってしまうのが少しもったいなくて」

「そうか?」

「ええ。こんなに幸せな一日、ずっと続いてほしいと思ってしまうの」


 そう言うと、レオンは少し考えてから、私の手を取った。


「じゃあ、明日も幸せな日にしよう」

「……明日も?」

「ああ。明日は二人でゆっくり過ごそう。エリスが疲れていなければ、庭を散歩してもいいし、部屋で本を読んでもいい」


 私は、目を瞬かせた。


「本を読むの?」

「もちろん。好きだろう?」

「ええ、大好きよ」

「なら、決まりだな。俺も一緒に読むよ」


 レオンは、いつもの明るい笑顔を浮かべた。


「それに、明後日だってその次の日だってある。今日が終わっても幸せな日はまだまだ続くんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に温かなものが広がった。


 そうだ。

 今日だけが、幸せなのではない。

 明日も、その次の日も。

 レオンと一緒に過ごせる日々が、これから続いていく。

 病気が治ったわけではない。

 未来がすべて約束されているわけでもない。

 それでも私は今日、愛する人と夫婦になった。

 そして彼は、これから先の毎日を一緒に幸せにしていこうと言ってくれている。


「……レオン」

「ん?」

「私、あなたと結婚できて、本当によかったわ」


 レオンは、一瞬だけ目を丸くした。

 それから、照れたように笑った。


「俺もだよ、エリス」


 彼は、私の手をそっと握り直した。


「君と出会えてよかった。君を好きになれてよかった。そして、これからずっと一緒にいられることが、何より嬉しい」

「……私も」


 私たちは、しばらく見つめ合っていた。

 やがてレオンが、ふと思い出したように口を開いた。


「そうだ。明日読む本だけど、実はもう用意してあるんだ」

「本当?」

「ああ。君が好きそうな古い物語を見つけたんだ。まだ読んでいない本だから、一緒に読めるぞ」

「まあ……!」


 思わず、声が弾んでしまった。

 結婚式の日だというのに、私の頭の中にはもう明日の読書のことが浮かんでいた。

 そんな私を見て、レオンは楽しそうに笑った。


「やっぱり、エリスは本の話をしているときが一番いい顔をするな」

「そ、そんなことは……」

「いや、本当だよ」


 彼は、優しい目で私を見つめた。


「俺は、その顔が好きなんだ」


 頬が熱くなる。

 私は俯きながら、小さく呟いた。


「……ずるいわ、レオン」

「何が?」

「そんなことを言われたら、もっと好きになってしまうじゃない」


 すると彼は少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。


「それなら、もっと言わないとな」

「もう……!」


 私は笑いながら、彼の肩にそっと寄りかかった。

 彼の温もりが伝わってくる。

 窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいった。

 けれど、私の胸の中には、消えることのない光が灯っていた。

 かつて私は、明日が来ることを恐れていた。

 この命がいつまで続くのか。

 大切な人と、あとどれだけ一緒にいられるのか。

 考えるたびに、不安で胸がいっぱいになった。

 今だって、その不安が完全になくなったわけではない。

 けれど、私はもう一人ではない。

 隣には、レオンがいる。

 私を支えてくれる家族がいる。

 心から祝福してくれる友人たちがいる。

 そして、まだ見ぬ未来がある。

 いつか本当の治療法が見つかるかもしれない。

 これから先、何十年もレオンと一緒にいられるかもしれない。

 そう考えるだけで、胸がいっぱいになった。


「ねえ、レオン」

「どうした?」

「改めて、よろしくお願いします」


 彼は一瞬きょとんとしたあと、柔らかく微笑んだ。


「ああ。こちらこそ、よろしくな。エリス」


 そして、私たちはもう一度、そっと手を握り合った。

 今日、私はレオンの妻になった。

 明日からは、夫婦としての新しい日々が始まる。

 一緒に本を読み、街を歩き、時には喧嘩をして、仲直りをして。

 そんな何気ない毎日を、二人で重ねていきたい。


 何年先になっても。

 何十年先になっても。

 願わくば、人生の最後の日まで。

 私は、隣にいる彼を見つめた。

 レオンも、私を見つめ返してくれた。

 その笑顔を見て、私は心から思った。


 ――この人と結婚できて、本当によかった。


 私の人生で、今日という日は、きっと一生忘れられない日になる。

 けれど、幸せな日々は今日だけでは終わらない。

 これから先も、私たちの物語は続いていくのだから。


 愛する人と手を取り合って。

 たくさんの本と、たくさんの笑顔に囲まれて。

 私は、レオンと一緒に歩いていく。

 明日へ。

 その先にある、まだ見ぬ幸せな未来へ。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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