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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第二十八話

 どれだけ時間が経ったのかもう分からない。

 ただ、目の前の怪我人を一人ずつ治療していく。


「次の方……」


 そう声をかける。

 けれど。


「エリス様!こちらにも重傷者が!」

「分かりました!」


 すぐに別の場所から声が飛んでくる。

 私は立ち上がり、そちらへ向かった。

 先ほどまでなら、それほど苦にはならなかった。

 少しずつ魔力を使っても、時間が経てば回復していく。

 けれど今は違う。

 身体が重い。

 足元がふらつく。

 頭もぼんやりしている。

 それでも目の前に苦しんでいる人がいる。

 だから、止まるわけにはいかなかった。


「この方をお願いします!」

「はい」


 地面に横たわっている騎士の前に膝をつく。

 鎧は大きくへこみ、脇腹から血が流れている。


「これは……」


 思わず息を呑む。

 さっきまで治療していた人たちとは明らかに違う。


「魔物に……吹き飛ばされて……」


 近くにいた兵士が説明する。


「治癒魔法を使える者も見てくれたのですが、傷が深くて……」

「分かりました」


 私は震える手を傷口へ伸ばした。


「少しだけ、痛むかもしれません」

「……頼む」


 目を閉じる。

 魔力を集める。


「――治癒」


 淡い光が生まれた。

 傷口へ魔力を流し込む。

 少しずつ。

 少しずつ。

 傷が塞がっていく。

 けれど。


「……っ」


 いつもより苦しい。

 魔力が一気に減っていく感覚がする。

 それでも。


「もう少し……」


 力を込める。

 傷口が閉じていく。


「……終わり……ました」

「助かった……」


 騎士が小さく息を吐いた。

 けれど私は立ち上がれなかった。


「エリス様?」

「……大丈夫です」


 地面に手をつき、なんとか立ち上がる。


「次の方を……」

「エリス様、ですが――」

「次の方をお願いします」


 自分でも驚くほど強い声が出た。

 周囲の人たちが黙る。

 私はゆっくり息を吐いた。


「……まだ、治療を待っている人がいるので」

「……はい!」


 また一人。

 また一人。

 治療を続ける。

 けれど怪我人は減らなかった。

 むしろ時間が経つほど増えていく。

 前線で戦っている騎士たちが負傷して戻ってくる。

 魔物から逃げている途中で転んだ人。

 建物の崩壊に巻き込まれた人。

 家族を探して走り回り、怪我をした人。

 様々な人が運び込まれてくる。


「こっちにも怪我人が!」

「誰か治癒魔法を!」

「重傷者を先に!」

「薬が足りません!」


 声が重なっていく。

 広場は、次第に人で埋め尽くされていった。


「……」


 私はその光景を見つめる。

 治療しても治療しても、それ以上の速さで怪我人が増えている。

 すでに無力感を感じつつあった。


「これじゃ……」


 追いつかない。

 その言葉が頭に浮かんだ。

 今までなら目の前の一人を治せば、それでよかった。

 でも今は違う。

 王都全体が戦場になっていて、一人を治している間にも、別の場所で誰かが傷ついている。

 また一人を治している間に、新しい怪我人が運ばれてくる。


「……どうすれば」


 私は小さく呟いた。

 そのとき。


「エリス様!」


 遠くから声がした。


「こちらへ!」


 振り向く。

 一人の兵士が、青ざめた顔で走ってくる。


「どうしたんですか?」

「北側から、重傷者が大量に運ばれてきます!」

「……!」

「前線が押されているようです!」


 胸が締め付けられる。


「レオンは……?」

「分かりません!」

「……そう」


 私は唇を噛んだ。

 無事でいて。

 そう願う。

 でも私には何もできない。

 ここから北側へ行けば、治療を続けられなくなる。

 ここに残れば、レオンのいる場所を見ることができない。


「……」


 私は一度だけ目を閉じた。

 そして。


「治療を続けます」

「ですが……」

「ここにいる人たちを助けます」


 私はもう一度、手を伸ばした。


「それが、今の私にできることだから」


 再び淡い光が生まれる。

 けれど身体はもう限界に近づいていた。

 魔力を使うたびに、視界が揺れる。

 息が苦しい。

 指先の感覚も薄れてきた。

 それでも。


「――治癒」


 一人。


「――治癒」


 また一人。


「――治癒」


 さらに一人。

 私はひたすら魔法を使い続けた。




 その頃。

 王都北側。


「押し返せ!」


 レオンの声が響く。


「絶対にここを突破させるな!」

「「「おぅ!!!」」」


 騎士たちが魔物へ向かっていく。

 剣が振るわれる。

 魔法が飛び交い、魔物が倒れる。

 けれど次から次へと、新しい魔物が現れる。


「まだ来るのか……!」


 レオンは息を切らしながら剣を構えた。

 身体中が痛む。

 腕も重く、足も限界に近い。

 それでも後ろを見る。

 そこには王都がある。

 たくさんの人がいる。

 自分たちの家族がいる。

 守るべき人たちがいる。


「……ここで退くわけにはいかない」


 レオンは剣を握り直した。


「行くぞ!」

「「「おおおおっ!」」」


 騎士たちが叫ぶ。

 再び魔物へ突っ込んでいく。

 その中で。


「レオン様!」


 後ろから声がした。

 振り向くと、別の騎士が駆けてくる。


「どうした!?」

「負傷者が増えています!」

「……分かった」

「治癒魔法を使える者が足りません!」


 レオンは一瞬だけ王都の中心を見る。


「……エリス」


 きっと今もあの場所で治療をしている。

 そう思った。


「治療できる者を探せ!」

「はい!」

「そして――」


 レオンは魔物へ視線を戻した。


「俺たちが一匹でも多く倒す!」

「了解!」


 再び剣を構える。

 そのときだった。


「……!」


 王都の中心からまた淡い光が見えた。

 先ほどよりも明らかに強い。


「なんだ……?」


 騎士たちも空を見上げる。

 光は少しずつ大きくなっていく。


「魔法……なのか?」

「誰が使っている?」


 レオンには分かっていた。


「……エリスだ」


 胸の奥がざわつく。

 あれほどの光。

 あれほどの魔力。

 普通ではない。


「……エリス」


 嫌な予感がした。

 けれど。


「レオン隊長!」


 目の前から魔物が迫ってくる。


「今は戦いに集中してください!」

「……分かってる!」


 レオンは剣を振り下ろした。

 魔物を倒して、次の魔物へ向かう。

 それでも、頭からエリスのことが離れなかった。




 そして王都の中心では。


「……はぁ……はぁ……」


 私は荒い息を吐いていた。

 目の前には、まだ怪我人がいる。

 けれどもう身体が動かない。


「エリス様……」


 誰かが心配そうに声をかける。


「少し休んでください」

「……まだ」

「ですが!」

「まだ、終わっていません」


 私はゆっくり顔を上げた。

 広場だけではない。

 この王都には、まだたくさんの人がいる。

 ここに運ばれてくることすらできない人もいる。

 建物の中に取り残されている人。

 路地で倒れている人。

 前線で傷ついている騎士たち。

 その全員を今の私では助けられない。


「……もっと」


 もっと力があれば。

 もっと大きな魔法が使えれば。

 もっと多くの人を、一度に治すことができれば。

 私は胸元に手を当てた。

 すると。


「……え?」


 身体の奥で何かが反応した。

 今まで感じたことのない感覚。

 魔力が。

 私の中で大きく渦を巻いている。


「なに……これ……」


 怖い。

 でも同時に、なぜか分かった。

 これは誰かを傷つけるための力じゃない。

 誰かを守るための力だ。

 私はゆっくりと立ち上がった。


「……まだ、できる」


 自分でも驚くほどはっきりと声が出た。


「私には……まだ、できることがある」


 私は広場の外へ視線を向けた。

 王都全体から、苦しんでいる人たちの声が聞こえるような気がした。

 そして私はその声に応えるように、ゆっくりと両手を広げた。


「……みんなを」


 淡い光が私の身体から溢れ始める。


「助けたい……」


 その瞬間。

 王都を包むように大きな光が広がり始めた。

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