第二十七話
王都の街を走ると、あちこちから悲鳴が聞こえる。
魔物の咆哮。
騎士たちの怒号。
建物が壊れる音。
昨日までの穏やかな王都とは、まるで別の場所だった。
「こっちです!」
前方から声が聞こえた。
振り向くと、一人の女性がこちらへ走ってくる。
「治癒魔法が使える方ですか!?」
「え?」
「怪我人がたくさんいます!」
女性は必死な表情をしていた。
「魔法兵の方たちも前線に出ていて、治療が追いついていません!」
「……分かりました」
私は頷いた。
「案内してください」
「こちらです!」
女性について走る。
角を曲がった先に、小さな広場があった。
そこには何人もの人が横たわっていた。
「……!」
騎士。
兵士。
そして、街の人たち。
腕を負傷している人。
足を怪我している人。
血を流している人。
痛みに顔を歪めている人。
「こんなに……」
思わず息を呑む。
「お願いします!」
一人の騎士がこちらへ駆け寄ってきた。
「治療を……!」
「分かりました」
私はすぐに一人の騎士の前に膝をついた。
腕から血が流れている。
傷は深い。
「少し触れますね」
「……頼む」
手を傷口へかざす。
魔力を集中させる。
「――治癒」
淡い光が生まれた。
傷口が少しずつ塞がっていく。
「……!」
騎士が目を見開く。
「痛みが……」
「もう少しです」
さらに魔力を流す。
傷が閉じていく。
「終わりました」
「ありえない……とんでもない治癒力だ……ありがとう!」
騎士が立ち上がる。
けれど。
「次の方をお願いします!」
すぐに別の声が飛んできた。
「はい!」
次の人へ。
今度は足。
その次は肩。
さらに次は腹部。
一人。
また一人。
治療していく。
けれど怪我人は減らなかった。
むしろ加速度的に増えていた。
「次はこちらです!」
「この人をお願いします!」
「まだ重傷者がいます!」
「分かりました!」
私はひたすら治癒魔法を使い続けた。
魔力が少しずつ減っていく。
身体が重くなる。
それでも、手を止めることはできなかった。
一つ一つが大きな怪我ではないのが幸いした。
大きく魔力が減ることなく、完治させることが出来ていた。
「……次の方」
目の前の男性を治療する。
「ありがとうございます……」
「つ、次の方を」
声が少し震えた。
けれどまだやらなければならない。
目の前に、苦しんでいる人がいる。
それなら……助けたい。
それだけだった。
しばらくすると。
「エリス!」
聞き慣れた声がした。
「……?」
少し意識が朦朧としながら顔を上げる。
広場の入口にレオンが立っていた。
「レオン!」
私は思わず立ち上がった。
「大丈夫!?」
「ああ」
レオンは頷く。
「俺は大丈夫だ」
けれどその服には血がついていた。
「その血……」
「安心してくれ、俺のじゃない」
「本当に?」
「ああ」
レオンは笑った。
「ちゃんと生きてる。怪我もしていない」
「……よかった」
胸の奥から、力が抜ける。
「エリスは?」
「私は……」
答えようとして。
少しだけ身体がふらついた。
「……!」
レオンがすぐに支える。
「お、おい!」
「だ、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないだろ!」
「まだ治療しないと……」
「もう十分だ!」
レオンの声が少し強くなる。
「エリスだって昨日まで治療施設にいたんだぞ」
「でも……」
私は広場を見る。
まだ傷を負ったたくさんの人がいる。
「この人たちを放っておけない」
「……」
レオンは何も言わなかった。
そしてしばらくして小さく息を吐く。
「分かった」
「レオン?」
「エリスがこんなに頑張ってるんだ、俺も負けてられないな」
「でも……」
「一匹でも多く倒してくる」
レオンは笑った。
「それに」
広場を見渡す。
「エリスだけに無理させるわけにはいかないだろ」
「……」
「少しでも減らせば怪我人が減るからな」
胸が少し温かくなる。
「ありがとう」
「ああ」
レオンは剣を抜いた。
「じゃあ、行ってくる」
「無理はしないで」
「それはこっちの台詞だ」
「ふふっ」
レオンは広場を出ていった。
その背中を見送る。
そして、私は再び目の前の怪我人へ向き直った。
「次の方」
治癒魔法を使う。
光が生まれて傷が塞がる。
また次。
また次。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
空を見上げる余裕もなかった。
ただ無我夢中でひたすら魔法を使い続けた。
「……はぁ」
息が苦しい。
身体が重い。
指先が震える。
魔力がほとんど残っていない。
それでも。
「次の方……」
なんとか振り絞って声を出す。
目の前には、まだ怪我をした子供がいた。
小さな身体。
頭から血を流している。
「……大丈夫よ」
私は微笑んだ。
「すぐに治すからね」
震える手を伸ばす。
「――治癒」
淡い光が子供を包むと、傷が少しずつ消えていく。
子供が不安そうにこちらを見る。
「痛くない……」
「よかった」
私は笑った。
その瞬間、身体から力が抜けた。
「……っ」
膝をつく。
「エリス様!」
誰かが叫んだ。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫……」
私は立ち上がろうとする。
けれど足に力が入らない。
「……まだ」
まだ終わっていない。
王都では今も、休まず戦っている人たちがいる。
まだ怪我をする人がいる。
レオンも戦っている。
「……もう少しだけ」
私は再び立ち上がった。
その頃王都北側では。
「下がれー!」
レオンが叫んでいた。
目の前には、再び巨大な魔物がいる。
「数が多すぎる!」
騎士の一人が叫ぶ。
「魔法兵を呼べ!」
「無理です!」
「何!?」
「別の場所でも魔物が暴れています!」
レオンは歯を食いしばった。
魔物は次々と押し寄せてくる。
倒しても。
倒しても。
終わらない。
「……くそっ」
剣を握り直す。
背中が痛い。
身体も限界に近い。
それでも。
「ここを抜かせるな!俺たちが倒れるということは、大切な家族が、民たちが、国が終わる!絶対に止めるぞ!」
「「「おおおぉぉぉ!!!」」」
騎士たちが再び魔物へ向かっていく。
レオンも走った。
剣を振る。
一体。
二体。
三体。
魔物を倒す。
けれど次の瞬間。
「……!」
背後から巨大な魔力が膨れ上がった。
レオンが振り返る。
王都の中心。
そこから空へ向かって淡い光が伸びている。
「……エリス?」
理由は分からない。
けれどなぜか、あの光がエリスのものだと分かった。
「エリス……」
レオンは剣を握り直した。
「頼むから……無茶するなよ」
そして再び目の前の魔物へ向き直った。
戦いはまだ終わっていなかった。
そしてエリスもまだ、治癒の手を止めなかった。
自分の身体が限界へ近づいていることにも、気づかないまま。
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