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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第二十五話

 目を覚ますと、窓から柔らかな光が差し込んでいた。

 いつもと同じ朝。

 けれど、今日は少しだけ違う。

 今日は治療施設を退院する日だ。

 もちろんレオンも。


「……退院、か」


 小さく呟く。

 その言葉を口にすると、不思議と胸の奥が軽くなった。

 数日前まで、こんな日が来るとは思っていなかった。

 負傷したレオン。

 背中の深い傷。

 身体に残っていた異常な魔力。

 そして、それを治すために使った自分の特別な魔法。

 あのときは、ただ必死だった。

 レオンが助かるなら、それでいい。

 そう思っていた。

 だから、自分まで倒れてしまったことなど気にしていなかった。

 けれど、二人とも無事に退院できる。

 それだけで、十分だった。


「エリス」


 扉の向こうから声がした。


「入っていい?」

「ええ、どうぞ」


 扉が開く。


「おはよう」


 レオンが顔を出した。


「おはよう」

「今日、退院だぞ」

「知ってるわ」

「嬉しくない?」

「もちろん、嬉しいわよ」

「よかった」


 レオンは笑った。

 その顔を見て、エリスも自然と笑ってしまう。


「レオンは?」

「もちろん嬉しい」

「無理をしたら駄目よ」

「分かってるって」

「本当に?」

「本当」

「……ならいいけど」


 レオンは苦笑した。


「エリスは、心配症だな。と言っても自業自得だよな。ごめん」

「ううん、だって好きなんだもん。怪我してなかったとしても心配だよ」


 何気なく言った。

 けれどその言葉に、レオンが一瞬黙った。


「……そういうこと、普通に言うんだな」

「え?」

「いや」


 レオンは少しだけ顔を逸らした。


「何でもない」

「変なの」


 そうは言っても、なぜかレオンの耳が少し赤くなっていることには触れないでおこう。

 しばらくして、治癒魔法士が二人の様子を確認しに来た。


「お二人とも、問題なさそうですね」

「はい」

「レオン様は、傷口もかなり安定しています」

「本当か?良かった」


 レオンが嬉しそうに尋ねる。


「はい。ただし」


 治癒魔法士は少しだけ表情を厳しくした。


「完全に治ったわけではありません。しばらくは激しい運動や無理な魔法の使用は控えてください」

「へいへい、分かりましたよ」

「本当に分かっていますか?」

「……はい、すいません」


 素直に頷くレオンを見て、思わず笑ってしまった。


「エリス様も、ですよ」

「私も?」

「はい。今回の魔法でかなり魔力を消耗しています。普段通りに戻ったように感じても、しばらくは無理をしないようにしてください」

「分かりました」


 二人揃って注意される。

 顔を見合わせると、どちらからともなく笑った。


「では、問題ありません」


 治癒魔法士が部屋を出ていく。




 その日の昼前。

 二人は無事に治療施設を出た。

 外へ出ると、王都にはいつもの日常が戻っていた。

 道を歩く人々。

 店先に並ぶ商品。

 遠くから聞こえる馬車の音。

 子供たちの笑い声。

 数日前まで、自分たちが大きな騒ぎの中心にいたことが嘘のようだった。


「……なんか、久しぶりだな」


 レオンが周囲を見渡す。


「だって数日しか経ってないでしょう?」

「それでも長く感じた」

「そう?」

「ああ」


 レオンは空を見上げた。


「ずっと建物の中だったからな」


 空を見る。

 青い空。

 雲一つない。


「私も、外の空気が気持ちいいわ」

「だろ?」

「でも」

「ん?」

「今日はあまり歩かないほうがいいんでしょう?」

「……」

「レオン?」

「ちょっとだけなら」

「駄目」

「まだ何も言ってないだろ」

「顔に書いてあるもの」

「そんなに分かりやすい?」

「分かりやすいわ」


 エリスは笑った。


「じゃあ、どこか寄っていく?」

「どこへ?」

「そうだな……」


 レオンが少し考える。


「王立図書館」

「やっぱりそこなのね」

「昨日言っただろ?」

「そうだったわね」

「嫌?」

「ううん」


 エリスは小さく首を振った。


「私も行きたい」

「じゃあ決まり」


 二人はゆっくりと王立図書館へ向かった。

 急ぐ必要はない。

 レオンも、いつもより歩く速度を落としている。

 エリスがそれに気づいていることも、きっと分かっている。

 それでも何も言わなかった。

 そんな時間が、心地よかった。




 王立図書館へ到着する。

 大きな扉を開けると、静かな空気が二人を包んだ。

 高い天井。

 整然と並んだ本棚。

 紙と古い本の匂い。

 私の好きな空間だ。


「……落ち着く」


 エリスが小さく呟く。


「やっぱりエリスは図書館好きだな」

「レオンもでしょう?」

「まあな」


 二人はいつものように並んで座った。

 私は一冊の本を開き、レオンも別の本を開いた。

 しばらくすると。


「……」

「……」


 言葉はなくなった。

 けれど、気まずくはない。

 二人で黙々と本を読む。

 ただ、それだけ。

 それなのに、不思議と心地よかった。

 ふと顔を上げると、向かいに座るレオンは、本を読みながら静かに笑っていた。


「……どうした?」


 視線に気づいたらしい。


「ううん」

「何?」

「なんでもない」

「気になるな」

「本を読んでるレオンって、楽しそうだなって」

「そう?」

「ええ」


 レオンが少し笑う。


「エリスもだろ」

「私?」

「本を読んでるとき、すごく目が穏やかになる」

「いつもでしょう?」

「ま、そういうことにしとく」

「もう」


 二人で小さく笑った。

 それから、また本に視線を戻した。

 どれくらい時間が経っただろう。

 窓から差し込んでいた光が、少しずつ傾いている。

 レオンが本を閉じた。


「なあ、エリス」

「何?」

「これからも、こういう時間を作ろうな」

「……こういう時間?」

「うん」


 レオンは本を机の上に置いた。


「一緒に本を読んだり、街を歩いたり」

「……」

「卒業したからって、会わなくなるのは嫌だからさ」


 エリスの胸が、小さく跳ねた。

 卒業してから……。

 以前なら、そんなことを考えたこともなかった。

 学園に行けば会える。

 図書館に行けば会える。

 同じ場所にいることが当たり前だった。

 けれど、今は違う。

 二人はもう学生の身分ではない。

 何もしなければ、会う理由だって少なくなっていく。


「私も……」


 少しだけ迷う。


「私も、そう思ってた」

「本当?」

「うん」


 レオンが嬉しそうに笑った。


「じゃあ、約束な」

「約束?」

「ああ」

「何を?」

「これからも一緒にいること」

「……」


 エリスは少しだけ目を伏せた。


「それは……」

「嫌?」

「違うわ」


 エリスは小さく笑った。


「……嬉しい」

「そっか」


 レオンも笑った。


「じゃあ、決まりだ」

「何が決まりなの?」

「これからも会う」

「それだけ?」

「それだけじゃない」

「じゃあ?」

「一緒に本を読む」

「ふふっ」

「あと、一緒に昼飯を食べる」

「それも?」

「もちろん」

「ずいぶん具体的ね」

「大事だろ?」

「そうね」


 エリスは頷いた。


「大事だと思う」


 その言葉にレオンは少しだけ照れたように笑った。

 その後もしばらく、二人は図書館で過ごした。




 帰り道。

 夕方の王都を歩きながら、レオンが言った。


「明日は何する?」

「明日?」

「ああ」

「まだ決めてないわ」

「じゃあ、またどこか行こう」

「しばらくは無理をしないんでしょう?」

「もちろん」

「本当に?」

「本当だって」

「信用できないわ」

「なんでだよ」

「レオン、怪我をした直後にも『大丈夫』って言ってたもの」

「……」

「違う?」

「違わない……けど」

「でしょう?」


 レオンは苦笑した。


「じゃあ、近くの店で昼食とか」

「それならいいわね」

「決まり」


 二人は並んで歩いた。

 少しだけ距離が近い。

 以前なら、気にしなかった。

 けれど今は私も、その距離を少しだけ意識していた。

 隣を歩くレオン。

 時折、こちらを見る横顔。

 何気ない会話。

 そのすべてが、今は以前より大切に感じられる。


「エリス」

「何?」

「今日、楽しかったな」

「ええ」

「これからもっと、色んなことをしよう」

「そうね」

「また図書館にも来よう」

「うん」

「色んなとこにも行ってみたい」

「ふふっ、楽しみにしているわ」


 二人の笑い声が、夕暮れの街に小さく響いた。

 何でもない一日だった。

 けれど私にとっては、それがとても大切な一日だった。

 レオンと一緒にいられる。

 話をして。

 本を読んで。

 笑って。

 そんな当たり前の時間が、ずっと続けばいい。

 そう思っていた。




 その日の夜。

 王都の外れ。

 一人の騎士が、城へ向かって馬を走らせていた。


「急げ!」


 後ろから別の騎士が叫ぶ。


「分かっています!」


 馬の蹄が夜の街道を激しく叩く。

 騎士の顔には、明らかな焦りが浮かんでいた。

 やがて城門へ到着すると、馬から飛び降りる。


「緊急の報告です!」

「何があった?」


 門番が尋ねる。


「北東の街道で、魔物の集団を確認しました!」

「魔物?」

「はい!」


 騎士は息を整える。


「数は?」

「……分かりません」

「何だと?」

「確認できた範囲だけでも、三百以上です」


 門番の表情が変わった。


「それほどの数が?」

「はい」


 騎士は頷く。


「ですが……」

「まだ何かあるのか?」

「はい」


 騎士は顔を上げた。


「魔物は、こちらへ向かっています」

「王都へ?」

「このままの速度なら……」


 騎士は一度、言葉を飲み込んだ。


「明日の朝までには、王都へ到達する可能性があります」


 王都の夜。

 まだ誰も知らない。

 そして明日。

 いつもの日常が、大きく変わることを。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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