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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第二十二話

 翌朝。

 王都には、いつもと変わらない朝が訪れていた。

 街を行き交う人々。

 店を開ける商人。

 学園へ向かう学生たち。

 昨日、王都の城門前で騒ぎが起きたことなど、ほとんどの者は知らない。

 けれど王都の医療施設では、まだ緊張した空気が残っていた。


「……ん」


 エリスは、ゆっくりと目を開けた。

 見慣れない天井。


「……ここは?」


 ぼんやりと辺りを見回す。

 そこで。


「おはよう、エリス」

「……!」


 すぐ近くから声が聞こえた。


「レオン?」

「ああ」


 レオンは、ベッドの隣に置かれた椅子に座っていた。


「もしかしてずっと……そこにいたの?」

「いや」


 少し間を置いて。


「……眠くなったらしっかり寝てた」

「ふふっ」


 エリスは小さく笑った。


「そうよね」

「俺だって寝るよ」

「そうじゃなくて」


 エリスはレオンを見る。


「なんだか、レオンらしいなって」

「どういう意味?」

「分からないわ。でも嬉しいの」

「なんだそれ」


 二人の間に、小さな笑いが生まれた。

 昨日までの緊張が、少しだけ嘘のようだった。


「身体はどう?傷は痛む?」

「大丈夫」


 レオンは肩を回す。


「エリスのおかげで傷も全然痛くない」

「本当に?」

「ああ」

「無理してない?」

「してない」

「……ならいいけど」


 エリスはほっとした。

 そのとき。


「エリス様」


 治療室の扉が開いた。

 昨日の治癒魔法士が入ってくる。


「お目覚めになられたのですね」

「はい」

「体調はいかがですか?」

「少し身体が重いですけど、大丈夫です」

「それなら安心しました」


 治癒魔法士はエリスの脈を確認する。


「魔力の消耗も、かなり回復しています」

「よかった……」

「ですが、今日は安静にしていてください」

「はい」


 エリスが頷く。

 すると、治癒魔法士が少しだけ言葉を濁した。


「……それと」

「?」

「昨日のことについて、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」


 エリスの表情が固まった。


「……昨日のこと?」

「はい」


 治癒魔法士はレオンを見る。

 レオンも、何かを察したように表情を変えた。


「昨日、エリス様が使われた魔法についてです」

「……」


 エリスの胸が、どくんと鳴った。


「私は長年、治癒魔法を研究してきました」


 治癒魔法士は続ける。


「ですが、昨日見たものは、私の知るどの治癒魔法とも違いました」

「……そうですか」

「傷を治しただけではありません」


 エリスは黙って聞いていた。


「レオン様の傷に残っていた異常な魔力を、まるで身体の外へ押し出すように取り除いていました」

「……」

「正直に申し上げます」


 治癒魔法士はエリスを見る。


「私は、あれほど高度な治療魔法を見たことがありません」


 エリスは視線を落とした。


「……すみません」

「なぜ謝るのですか?」

「秘密にしていたので」

「秘密?」

「……はい」


 治癒魔法士は少し考えた。

 そして。


「でしたら、私から無理に聞くことはしません」

「え?」

「昨日、あなたがレオン様を助けたこと。それだけは事実です」


 エリスは顔を上げた。


「私は医療に携わる者です」


 治癒魔法士は穏やかに笑った。


「人を救うために使われた力を、私が責める理由はありません」

「……ありがとうございます」


 エリスは小さく頭を下げた。


「ただし」

「はい?」

「一つだけ」


 治癒魔法士は真剣な表情になった。


「昨日のような無理を、何度も続けてはいけません」

「……」

「あなたが倒れてしまえば、助けられるものも助けられなくなります」


 エリスは黙って頷いた。


「分かりました」

「それなら結構です」


 治癒魔法士は立ち上がった。


「レオン様のほうも、本日いっぱいは安静にしてください」

「俺もですか?」

「当然です」

「……分かりました」

「では、私はこれで」


 治癒魔法士が部屋を出ていき、静かに扉が閉まった。


「……エリス」

「何?」

「昨日の力だけど」

「……うん」

「ごめん。俺のせいで使わせてしまって……」


 エリスは少しだけ迷った。


「ううん。いいの……」


 言葉を探す。


「私の力を利用しようとする人が現れるかもしれない。……でも、守ってくれるんでしょ?」

「それはもちろん!」


 しかし、レオンは別の意味で黙った。

 エリスの力を利用する……それは、十分にあり得る話だった。

 人を癒す力。

 しかも、通常の治癒魔法では治せない傷すら治す。

 そんな力を持つ者がいると知られれば。


「……確かに、隠したくなるな」

「でしょう?」

「ああ」


 レオンは頷いた。


「なら、俺も黙っておく」

「……ありがとう」

「それに」


 レオンは少し笑った。


「俺が知りたいのは、エリスの魔法のことだけじゃないから」

「……?」

「君が何を好きなのかとか」

「……」

「どんな本を読むのかとか」

「それは……」

「どうしてそんなに図書館が好きなのかとか」


 エリスは思わず笑った。


「それ、前から知りたがっていたでしょう?」

「うん」

「じゃあ、少しずつ教えてあげる」

「ありがと」

「あぁ」

「約束だな」

「……約束」


 二人は顔を見合わせた。

 そのとき。


「失礼する」


 治療室の扉が開いた。

 今度は、隊長だった。


「レオン様」

「隊長」

「体調はいかがですか?」

「問題ありません」

「それならよかった」


 隊長は安堵したように息を吐く。


「実は、討伐について報告しなければならないことがあります」

「……あの魔物についてか?」


 レオンの表情が変わった。


「はい」


 隊長は頷いた。


「昨日、王都へ戻った討伐隊の記録を整理しました」

「何か分かったか?」

「いくつか気になる点があります」


 隊長は一枚の書類を取り出した。


「まず、今回の魔物について」

「ああ」

「王都周辺の記録を調べましたが、同種と思われる魔物の目撃例がありません」

「……やっぱり」


 レオンが呟いた。


「そして、問題はもう一つ」


 隊長は書類をめくった。


「魔物が出現した場所です」

「場所?」

「森の奥でした」

「それが?」

「そこは、数年前から魔物の出現がほとんど確認されていない区域です」


 レオンは黙り込んだ。


「それだけなら、珍しいことではありません」


 隊長は続ける。


「ですが」


 一枚の地図を広げる。


「魔物がいた場所は、古い遺跡の近くでした」

「遺跡……?」


 エリスも地図を見る。


「はい」

「その遺跡は?」

「現在は立入禁止区域になっています」

「理由は?」

「詳しくは分かっていません」


 隊長は首を振った。


「古い記録には、危険な魔力が残っている可能性がある、とだけ」

「……」


 レオンは、森で戦った魔物を思い出した。

 異常な魔力。

 普通では考えられない魔法耐性。

 そして額に刻まれていた、奇妙な紋様。


「……あの魔物」


 レオンが呟く。


「遺跡から出てきたんじゃないか?」

「私も、そう考えています」


 隊長は頷いた。


「その可能性を調査する必要があります」

「なら、俺も……」

「駄目です」

「……」


 隊長が即答した。


「レオン様は療養してください」

「でも」

「公爵様からも、絶対に無理をさせるなと言われています」

「……父上め」


 レオンが小さく呟く。

 エリスは思わず笑った。


「仕方ないわ」

「エリスまで……」

「だって、昨日倒れたばかりでしょう?」

「……はい」


 レオンが素直に頷く。

 隊長は苦笑した。


「調査はこちらで行います」

「分かりました」

「ただ……」


 隊長の表情が曇る。


「一つ気になることがあります」

「何だ?」

「討伐隊が森を離れたあと」


 隊長は地図の一点を指した。


「遺跡の方向から、再び強い魔力反応が確認されています」

「……!」


 レオンの表情が変わった。

 エリスも息を呑む。


「つまり……」

「はい」


 隊長は静かに頷いた。


「まだ、何かが残っている可能性があります」


 治療室に、重い沈黙が落ちた。

 昨日の戦いは終わった。

 そう思っていた。

 あの魔物との戦いは、もしかすると始まりに過ぎなかったのかもしれない。

 レオンは窓の外を見る。

 青空が広がっている。

 穏やかな王都。

 いつもと変わらない日常。

 それなのに。


「……嫌な予感がするな」


 レオンが呟いた。

 エリスもまた、胸元に手を当てた。

 なぜか自分の生命魔法が、昨日の魔物に触れたとき。

 ほんの一瞬だけあの魔物の中に、自分の力と似た何かを感じた。

 それを、今まで誰にも言えなかった。

 けれど。


「……レオン」

「ん?」

「私も……一つ、気になることがあるの」

「何?」


 エリスは迷った。

 そして。


「昨日の魔物から……」


 一度、言葉を切る。


「私の魔法と似た力を感じたの」

「……何?」


 レオンの表情が変わった。


 隊長も、驚いたようにエリスを見る。


「本当ですか?」

「はい」


 エリスは頷いた。


「はっきりとは分からない。でも……あの魔物は、普通の魔物ではないと思う」


 レオンは地図へ視線を落とした。

 そこには。

 昨日の戦場と、古い遺跡が記されている。


「……なら」


 レオンは静かに言った。


「この件、ちゃんと調べないとな」


 エリスは頷いた。


「ええ」


 昨日までとは違う。

 二人はもう、ただ学院で本を読むだけの時間には戻れない。

 森で遭遇した謎の魔物。

 古い遺跡。

そして、エリスだけが感じ取った不思議な力。

 すべてが一本の線で繋がっているように思えた。


 そして、その線の先に何が待っているのか。

 まだ、誰にも分からなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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