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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第二十一話

「エリス!」


 レオンの声が、治療室に響いた。

 意識を失ったエリスの身体が、治癒魔法士たちに支えられる。


「エリス様!聞こえますか!?」

「すぐにベッドへ!」


 治癒魔法士たちが慌ただしく動き始めた。

 レオンは起き上がろうとしたが、背中に走った痛みに顔を歪めた。


「くっ……!」

「レオン様! 動いてはいけません!」

「でも、エリスが……!」

「今はご自身のお身体を優先してください!エリス様は私たちにお任せを!」

「そんなことを言っている場合じゃ……!」


 レオンは歯を食いしばった。

 つい先ほどまで、彼女は自分の手を握っていた。

 大丈夫だと笑っていた。

 自分を助けるために、必死になっていた。

 それなのに。


「……頼む」


 レオンは治癒魔法士たちを見つめた。


「エリスを助けてくれ」


 その声には、いつもの余裕がなかった。


「お任せください」


 治癒魔法士の一人が答え、エリスの容体を確認し始めた。

 脈はあり、呼吸も安定している。

 しかし、意識は戻らなかった。


「これは……魔力の消耗が激しかったようです」

「消耗……?」

「詳しいことは分かりませんが、先ほどの治療に相当な負担がかかったのでしょう」


 治癒魔法士はエリスの額に手をかざした。


「今は安静にする必要があります。安心なさってください、命に別状はありません」

「……そうか」


 レオンは、ようやくベッドへ身体を戻した。

 彼女が自分を救ってくれた。

 その事実が、胸に重くのしかかっていた。

 自分が助かった代わりに、彼女が倒れた。

 そんなことを望んでいたわけではない。

 けれど。


「……ありがとう、エリス」


 レオンは小さく呟いた。

 眠っている彼女には、届かなかった。




 それから、しばらくして。


「……信じられない」


 治癒魔法士の一人が、レオンの背中を確認しながら呟いた。

 先ほどまで深く裂けていた傷は、すでに塞がっていた。

 出血も止まっており、身体の内部へ侵食しようとしていた異常な魔力も、ほとんど感じられなくなっていた。


「これほどの傷を……」

「しかも、あの魔力まで取り除いたというのか?」

「私たちが何人集まっても、どうにもならなかったのに……」


 治癒魔法士たちは顔を見合わせた。

 彼らは王都でも実力を認められた者たちだ。

 通常の怪我なら、問題なく治療できる。

 それなのに、レオンの傷はどうにもならなかった。

 傷口に残された魔力が、治癒魔法を拒絶していたからだ。

 しかし、エリスの放った光は違った。

 あの異常な魔力を排除し、傷そのものを塞いでみせた。

 まるで、最初からそこに傷など存在しなかったかのように。奇跡としか言いようのない魔法だった。


「……あれは、本当に治癒魔法だったのか?」


 一人が呟いた。

 誰も答えられなかった……彼らが知る治癒魔法とは、明らかに異なっていたからだ。


「このことは、公爵様にも報告しなければ……」

「いや、報告はいらぬ」


 そのとき、治療室の扉が開いた。

 入ってきたのは、レオンの父である公爵だった。


「まずレオンの容体はどうなった?」

「傷は塞がりました。生命に関わる危険も、ひとまず脱したと考えられます」

「そうか……!」


 公爵は安堵の息を吐いた。

 だが、すぐに表情を引き締める。


「エリス嬢は?」

「現在、意識を失っています。魔力の消耗が激しいようですが、脈や呼吸に異常はありません」

「……そうか。良かった。この子はレオンの恩人だ、目を離すでないぞ」

「はっ!」


 公爵は息子の顔を見た。

 レオンは、エリスが横たわるベッドから目を離さなかった。


「レオン」

「父上……」

「もう大丈夫なのか?」

「……ええ。エリスのおかげで傷の痛みも、ずっと楽になりました」

「そうか」


 公爵はレオンの肩に手を置いた。


「よく戻ってきた」

「……うん」

「今は何も考えず、身体を休めなさい」


 そう言ってから、公爵はエリスへ視線を移した。


「エリス嬢がお前を救ってくれたのだな」

「ええ。エリスには二度も命を救ってもらいました」


 レオンは頷いた。


「俺を助けるために、例の力を使わせてしまった」

「……例の力、か」


 公爵は治癒魔法士たちを見た。


「君たちは、何を見た?」


 治癒魔法士たちは一瞬、言葉に詰まった。


「……通常の治癒魔法とは異なる力でした」

「異なる?」

「はい。傷を塞ぐだけではなく、傷に残っていた異常な魔力そのものを取り除いていました」

「それほどのことができるのか……」

「私たちには、到底できません。治癒魔法の範疇を超えています。『奇跡』と呼んでも差し支えないかと」


 公爵は黙り込んだ。

 エリスが特別な力を持っている。

 それは、もはや疑いようがなかった。

 だが、その力が何なのか。

 なぜ彼女がそれを使えるのか。

 そして、どれほどの代償を伴うのか。

 今の彼らには、何も分からなかった。


「……このことは、むやみに口外しないでほしい」


 公爵が静かに告げた。


「エリス嬢がどのような力を持っているにせよ、本人の意思を無視して騒ぎ立てるべきではない」

「承知しました」

「もちろん、必要な報告まで禁じるつもりはない。ただし、憶測で話を広めることは避けてくれ」


 治癒魔法士たちは頷いた。

 公爵はもう一度、エリスを見つめた。

 彼女がどのような秘密を抱えているのか。

 それを知る必要はあるかもしれない。

 だが今は、息子を救ってくれた彼女に、感謝するのが先だった。




 それから、さらに時間が経った。

 レオンの容体は安定し、治癒魔法士たちもようやく一息ついていた。

 エリスは別のベッドへ移され、静かに眠っている。

 公爵は息子の様子を確認したあと、治療室を出ることにした。


「何かあれば、すぐに知らせなさい」

「分かりました、父上」


 公爵は扉の前で一度だけ振り返った。


「……レオン」

「はい?」

「目が覚めたら、きちんと礼を言いなさい」

「……分かっています」

「それと、彼女を心配させるような無茶は控えることだ」

「……善処します」

「返事は?」

「……はい」


 公爵は小さく笑い、治療室を後にした。

 その場には、レオンとエリス、そして数人の治癒魔法士だけが残された。

 レオンは横になったまま、隣のベッドを見つめていた。

 エリスの顔色は、まだ少し悪い。

 いつも本を読んでいるときの穏やかな表情とは違う。

 苦しそうではないことだけが、せめてもの救いだった。


「……エリス」


 呼びかけても、返事はない。

 当然だ。

 彼女は眠っているのだから。

 それでも、レオンは言葉を続けた。


「俺、君に言わなきゃいけないことがあるんだ」


 森へ向かう前。

 無事に帰ってきたら、話したいことがあった。

 いつもなら、何気ない会話の中で伝えられたかもしれない。

 けれど、今は違う。


「……君が来てくれて、本当によかった」


 レオンは目を閉じた。

 あのとき、エリスが来てくれなければ、自分はどうなっていたのだろう。

 考えたくもなかった。


「だから……今度は俺が、君を守れるようにならないとな」


 その言葉を口にしたときだった。


「……ん」


 隣のベッドから、小さな声が聞こえた。


「……エリス?」


 エリスの指先が、わずかに動いた。

 レオンは思わず身を乗り出した。


「エリス!?」


 彼女のまぶたが、ゆっくりと開く。


「……ここは……?」

「医療施設だよ」


 レオンは、ほっとしたように笑った。


「……レオン?」

「ああ。ここにいる」


 エリスはぼんやりとした表情で、彼の顔を見つめた。

 そして。


「……よかった」


 小さく呟いた。


「レオンが……無事で……」

「エリス……」


 彼女は起き上がろうとしたが、身体に力が入らなかった。


「……あれ?」

「無理はしないで。まだ休んでいないと」

「でも…傷は?」

「もう大丈夫だ」

「本当に?」

「ああ。エリスおかげでね」


 エリスは、ようやく安心したように息を吐いた。


「……よかった」


 その目に、再び涙が浮かぶ。


「本当に……よかった……。私、もしかしたらレオンともう会えなくなるんじゃないかと……」

「エリス」


 レオンは、彼女へ手を伸ばした。

 エリスもまた、その手を握った。

 今度は、どちらも無理をする必要はなかった。


「……ありがとう」


 レオンが言った。


「俺を助けてくれて」

「……ううん」


 エリスは首を振った。


「そんなこと……」

「いや。本当にありがとう」


 レオンは、まっすぐに彼女を見つめた。


「君が助けてくれなかったら、俺は……」


 言葉が途切れた。

 その先を口にするのは、少し怖かった。

 エリスは握った手に力を込めた。


「……もう、そんなこと言わないで」

「……ごめん」

「無事に帰ってきてくれた。それだけでいいの」


 レオンは彼女の言葉を聞き、静かに頷いた。


「……分かった」


 そして、少しだけ笑った。


「じゃあ、約束する」

「何を?」

「これからは、もっと自分のことも大切にする」

「……本当に?」

「うん」

「無茶しないでね?」

「……できる限り」

「レオン!」

「分かった分かった。無茶はしない」

「ふふっ、ホントかしら?」


 エリスは、ようやく小さく笑った。

 その笑顔を見て、レオンも安心した。

 けれど。


「……エリス」

「何?」

「君の力について、聞いてもいいか?」


 エリスの笑顔が止まった。

 握っていた手が、わずかに強張る。

 レオンは、それに気づいた。


「……ごめん。今すぐ話してほしいわけじゃないんだ」

「……」

「君が話したくないなら、無理に聞くつもりはない」


 エリスは俯いた。

 自分の力を周りに知られた。

 もう、以前と同じではいられないかもしれない。

 そう思っていた。

 けれど。


「ただ……」


 レオンは優しく続けた。


「君が一人で抱え込んでいることがあるなら、いつか俺にも話してほしい」

「……レオン」

「俺は君のことを、もっと知りたいんだ」


 エリスの胸が、静かに高鳴った。

 それは、能力への興味だけではない。

 彼女自身を知りたい。

 そう言ってくれているのだと、感じたから。


「……いつか」


 エリスは小さく答えた。


「いつか、ちゃんと話すわ」

「うん。待ってる」


 レオンは、それ以上何も聞かなかった。

 今はそれで十分だった。

 エリスは再びベッドへ身体を預けた。

 まだ、身体は重い。

 けれど、胸の中にあった不安は、少しだけ和らいでいた。

 自分の秘密が公に知られてしまった。

 それでもレオンは、何も変わらずに接してくれる。

 二人は、しばらく手を握ったまま、静かな時間を過ごした。




 窓の外では、王都の夜が更けていく。

 討伐を終えたレオンと、秘密を明かしたエリス。

 二人の間には、まだ知らないことがたくさんある。

 それでも今日、確かに一つだけ変わったことがあった。

 互いを失いたくない。

 その気持ちを、二人とも以前よりはっきりと自覚したのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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