第二話
翌日。
私はいつものように、クラリスと教室で話をしていた。
「それでね――」
クラリスの話を聞きながら、私は頷く。
昨日のことは、もう忘れようと思っていた。
図書館でレオン・ヴァレンシュタインと話した。
そう、本当にそれだけ。
たまたま同じクラスの男子生徒と話をしただけなのだから。
そう思っていた。
「エリス」
「……?」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「おはよう」
「……おはようございます」
レオンだった。
昨日会ったばかりなのに、まるでずっと前から知っている友人のような顔をして、私のところへやって来る。
「来るの早いんだね」
「いつもこのくらいですが」
「冷たいな〜、なんか警戒してない?」
「……レオンさんは何か用ですか?」
「俺もいつもこれくらい」
「全く聞いてませんが。会話が噛み合いませんね」
「うん」
それだけの会話。
なのに、レオンはその場を離れない。
「……えっと、何か?」
「いや?」
「なら、どうしてここに?」
「エリスと話したかっただけだけど?」
「……」
随分と素直な人だ。
クラリスを見ると、口元を押さえて笑っていた。
「何よ?」
「別に〜?」
「その顔、絶対何かあるでしょう」
「ないない」
クラリスが笑う。
レオンもつられて笑った。
「二人って仲いいんだね」
「ええ。ずっと一緒だから」
「へぇ」
レオンはクラリスを見る。
「じゃあ、俺の友達も紹介しようかな」
「友達ですか?」
「うん。おい、こっち来いよ!」
レオンが少し後ろを振り返る。
「こいつはディーン」
「ディーン・クロフォードだ。よろしく」
「クロフォード侯爵家の方ですね。私はエリス・アシュフォードです。よろしくお願いします。そしてこっちは……」
「クラリス・フェアフィールドよ」
「ど〜も〜」
「お前、軽いな」
「いいだろ、別に。クラスメイトなんだし?」
ディーンが笑う。
レオンも笑った。
クラリスまでつられて笑っている。
「……なんだか楽しそうな人達ね」
クラリスが言う。
「だろ?」
レオンが嬉しそうに答えた。
「じゃあ、せっかくだし昼も四人で食べない?」
「いいわよ」
私の意見も聞かず、クラリスが即答する。彼女の思い切りの良さは好きだが、まさかここで発動するとは。
「俺もいいよ」
ディーンも頷く。
三人の視線が私に集まった。
「……私も構いません」
「よし、決まり!」
レオンが笑った。
それだけだった。
本当に、それだけだったのに。
その日から、私たちは四人でいることが増えていった。
昼休みになれば、自然と四人が集まる。誰かが約束をしているわけでもないのに、気づけば同じ場所にいる。
「今日もここ?」
「じゃあディーンが決めなさいよ」
「わ、私はどこでも良いです」
「俺もどこでも良いかな。ディーン、早く決めろよ」
「じゃあ今日はあそこの店行こう!」
「決めるの早いわね」
「まぁね〜」
みんなでそんなやり取りをしながら、一緒に昼食を食べる。放課後も、ときどき四人で帰る。途中で店を見つければ寄り道をする。
休日には、クラリスが行きたいと言った店へ四人で出かけることもあった。
「このカフェ、気になってたの!楽しみ〜!」
「へぇ。じゃあ入ろう」
「レオン、あんた甘いもの食べる?」
「食べるよ」
「意外」
「なんで?」
「なんとなく」
「俺だって甘いものくらい食べるって」
「じゃあ、これ頼んでみたら?」
「いや、それは甘すぎない?」
「さっき食べるって言ったじゃない」
「言ったけど!」
「はははっ!お前ら、喧嘩すんなって」
クラリスとレオンが言い合って。
ディーンが笑って。
私はその様子を見ている。
そんな時間が、増えていった。
一週間。
二週間。
一か月。
時間は、思っていたよりもずっと早く過ぎていった。
気づけば四人でいることが、当たり前になっていた。
「エリス」
「はい?」
「今日、放課後暇?」
「図書館に行く予定です」
「じゃあ俺も行こうかな」
「……また寝るんですか?」
「今日は寝ないよ」
レオンとはたまに図書館に行くが、いつも私の横で昼寝をしている。床でなく椅子に座って寝ているだけ、以前よりも進歩したと言えばそうなのだが。
「本当ですか?」
「たぶん」
「信用できません」
「ひどいなぁ。なんだかエリスが横にいると安心して眠くなっちゃうんだよなぁ」
そんなくだらない会話をして、私もレオンも顔を見合わせて笑う。
それだけなのに、不思議と心地よかった。
そして、いつからだっただろう。
レオンと二人きりになっても、気まずいと思わなくなったのは。
図書館で隣の席に座っていても、街を歩いていて会話が途切れても、何も話さずに同じ景色を見ていても、不思議なくらい沈黙が苦にならなかった。
普通なら。
「何か話さないと」
そう思うものだと思う。
でも、レオンとは違った。
何も話さなくてもいいし、無理に笑わなくてもいい。気の利いたことを言わなくてもいい。
ただ隣にいる。それだけで、妙に落ち着いた。
「……」
「……」
ある日の放課後。
私たちは並んで歩いていた。
さっきまで話をしていたのに、いつの間にか会話が途切れている。
けれど、私は何も思わなかった。
ふと隣を見ると、前を向いて歩いているはずのレオンがこちらを見ていた。
「何かありましたか?」
「いや」
「?」
「エリスって、静かだよね」
「よく言われます」
「でも、なんだろう。会話がすぐ途切れるのに不思議と嫌じゃない」
「……どういう意味ですか?」
「そのままの意味だけど?」
レオンは笑った。
「一緒にいても疲れないんだよね」
「それは……私もです」
「本当?」
「はい」
私は少し考えてから続けた。
「レオンさんとは、私、絶対仲良くなれないと思ってたんです」
「え?初耳なんだけど」
「とても人気者だし、色んな方とお話されているんで、私といると退屈なんじゃないかなーとか……。ほ、ほら、私は口下手ですから」
自分を卑下したいわけじゃないのに、何故かマイナスなことばかりが口から出てしまう。
「本ばかり読んでて、根暗ですし。話題を見つけるのも下手ですし。レオンさんやディーンさんに、迷惑をかけてしまってるんじゃないかな、と……」
「エリスが?」
「はい」
「俺、そんな迷惑そうに見える?俺もディーンも、もちろんクラリスも。エリスのこと、迷惑だなんて思ったこと一度もないぞ。そこは断言できる」
「ありがとうございます。もちろん、最初はそう思っていただけで今は違いますよ。私も、そこは断言できます」
レオンが笑う。
「ほんっとエリスらしいな。バカ真面目で、バカ正直な感じ」
「何ですか、それ」
「褒めてるんだよ」
「ならいいです」
また、会話が途切れる。
けれどやっぱり嫌ではなかった。むしろ、この沈黙が、私は好きだった。
一緒にいるのに、一人でいるときと同じくらい落ち着く。そんな相手は、初めてだった。
私はふと考える。どうしてだろう。
レオンといると、私は自分らしくいられる。
レオンも私といるときと、周囲に人がいるときとは少し違う気がする。
無理に明るく振る舞わないし、無理に話を続けようともしない。
ただ、普通に笑っている。
その顔を見るのが私は、好きだった。
「……」
そこまで考えて、私は足を止めそうになった。
好き。
今、私は何を思った?
慌てて前を向いて早足で歩く。
「エリス?」
「……何でもありません」
「そう?」
「はい」
胸の奥が、少しだけ騒がしい。
どうすれば良いんだろう。胸が苦しい。こんなことは初めてで、どう整理すれば良いのかわからない。
クラリスのことも大切だ。
ディーンだって、一緒にいて楽しい。
でも、レオンに対して感じるものは少しだけ違う気がした。
会えると嬉しい。
話せると嬉しい。
隣にいると落ち着く。
何も話さなくても、一緒にいたい。
そして時々、レオンが他の女の子と楽しそうに話していると、なぜか少しだけ胸がざわつく。
「……」
私は自分の胸元にそっと手を当てた。
この感情が何なのか、まだはっきりとは分からない。
でも……もしかしたら。
「……これって」
小さく呟く。
「好き、なのかな……」
「何か言った?」
「い、いえ!」
私は慌てて首を振った。
「何でもありません!」
レオンは不思議そうに私を見る。
そして。
「そう?」
と笑った。
その笑顔を見て、私はまた胸が少しだけ跳ねるのを感じた。
――たぶん。
この頃からだった。
私が、レオンを「友達」とは少し違う目で見るようになったのは。
レオンを想う自分の気持ちに気付いてしまったのは。
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