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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第十七話

 目の前に現れた巨大な魔物を見て、誰も動けなかった。

 それほどまでに異様な姿をしていた。

 四本の脚で立っているわけではない。

 二本の太い脚で身体を支え、地面につきそうなほど長い両腕を垂らしている。

 全身を覆っているのは黒に近い灰色の毛。

 その身体は、騎士たちが知っているどの魔物よりも大きかった。

 優に体高だけで三メートルはある。

 立ち上がれば、それ以上になることは容易に想像できた。

 そして何よりも異様なのは、その額に浮かんでいる紋様だった。

 赤黒い光を帯びた紋様が、魔物の呼吸に合わせるように、ゆっくりと明滅している。


「……あれは、本当に魔物なのか?」


 後ろにいた騎士が呟いた。


「分かりません」


 魔法使いの一人が答える。


「少なくとも、私は見たことがありません」

「魔力の反応は?」

「……異常です」


 その言葉に、周囲の騎士たちがざわついた。


「異常?」

「はい」


 魔法使いは額に汗を浮かべている。


「普通の魔物なら、体内に魔力の流れがあります。しかし、あれは……」


 言葉を止める。


「まるで身体そのものが魔力をまとっているようです」

「……」


 レオンは魔物を見つめた。

 確かに、近くにいるだけで分かる。

 空気が重く、肌がぴりぴりする。

 まるで巨大な魔力の塊が目の前に存在しているようだった。


「隊長」

「はい」

「全員、いったん下がらせてくれ」

「レオン様?」

「こいつは、これまでの魔物とは違う」


 レオンは剣を構えた。


「正面から全員で突っ込んだら危ない」


 隊長は一瞬だけ迷った。

 しかし。


「……全員、後退!」


 声が響いた。


「魔法部隊は距離を取れ!」

「はい!」


 騎士たちが一斉に後ろへ下がる。

 その瞬間だった。

 魔物が動いた。


「来るぞ!」


 巨大な腕が振り上げられる。


「散れ!」


 レオンの声と同時に、騎士たちが左右へ飛び退いた。


 ドォン!


 地面が砕けた。


「……っ!」


 巨大な爪が地面をえぐる。

 土と石が周囲へ飛び散った。


「なんて力だ……」


 一人の騎士が呟く。

 もしまともに受けていたら……。

 考えるだけで背筋が寒くなる。


「魔法部隊!」


 レオンが叫んだ。


「足を狙ってくれ!」

「承知しました!」


 魔法使いたちが一斉に杖を構える。


「――ファイアランス!」


 炎の槍が飛ぶ。


「――アイスランス!」


 氷の槍が続く。


「――ウインドカッター!」


 風の刃が魔物へ殺到する。


 炎。

 氷。

 風。


 三種類の魔法が同時に命中した。


「やったか?」


 誰かが呟いた。

 しかし。


「……効いてない?」


 魔物の身体には、ほとんど傷がなかった。

 わずかに毛が焦げている程度。


「嘘だろ……」


 魔法使いたちの顔が青ざめる。

 レオンも息を呑んだ。


「魔法耐性が高すぎる……」


 その直後、魔物が咆哮した。


「――――ッ!」


 空気そのものが震える。

 騎士たちの身体が一瞬だけ硬直した。


「ぐっ……!ウォークライか!」

「なんだ、この圧力は……!」


 足が動かない。

 身体が重い。

 まるで巨大な何かに押さえつけられているようだった。


「全員、下がれ!」


 レオンが叫ぶ。

 だが魔物はすでに動き始めていた。


「レオン様!」


 隊長が叫ぶ。

 魔物が一直線にレオンへ向かってくる。


「……!」


 レオンは剣を構えた。

 巨大な腕が振り下ろされる。

 かろうじて避けることが出来た。さっきまで自分がいた地面が砕ける。

 続けて反対側から腕が振られた。


「くっ!」


 レオンは身体を低くしてかわした。

 頭上を巨大な腕が通り過ぎていく。

 その風圧だけで髪が大きく揺れた。


「速い……!」


 巨体からは想像できないほどの速度だった。

 レオンは一歩踏み込み、魔物の脇腹へ剣を振り抜く。


 ガキィン!


「……!」


 まるで鉄を斬ったような感触。

 剣が弾かれた。


「硬すぎる……!」


 レオンが距離を取る。

 魔物が追ってくる。


「レオン様!」

「大丈夫だ!」


 レオンは叫んだ。


「こいつは俺が引きつける!」

「しかし!」

「今のうちに魔法部隊を立て直してくれ!」


 隊長が一瞬だけレオンを見る。

 そして。


「無理はしないでください!」


 隊長は騎士たちへ指示を飛ばした。


「魔法部隊は後方へ!負傷者を下げろ!」

「はい!」


 レオンは魔物の前に立った。


「……さて」


 剣を構える。


「どうすれば倒せる?」


 魔物が唸る。

 そして再び襲いかかってきた。

 巨大な爪。

 レオンは横へ飛ぶ。

 爪が地面を削る。

 その瞬間、レオンは魔物の背後へ回った。


「ここなら……!」


 首の付け根へ斬り込む。


 ガキィン!


「……駄目か!」


 やはり硬い。

 だが。


「……ん?」


 レオンは違和感に気づいた。

 魔物の身体。

 右肩のあたりだけ、わずかに魔力の流れが違う。

 額の紋様から流れた魔力が、首を通って身体へ流れている。


「……まさか」


 レオンは魔物から距離を取った。

 もう一度、魔力の流れを見る。


 額。

 首。

 胸。


 そして。


「右肩……」


 レオンは呟いた。

 魔力が集中している場所。

 そこだけ、他よりも濃い。


「隊長!」

「何ですか!」

「こいつ、右肩に何かある!」

「右肩?」

「魔力が集中してる!」


 隊長がすぐに理解した。


「魔法部隊!」


 後方へ叫ぶ。


「右肩を狙えるか!」

「やってみます!」


 魔法使いたちが一斉に杖を構える。

 だが、魔物はその動きを察知したのか、身体を翻した。


「まずい!」


 魔法使いたちへ向かって走り出す。


「させるか!」


 レオンが追う。

 魔物の前へ回り込む。


「こっちだ!」


 剣を振る。

 魔物の目がレオンを捉える。

 狙いが変わった。


「よし……!」


 レオンは走って森の中を駆け抜けた。

 魔物が追ってくる。

 巨大な腕が何度も振り下ろされた。


 木が倒れる。

 地面が砕ける。

 それでもレオンは走り続けた。


「もう少し……!」


 そして魔物が大きく腕を振り上げた瞬間。


「今だ!」


 レオンが横へ飛んだ。


「撃て!」


 後方から声が響く。

 次の瞬間。


「――――!」


 大量の魔法が右肩へ集中した。


 炎。

 氷。

 雷。

 風。


 すべてが一点へ叩き込まれる。


 ドォォォン!


 凄まじい爆発が起こった。


「どうだ!」


 煙が森を覆う。

 全員が息を呑む。

 やがて煙の向こうから魔物の姿が現れた。

 右肩の毛が大きく吹き飛んでいる。


「……傷がある!」


 騎士の一人が叫んだ。

 確かにそこだけ皮膚が露出していた。

 しかし魔物は倒れていない。

 むしろ。


「怒ってる……」


 レオンが呟く。

 魔物の目が赤く光る。


「来るぞ!」


 魔物が咆哮した。

 今までとは比べものにならないほどの怒り。

 身体中から魔力が噴き出す。


「まずい!」


 魔法使いが叫んだ。


「魔力が一気に増えています!」

「全員、散れ!」


 レオンが叫ぶ。

 しかし、魔物が地面を踏み鳴らした。


 ズドン!


 地面が揺れた。

 騎士たちの身体がよろめく。


「うわっ!」


 一人の騎士が転倒した。

 魔物がその騎士へ向かう。


「危ない!」


 レオンは考えるより先に走っていた。


「レオン様!」


 魔物の腕が振り下ろされる。

 レオンは騎士の前へ滑り込んだ。

 剣を両手で構える。


「――――っ!」


 ガァン!


 衝撃。

 身体が吹き飛ばされる。


「レオン様!」


 地面を何度も転がった。


「ぐっ……!」


 全身が痛む。

 それでも立ち上がる。


「……大丈夫だ。まだ動ける」


 レオンは剣を握り直した。


「大丈夫ですか!」


 助けた騎士が駆け寄ってくる。


「俺はいい!」


 レオンは叫んだ。


「それより、他の負傷者を下げろ!」

「しかし!」

「早く!」

「はい!」


 騎士が走っていく。

 レオンは魔物を見る。

 やはり、狙うは右肩だろう。

 だが。 あれほどの魔法を受けても、まだ立っている。


「……一人じゃ無理だな」


 レオンは小さく笑った。

 昨日までなら、自分一人で何とかしようとしたかもしれない。

 だが父に言われた。

 功績を立てることと、命を懸けることは違う。

 そして騎士団長にも言われた。

 勝手な行動をするな。


「……なら」


 レオンは周囲を見る。

 騎士たち。

 魔法使いたち。

 誰もが不安そうな顔をしている。

 それでも誰一人として逃げてはいない。


「みんな!」


 レオンが叫んだ。


「こいつは一人じゃ倒せない!」


 全員がレオンを見る。


「だから、全員で倒す!」


 隊長が目を見開いた。


「レオン様……」

「隊長!」

「はい!」

「騎士たちは魔物の動きを止めてくれ!」

「分かりました!」

「魔法部隊は右肩に集中攻撃!」

「了解!」

「俺が最後に斬る!」


 隊長の目が変わった。


「……承知しました!」


 騎士たちが一斉に動き出す。


「行くぞ!」


 盾を持った騎士たちが前へ出る。

 魔物が腕を振る。


「今だ!」


 盾が受け止める。


「ぐあっ!」

「耐えろ!」


 別の騎士が横から攻撃する。

 魔物の動きがわずかに止まる。


「魔法部隊!」


 隊長が叫ぶ。


「撃て!」


 炎の槍。

 氷の刃。

 雷の矢。

 風の刃。


 すべてが右肩へ集中する。


「――――!」


 魔物が咆哮する。

 右肩から血が噴き出した。


「効いてる!」

「もう一度!」


 魔法が飛び、魔物が暴れる。

 騎士たちが必死に耐える。


「レオン様!」


 隊長が叫ぶ。


「今です!」


 レオンは走った。

 魔物の右肩へ向けて剣を構える。

 そこへ。


「――――!」


 全身の力を込めて。

 斬り込む。


 ズンッ!


 剣が深く食い込んだ。

 魔物が大きく身体を揺らす。


「まだだ!」


 レオンはさらに踏み込む。


「うおおおおっ!」


 剣を振り抜いた。

 次の瞬間、魔物の身体から凄まじい量の魔力が噴き出した。


「――――ッ!」


 そして。

 巨大な身体が。

 ゆっくりと地面へ倒れた。


 ズドォォォン!


 森全体が揺れた。

 しばらく誰も動かなかった。


「……倒した……のか?」


 誰かが呟く。

 魔物は動かない。

 完全に沈黙している。


「勝った……?」


 騎士たちが互いの顔を見る。


「勝ったぞ!」


 誰かが叫んだ。


「うおおおお!」


 歓声が上がる。

 魔法使いたちも杖を下ろした。

 隊長がレオンへ近づいてくる。


「レオン様」

「……ああ」

「お怪我は?」

「少し打っただけだ」

「本当ですか?」  

「大丈夫だ」


 レオンは笑った。


「それより、みんなは?」

「軽傷者が数名。幸い、重傷者はいません」

「そうか……」


 レオンは安堵した。

 そして倒れた魔物を見る。


「これで終わり……なのか?」


 誰かがそう言った。

 だが魔法使いの一人が、突然顔を上げた。


「……待ってください」

「どうした?」

「この魔物……」


 魔法使いは倒れた魔物の額を見る。


「魔力が……まだ動いています」

「何?」


 全員が振り返る。

 確かに魔物の額に浮かんでいた紋様が。

 まだほんのわずかに明滅していた。


「死んでいないのか?」

「いえ」


 魔法使いが首を横に振る。


「生命反応はありません」

「じゃあ……」

「魔力だけが流れています」


 レオンは眉をひそめた。


「どういうことだ?」

「分かりません」


 魔法使いは困惑している。


「ですが、この紋様……」


 そのとき、魔物の額から赤黒い光が一筋、地面へ伸びた。


「……!」


 光は地面を走り、木々の間を抜け、森の奥へ。


「何だ……?」


 レオンが立ち上がる。

 光は消えた。

 しかし、その先から。


 ズン。


 ズン。


 ズン。


 また地面を踏みしめる音が聞こえた。


「…………


 全員が凍りつく。


「まさか……」


 隊長が呟いた。

 レオンは森の奥を見る。

 そこには先ほど倒した魔物よりも、さらに深い場所へ続く道があった。


「……まだいる」


 レオンが呟く。

 その直後、森の奥から巨大な咆哮が響き渡った。

 先ほどの魔物とは比べものにならない。

 森の木々が震える。

 鳥たちが一斉に飛び立つ。

 騎士たちの顔から、歓喜の色が消えていく。


「……あれが」


 魔法使いが震える声で呟いた。


「この魔物たちが守っていたもの……?」


 レオンは剣を握り直した。

 胸の奥が高鳴る。

 怖い。

 それでも、ここで引くわけにはいかない。

 なぜ魔物が増えたのか。

 なぜこの森に集まっているのか。

 あの紋様は何なのか。

 そして……森の奥に何がいるのか。

 すべてを確かめなければならない。


「隊長」

「……はい」

「先へ進もう」

「しかし、レオン様……」

「分かってる」


 レオンは一度だけ後ろを振り返った。

 そこには、自分を信じてついてきてくれた騎士たちがいる。


「今度は、全員で行く」


 隊長はしばらくレオンを見つめ。

 やがて、力強く頷いた。


「承知しました」


 騎士たちが再び武器を構える。

 魔法使いたちも杖を握り直す。

 そしてレオンを先頭に、一行は森のさらに奥へと進んでいった。

 まだ誰も知らない。

 この先に待っている存在が、王都の騎士団だけではなく、国そのものを揺るがすほどの脅威になることを。

 そして、レオンがこの森で成し遂げることになる功績が。

 男爵令嬢との結婚を認めさせるためだけではなく、後に彼が公爵家を背負うことになったとき、誰もが語ることになる、最初の大きな功績になることを。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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