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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第十六話

 北東の森へ向かう街道を、騎士団の討伐隊が進んでいた。

 先頭を走るのは、今回の討伐を指揮する騎士団の隊長。

 その後ろに二十数名の騎士と、魔法使いたちが続いている。

 そして、その一団の中にレオンもいた。


「……思ったより静かだな」


 馬を走らせながら、レオンが周囲を見回す。

 王都から離れるにつれて、建物は少なくなっていく。

 やがて街道の両側を木々が覆い始めた。




 北東の森。

 王都からそれほど遠くない場所にあるにもかかわらず、奥へ進めば進むほど人の手が入っていない場所が増えていく。


「静かすぎる、というのが正しいかもしれませんね」


 隣を走っていた騎士が答えた。


「どういう意味だ?」

「この辺りは、最近魔物が増えているはずです」

「……そうだな」

「それなのに、鳥の声すらほとんど聞こえません」


 レオンは耳を澄ませた。

 確かに、風で木々が揺れる音は聞こえる。

 我々が乗っている馬の蹄の音も聞こえる。

 だが、それ以外の音がほとんどない。


「……嫌な感じだな」

「私も同感です」


 少し前を走っていた隊長が振り返った。


「全員、警戒を強めろ」

「はい!」


 騎士たちが一斉に返事をする。

 その声が森の中に響いた。

 けれど返ってくるのは、静寂だけだった。

 さらに進むことしばらく。


「止まれ!」


 隊長の声が響き、全員が馬を止める。


「どうしました?」


 後方の騎士が尋ねる。

 隊長は馬から降りると、地面を指差した。


「ここを見ろ」


 そこには、大きな足跡が残っていた。

 普通の狼や猪とは比べものにならない。

 人間の頭ほどもある。


「……これ」


 レオンも馬から降りた。

 しゃがみ込み、足跡を確認する。


「昨日の報告書にあった魔物のものか?」

「おそらく」


 隊長が頷く。


「ですが、妙ですね」

「何が?」

「この足跡……」


 隊長は周囲を見回した。


「一体ではありません」

「……」


 レオンも地面を見る。

 確かに……一つではない。

 少し離れたところに、別の足跡がある。

 さらにその先にも。


「何体いるか分かるか?」

「正確には分かりません」


 隊長が苦い顔をする。


「ですが、少なくとも十体以上はいるでしょう」

「十体……」


 レオンは立ち上がった。

 昨日聞いた話では、大型の魔獣が確認されたのは一体だったはずだ。

 しかし。


「報告より多いな」

「はい」


 隊長が剣に手を添える。


「全員、馬を降りろ」

「了解!」


 騎士たちが次々と馬から降りる。


「ここからは徒歩で進む」

「はい!」


 魔法使いたちも杖を構えた。


「何か来ます」


 一人の魔法使いが呟いた。


「何だ?」

「分かりません……」


 その瞬間。

 森の奥から、低い唸り声が響いた。


 グルルルル……。


「!」


 全員が一斉にそちらを向く。


「構えろ!」


 隊長の声。

 騎士たちが剣を抜いた。

 魔法使いたちが魔力を集中させる。

 そして木々の間から、一体の魔物が姿を現した。


「来たぞ!」


 巨大な狼だった。

 通常のウルフよりも二回り、いや三回りは大きい。

 鋭い牙。

 赤く濁った目。

 全身の毛が逆立っている。


「一体だけか?」


 誰かが呟いた。

 だがその直後、左右の森から、さらに二体。

 その後ろから、また一体。

 そして。


「……嘘だろ」


 次々と姿を現していく。

 一体。

 二体。

 三体。

 五体。

 十体。

 それ以上。


「多すぎる!」


 騎士の一人が叫んだ。


「隊列を崩すな!」


 隊長が怒鳴る。


「前衛は盾を構えろ!魔法部隊は後方へ!」

「はい!」


 魔物たちが一斉に走り出した。


「来るぞ!」


 地面が揺れる。

 数十体の魔物が、一斉にこちらへ迫ってくる。


「放て!」


 魔法使いたちが杖を掲げた。


「――ファイアボール!」


 炎の塊が次々と飛んでいく。

 森の中が一瞬だけ赤く染まった。

 爆発音が響く。

 魔物の群れが吹き飛ぶ。


「今だ!」


 騎士たちが一斉に前へ出た。

 剣と爪がぶつかる。

 金属音。

 咆哮。

 怒号。

 森の中が一瞬で戦場へと変わった。


「右から来るぞ!」

「任せろ!」


 レオンも剣を抜いた。

 目の前に飛び込んできた魔物の攻撃を横へかわす。

 そのまま一歩踏み込み。


「はっ!」


 剣を振り抜いた。

 魔物が倒れる。


「次!」


 すぐに別の魔物が襲いかかってくる。

 レオンは剣を構え直した。

 強い。

 昨日見た報告書の絵よりも、実物のほうが遥かに厄介だ。

 しかも。


「数が多すぎる……!」


 倒しても倒しても、森の奥から次々と出てくる。


「隊長!」


 騎士の一人が叫ぶ。


「このままでは囲まれます!」

「後退するぞ!」

「しかし!」

「無理に進む必要はない!」


 隊長が叫ぶ。


「一度街道まで戻る!」


 レオンも周囲を見た。

 確かにこの数はおかしい。

 昨日の報告とは明らかに違う。

 これ以上進めば、こちらが消耗する。


「レオン様!」


 隊長が叫んだ。


「後退します!」

「分かった!」


 レオンも剣を振りながら後退する。

 騎士たちは互いに背中を預けながら、少しずつ森の外へ向かった。

 しかし森を出る直前。


「待て!」


 レオンが叫んだ。


「どうしました?」


 隊長が振り返る。


「……魔物が追ってこない」

「何?」


 全員が足を止める。

 確かにあれほど襲いかかってきた魔物たちが、森の中から出てこない。

 森の境目。

 そこから先へ、一体も出てこない。


「……何かを……守っている?」


 レオンが呟いた。


「どういう意味です?」


 隊長が尋ねる。


「分からない」


 レオンは森の奥を見つめる。


「でも、ただ俺たちを襲いたかっただけなら、ここまで追ってきてもおかしくない」

「……」

「なのに、あいつらは森の中から出てこない」


 誰も答えられなかった。

 しばらくして一人の魔法使いが口を開いた。


「……もしかすると」

「何だ?」

「巣があるのかもしれません」


 レオンが振り返る。


「巣?」

「はい」


 魔法使いは森の奥を見る。


「魔物は、自分たちの縄張りや巣を守るために攻撃することがあります」

「つまり……」

「森の奥に、何か守るべきものがある可能性があります」


 レオンは考え込んだ。

 昨日から感じていた違和感。

 増え続ける魔物。

 確認されていない大型魔獣。、

 そして、森の奥から現れた大量の魔物。


「……調べる必要があるな」

「レオン様?」

「このまま帰ったら、また同じことになる」


 レオンは森を見る。


「いや」


 一度、深く息を吸った。


「もっとひどくなるかもしれない」


 隊長も森を見つめた。


「確かに……」

「一度、王都に戻って報告しよう」


 レオンが言った。


「そして、もっと大きな討伐隊を組む」

「賛成です」


 隊長が頷く。

 こうして、その日は一度王都へ戻ることになった。




 その日の夕方。

 王都騎士団本部。

 報告を受けた騎士団長は、険しい顔で地図を見つめていた。


「……十数体どころではない?」

「はい」


 隊長が答える。


「少なくとも三十体以上確認しました」

「大型魔獣は?」

「まだ確認できていません」

「それなのに、あの数か……」


 騎士団長は腕を組んだ。


「森の奥に巣があると?」

「可能性が高いと思われます」

「ふむ……」


 室内に沈黙が落ちる。

 やがて騎士団長が顔を上げた。


「明日の朝、再調査する」

「はい」

「今度は人数を増やす」

「承知しました」

「魔法師団にも協力を要請しろ」

「分かりました」


 その会話を聞いていたレオンが口を開いた。


「俺も行きます」

「レオン様」


 騎士団長が振り返る。


「今回の件は、昨日までとは状況が違います」

「分かってる」

「危険です」

「それも分かってる」

「それでも?」


 レオンは頷いた。


「ああ」


 騎士団長はしばらくレオンを見つめた。


「……理由を聞いても?」

「俺がやりたいからだ」


 レオンは答えた。


「それに、今回の件を放っておくわけにはいかない」

「……」

「このまま魔物が増え続けたら、街道だけじゃない」


 レオンは地図を指差した。


「次は近くの村が襲われるかもしれない」

「その通りです」

「だったら、今のうちに原因を突き止めたい」


 騎士団長は小さく息を吐いた。


「分かりました」

「いいのか?」

「ただし、私の指示には従っていただきます」

「もちろん」

「勝手な行動も禁止です」

「分かった」

「危険だと判断した場合は、即座に撤退してください」


 レオンは少し苦笑した。


「それ、前も言われたな」

「……それ程、危険だということです」


 騎士団長は頷いた。


「明日の朝、再び出発します」

「ああ、よろしく頼む」


 レオンは部屋を出た。




 その夜。

 レオンは自室へ戻ると、机の上に置いたノートを開いた。

 最初のページ。


 ――俺ができること。


 そこには、昨日書いた項目が並んでいる。


 魔物討伐。

 領地経営。

 魔法研究。

 騎士団への協力。

 国への貢献。

 レオンはその中の一つ。


 魔物討伐。


 その文字を見つめた。


「……これかもしれない」


 まだ分からない。

 今回の魔物討伐が、自分の功績として認められるのか。

 そもそも、最後まで解決できるのか。

 何も分からない。

 けれど少なくとも、ただ公爵家の跡取りだからという理由で参加しているわけではない。

 自分自身の意思で動いている。


「……やってみるか」


 レオンはペンを取った。

 そして、魔物討伐の横に、小さく書き加えた。


 ――北東の森。


 さらに、その下に。


 ――原因を突き止める。


 ペンを置く。


「明日だ」


 レオンは窓の外を見た。

 夜の王都。

 遠くには無数の明かりが見える。

 その向こう。

 北東の森には、まだ誰も知らない何かが潜んでいる。

 レオンは知らなかった。

 あの森の奥にいるものが、ただの大型魔獣ではないことを。

 そして、その存在を倒すことができれば、父が言った「圧倒的な功績」に届く可能性があることを。

 だがそれ以上にレオンが知らなかったのは――。

 翌日の討伐で、自分たちが目にするものが、これまで誰も記録したことのない、未知の魔物だということだった。




 翌朝。

 北東の森へ向かう討伐隊は、昨日よりも大きくなっていた。

 騎士の数は五十を超え。

 魔法使いも十名以上。

 さらに、魔物の生態を調べるための専門家まで同行している。


 森の入口。

 レオンは馬から降りた。


「……行くか」


 隊長が頷く。


「全員、気を引き締めろ!」


 騎士たちが一斉に武器を構える。

 森の中へ、一歩。

 また一歩。

 昨日と同じ森のはずなのに、今日は明らかに空気が違っていた。

 奥から何かの音が聞こえる。

 地面を踏みしめるような巨大な何かが歩いているような音。


 ズン。


 ズン。


 ズン。


「……何だ?」


 誰かが呟いた。

 その音は、少しずつ大きくなっていく。

 そして森の奥から木々をなぎ倒しながら、それは姿を現した。


「…………」


 誰も言葉を発することができなかった。

 昨日、報告書に描かれていた魔物とは比べものにならない。

 巨大な身体。

 異様に長い腕。

 鋭い爪。

 そして、その額には見たことのない紋様が浮かんでいた。

 魔法使いの一人が震える声で呟く。


「……あんな魔物、記録にありません」


 レオンは剣を抜いた。

 目の前の巨大な魔物が、ゆっくりとこちらを向く。

 そして森全体を揺らすほどの咆哮を上げた。


「――――ッ!」


 騎士たちが一斉に身構える。

 レオンも剣を握り直した。

 怖くないと言えば、嘘になる。

 それでもレオンは一歩前へ出た。


「……団長との約束は守れないかもしれないな」


 その目に、迷いはなかった。

 エリスと結婚する。

 そのために自分自身の力を証明する。

 その最初の一歩が今、始まろうとしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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