第十五話
翌朝。
王都は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
大通りには馬車が行き交い、商店の扉が次々と開いていく。
そんな街の一角を、一台の馬車がゆっくりと進んでいた。
「……」
馬車の中で、レオンは一冊のノートを開いていた。
昨日の夜、思いつく限りを書き出したものだ。
魔物討伐。
領地経営。
魔法研究。
騎士団への協力。
国への貢献。
改めて見ても、どれも簡単ではない。
「……何をすればいいんだ?」
レオンは小さく呟いた。
父から言われたことは分かっている。
ドラゴンを倒せと言われたわけではない。
国を救えと言われたわけでもない。
ただ、自分自身の力で、公爵家の跡取りとして相応しいと証明しろ。
それだけだ。
「でもなぁ……」
レオンはノートを見つめた。
例えば魔物討伐。
魔物を何体か倒したところで、それが大きな功績になるとは限らない。
騎士団と一緒に討伐に参加したとしても、周囲から見れば公爵家の息子が騎士団の仕事を手伝っただけだ。
領地経営も同じだ。
自分の父が治めている領地を少し改善したところで、それだけで「次代の公爵に相応しい」と認めてもらえるとは思えない。
「……もっと大きなものじゃないと駄目なのか」
レオンはため息をついた。
昨日、父は言っていた。
圧倒的な実績。
誰にも文句を言わせないほどの功績。
それくらいのものが必要なのだ。
「難しいな……」
ノートを閉じる。
そのときだった。
「若様」
向かいに座っていた従者が声をかけてきた。
「なんだ?」
「王城へ向かわれる前に、騎士団本部へ寄られるのでしたよね?」
「ああ。父上から、最近の魔物被害について聞いてこいと言われてる」
「でしたら、少し参考になるかもしれません」
「何かあったのか?」
「騎士団では、現在いくつかの討伐案件を抱えているそうです」
「へぇ……」
レオンは少しだけ興味を持った。
「どんな?」
「詳しい内容までは存じませんが、北東部の街道で魔物の目撃が増えているとか」
「北東部?」
「はい」
レオンは再びノートを開いた。
魔物討伐。
その文字を見る。
「……話だけでも聞いてみるか」
「はい」
馬車はそのまま騎士団本部へ向かった。
王都騎士団本部。
大きな門をくぐると、朝から多くの騎士たちが行き交っていた。
訓練場からは剣を打ち合う音が聞こえる。
「レオン様!」
受付にいた騎士が、すぐに気づいて頭を下げた。
「おはよう」
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「少し聞きたいことがあるんだけど」
レオンがそう言うと、騎士はすぐに応接室へ案内した。
しばらくして現れたのは、騎士団の副団長だった。
「お久しぶりです、レオン様」
「久しぶり」
「何かご相談が?」
「父上から、最近の魔物被害について調べてくるように言われて」
「なるほど」
副団長は頷いた。
「確かに、現在いくつか問題になっている地域があります」
「北東部の街道って聞いたんだけど」
「……その件ですか」
副団長の表情が少し変わった。
「何かあるのか?」
「少々厄介なことになっています」
副団長は机の上に地図を広げた。
「この辺りです」
指で示されたのは、王都から北東へ伸びる街道だった。
「最近、この周辺で魔物の目撃数が急激に増えています」
「どのくらいだ?」
「最初は小型の魔物ばかりでした」
「最初は?」
「はい」
副団長が別の資料を取り出す。
「ですが、ここ一週間ほどで中型の魔物まで確認されるようになりました」
「……」
「街道を利用する商人も襲われています。幸い死者は出ていませんが、負傷者は増えています」
「討伐隊は?」
「すでに何度か派遣しています」
「それでも?」
「減るどころか、増えています」
レオンは地図を見つめた。
「原因は分かっているのか?」
「それが、まだ」
「魔物がどこから来ているのかも?」
「はい」
副団長は困ったように眉を寄せた。
「普通なら、これほど魔物が増えれば巣が見つかるはずなのですが……」
「見つからないのか?」
「ええ」
レオンは黙った。
何かがおかしい。
「ちなみに、どんな魔物が?」
「ゴブリン、オーク、ウルフ系。それから最近では大型の魔獣も確認されています」
「大型……?」
「はい」
副団長は一枚の報告書を取り出した。
「昨日、騎士が確認しています」
そこに描かれていた魔物を見て、レオンの表情が変わった。
「……これ」
「はい」
「かなり大きいな」
「ええ」
鋭い牙。
太い四肢。
巨大な身体。
普通の魔獣とは明らかに違う。
「これは何ていう魔物か分かるか?」
「現在調査中です」
「まだ名前も分からないのか……」
「申し訳ありません。過去の記録にも似たものがなくて、こちらとしてもお手上げです。今は専門家に問い合わせている最中です。判明次第ご報告いたします!」
「……ああ、ありがとう」
レオンは絵を見つめた。
胸の奥が、少しだけざわついた。
ただの魔物被害ではない。
そんな気がする。
「この魔物の討伐は?」
「明日、騎士団から本格的な討伐隊を出す予定です」
「明日……」
レオンは考えた。
「俺も参加していいか?」
「……レオン様が、ですか?」
「ああ」
「しかし……」
副団長が困った顔をする。
「危険です」
「分かってる」
「公爵様から何か命令を受けているのでしょうか?」
「いや」
レオンは首を横に振った。
「俺自身が行きたいんだ」
「……」
「最近、魔物被害が増えているんだろ?」
「はい」
「だったら、放っておけない」
副団長はしばらく黙っていた。
「……分かりました」
「いいのか?」
「ただし、危険を感じた場合は必ず撤退してください」
「もちろん」
レオンは頷いた。
「約束する」
そして、立ち上がった。
「明日の討伐、参加させてもらうよ」
「承知しました」
応接室を出たレオンは、廊下を歩きながら考えていた。
これが功績になるかどうかは分からない。
ただ、今までとは少し違う感覚があった。
自分が公爵家の息子だからではない。
誰かに頼まれたからでもない。
困っている人がいる。
だから、自分が動く。
「……これでいいのかもしれないな」
レオンは小さく笑った。
一方、その頃。
私は自宅の自分の部屋で、本を読んでいた。
机の上には、昨日レオンからもらった手紙が置いてある。
短い手紙だった。
――今日は騎士団へ行ってくる。
――何か見つかるかもしれない。
――無茶はしない。
最後に、わざわざ大きな文字で書いてあった。
――約束したから。
「……ふふ」
私は思わず笑ってしまった。
本当にレオンらしい。
きっと今頃、一生懸命になっているのだろう。
そう思うと嬉しくなる。
けれど同時に、少しだけ心配だった。
「無茶……しないよね」
何度も確認した。
本人も何度も約束してくれた。
だから信じよう。
私は手紙を大切にしまい、本を開き直した。
そして翌日。
王都騎士団の討伐隊が出発した。
二十数名の騎士。
数名の魔法使い。
そして、その中にレオンの姿もあった。
「では行ってくる」
「お気を付けて」
馬に跨ったレオンが、空を見上げる。
天気は晴れていた。
遠くには、王都の外へ続く街道が伸びている。
「さて……」
レオンは剣の柄に手を添えた。
「まずは、目の前の人たちを助けるか」
馬が走り出す。
まだ誰も知らない。
この討伐が、ただの魔物退治では終わらないことを。
北東の森。
そこには、これまで誰にも発見されていなかった巨大な巣が存在していた。
そして、その奥には……騎士団が想定していた魔物とは、比べものにならないほどの存在が潜んでいた。
レオンたちは、まだ知らない。
この討伐が、レオン・ヴァレンシュタインという一人の男の名を、王都中に知らしめることになるとは。
そして――。
エリスとの結婚を認めさせるための、最初の一歩になることも。
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