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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第十四話

 両親との話が終わったあと、私たちは公爵家の応接室を出た。

 お父様とお母様は、もう少し公爵様たちと話をすることになったらしい。

 私はレオンと二人で、長い廊下を歩いていた。

 大きな窓から差し込む午後の光が、床の上に細長い影を作っている。

 ついさっきまで、六人で向かい合って話をしていた。

 お父様が、実は私を守るためにわざと目立たないようにしていたこと。

 私が知らなかった父の過去。

 そして、レオンが私との結婚のために功績を立てると言ったこと。

 頭の中には、まだたくさんのことが残っている。


「……レオン」

「ん?」


 隣を歩くレオンを見る。


「本当に、無理しないでね」


 私はもう一度言った。


「分かってるって」

「本当に?」

「本当に」

「……ドラゴンとか、討伐しなくてもいいからね?」

「え?」


 レオンが足を止めた。


「いや、だって……」


 私は少し困ったように笑った。


「さっき、お父様が例に出していたでしょう?」

「ドラゴン?」

「うん」

「いや、あれは例だよ」

「でも、レオンなら本当にやりそうだから」

「俺を何だと思ってるんだよ」

「無茶しそうな人」

「ひどいな」


 レオンは苦笑した。


「俺だって、命を捨てるようなことをするつもりはないよ」

「……本当に?」

「本当」

「絶対?」

「絶対」


 私は少しだけ安心した。

 けれど、それでも胸の奥には不安が残っていた。

 私のために……私と結婚するために、レオンが危険なことをする。

 そう考えるだけで、胸が苦しくなる。


「レオン」

「ん?」

「私はね……」


 私は立ち止まった。


「レオンが公爵家の人たちに認めてもらえなくても、一緒にいられればいいと思ってる」

「……エリス」

「もちろん、私だって公爵家に嫁ぐなら、皆に認めてもらいたいと思う」


 私は少しだけ俯いた。


「でも、そのためにレオンが傷つくのは嫌」


 あの事件のことを思い出す。

 背中に刃物が刺さったレオン。

 血だらけになって倒れたレオン。

 あの光景は、今でも夢に出てくることがある。


「もう……あんな思いはしたくないから」

「……」


 レオンは何も言わなかった。

 ただ、私の手を取った。


「エリス」

「うん」

「大丈夫」


 優しい声だった。


「俺は、エリスと結婚したい」

「……うん」

「だから、そのために必要なことなら、ちゃんとやりたい」

「でも……」

「ただ」


 レオンは私の目を見る。


「無茶をするつもりはない」

「……」

「エリスが心配してくれてるのに、わざわざ死ぬようなことをするほど馬鹿じゃないよ」

「……本当に?」

「本当」

「絶対?」

「絶対」


 私は少しだけ笑った。


「なら、いいけど……」

「それに」


 レオンは前を向いた。


「俺一人で勝手に決めることでもないからな」

「え?」

「父上に改めてちゃんと聞いてみる」

「何を?」

「俺が、何をすればいいのか」


 そう言って、レオンは歩き出した。


「ちゃんと聞いてから決めるよ」

「うん」


 私はその背中を見ながら、少しだけ安心した。


 レオンならきっと大丈夫、そんな気がした。




 その日の夕方。

 レオンは公爵の執務室を訪れていた。


「父上」

「どうした?」


 机に向かって書類を確認していた公爵が顔を上げる。


「少し聞きたいことがあります」

「何だ?」

「俺が立てるべき功績について、もう少し詳しく教えてください」


 公爵はペンを置いた。


「具体的に、か」

「はい」


 レオンは向かいの椅子に座った。


「俺は、何をすればいいんですか?」

「そうだな……」


 公爵は少し考えた。


「まず、勘違いするな」

「?」

「私はお前に、ドラゴンを倒してこいと言ったわけではない」

「……そうなんですか?」

「ああ」


 公爵は苦笑した。


「確かにドラゴン討伐ほど分かりやすい功績はない。国を脅かすほどの存在を倒せば、誰も文句は言えんだろう」

「じゃあ……」

「だが、そんな危険なものをわざわざ探す必要はない」

「……」

「ドラゴンを倒すことが目的ではない」


 公爵はレオンを真っ直ぐ見る。


「周囲に、お前が次の公爵として相応しいと認めさせること。それが目的だ」

「……俺が、次の公爵として……」

「ああ」


 公爵は立ち上がり、窓の外を見る。


「今のお前は、周囲から見れば『公爵家の跡取り』だ」

「はい」

「それは生まれた家によって与えられた立場だ」


 レオンは黙って聞いている。


「だからこそ、反発する者もいる」

「……」

「公爵家の跡取りが、なぜ男爵令嬢を妻にするのか、と」


 公爵の声は淡々としていた。


「もちろん、私と母さんが認めれば結婚そのものを止めることはできない」

「でも……」

「そうだ」


 公爵が振り返る。


「公爵家の力だけで押し通すことはできる。だが、それではお前がこれから公爵になったとき、周囲にしこりが残る」

「……」

「お前を支持する者たちに、いつまでも『男爵令嬢を妻にした公爵』と思われるのは好ましくない」


 レオンは拳を握った。


「だから、俺自身が認められる必要がある」

「その通りだ」


 公爵は頷いた。


「討伐でもいい」

「はい」

「領地経営でもいい」

「……」

「国への貢献でもいい」

「……」

「新しい魔法の研究でも構わない」


 レオンが顔を上げる。


「魔法研究?」

「お前が得意な分野ならな」

「なるほど……」

「重要なのは、レオン・ヴァレンシュタイン自身の功績として残ることだ」


 公爵はゆっくりと椅子へ戻った。


「お前が『公爵の息子だから』できたことではなく、お前自身の力で成し遂げたこと」

「……俺自身の力」

「ああ」


 レオンは考え込む。

 剣なら、それなりに使える。

 魔法も、同年代の中では悪くない。

 学園の成績だって、それなりに良かった。

 だが、どれも「圧倒的」と呼べるものではない。


「俺には……まだ足りないですね」

「そうだな」


 公爵はあっさり答えた。


「だから、探せばいい」

「探す……」

「お前に何ができるのかをな」


 レオンはしばらく黙っていた。


「父上」

「何だ?」

「もし、何年もかかったら?」


 公爵は少しだけ笑った。


「エリス嬢は、お前が功績を立てるまで待ってくれるのではないか?」

「……はい」

「なら、焦る必要はない」

「でも……」

「早く結婚したいのだろう?」

「……はい」


 レオンは少し照れた。


「……かなり」

「なら、努力しろ」

「はい」


 公爵は笑った。


「ただし、一つだけ覚えておけ」

「?」

「功績を立てることと、命を懸けることは同じではない」


 レオンは黙った。


「お前は以前、エリス嬢を助けるために一人で乗り込んだそうだな」

「……はい」

「二度と同じことをするな」

「……」

「功績を立てるために死んでしまえば、何の意味もない」


 レオンは苦笑した。


「母上にも同じことを言われました」

「当然だ」

「……分かっています」

「ならばいい」


 公爵は満足そうに頷いた。


「それに」


 少し間を置いて。


「お前が何かを成し遂げる前から、私はお前たちの結婚そのものに反対しているわけではない」

「……」

「これは、お前自身の問題でもある」


 レオンが顔を上げる。


「自分がこれから公爵家を背負う人間だと、自分自身で証明してみろ」

「……分かりました」


 レオンは立ち上がった。


「ありがとうございます」

「レオン」

「はい?」

「……焦るなよ」

「はい」

「そして、エリス嬢を泣かせるな。大事にしてやれ」

「……それは絶対に」


 レオンは笑った。


「分かっています」


 執務室を出る。

 廊下を歩きながら、レオンは考えていた。


 討伐。

 魔物。

 領地経営。

 国への貢献。

 魔法研究。


「……俺に何ができる?」


 小さく呟く。

 今まで、自分が公爵家の跡取りであることを当たり前のように受け入れてきた。

 学園でも、周囲は自分の家柄を知っていた。

 自分が何かをする前から、期待される。

 何か失敗しても、公爵家の息子だからと許されることもあった。

 けれど、エリスとの結婚を認めてもらうためには、それでは足りない。

 家柄ではなく、自分自身の力で何かを成し遂げなければならない。


「……俺にしかできないこと」


 そう呟いたときだった。


「レオン」


 後ろから声がした。

 振り返る。


「エリス?」


 そこにはエリスが立っていた。


「お父様との話、終わった?」

「ああ」

「何か決まった?」

「まだ何も」


 レオンは苦笑した。


「これから探す」

「何を?」

「俺ができることを……さっ」


 エリスは少し心配そうな顔をした。


「危険なことじゃないよね?」

「もちろん」

「本当に?」

「本当に」

「……」


 エリスはじっとレオンを見る。


「何?」

「レオン、嘘つくとき少しだけ目が泳ぐから」

「え?」

「今、ちょっと泳いだ」

「いや、泳いでないだろ」

「泳いでたよ」

「……」


 レオンは目を逸らした。


「ほら」

「……参ったな」


 エリスが小さく笑う。


「やっぱり無茶するつもりなんじゃない」

「無茶はしない」

「本当に?」

「本当」

「……」

「エリス」


 レオンは真剣な顔になった。


「俺は、エリスと結婚したい」

「……うん」

「だから、ちゃんと努力したいんだ」

「……」

「エリスの家が男爵家だからって、エリスが悪いわけじゃない」


 レオンは続ける。


「俺たちの家の身分が違うことも、エリスの責任じゃない」

「……うん」

「だから、俺が何とかする」

「レオン……」

「エリスが何も気にせず、俺の隣にいられるようにする」


 その言葉を聞いて、胸が熱くなった。


「でも……」

「ん?」

「私も、レオンの隣に立つために頑張るから」

「エリスは頑張りすぎるくらいだろ」

「そんなことないよ」

「ある」

「ないよ」

「ある」

「……ふふっ」


 私は笑った。

 こんなふうに話しているとこれから先のことが、少しだけ楽しみに思えてくる。


「じゃあ、約束」


 私は手を差し出した。


「何の?」

「無茶をしない」

「……」

「レオンが無茶をしないなら、私も無茶しない」

「それ、俺にとってかなり重要な条件だな」

「でしょう?」


 レオンは少し考えてから、その手を握った。


「分かった」

「約束?」

「約束」

「絶対?」

「絶対」


 私たちは顔を見合わせる。

 そして、二人で笑った。


「じゃあ、俺も頑張るよ」

「うん」

「エリスも頑張りすぎないで」

「分かってる」

「……本当かな」

「本当だよ」

「ならいいけど」


 二人で歩き出す。




 その日の夜。

 レオンは自分の部屋に戻ってから、一冊のノートを机の上に置いた。

 そして、紙の一番上に書いた。


 ――俺ができること。


 その下に、思いつく限りを書き出していく。


 魔物討伐。

 領地経営。

 魔法研究。

 騎士団への協力。

 国への貢献。


 どれも簡単ではない。


 けれど不思議と嫌ではなかった。

 今までは、公爵家の跡取りとして生きることを「決められた道」だと思っていた。

 でも今は違う。

 自分で選びたいと思っている。

 エリスと一緒に生きるために自分自身が、公爵家を背負うに相応しい人間になるために。


「……絶対に、認めさせる」


 レオンはペンを握った。


「俺とエリスの結婚を」


 それからノートの最後に、一つだけ書き加えた。


 ――無茶はしない。


 少しだけ考えてから、その文字を二重線で囲む。


「……これは絶対だな」




 そして翌朝。

 レオンは王都へ向かう準備を始めた。

 まだ、何を成し遂げるのかは決まっていない。

 けれどその日からレオンは、公爵家の跡取りとしてではなく、一人の男として、自分自身の功績を探し始めた。

 エリスと結婚するために。

 そしていつか、誰に何を言われても胸を張って、


「この人が俺の妻です」


 そう言えるようになるために。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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