第十三話
時は経ち……。
卒業式が終わってから、数日が経った。
私は今、公爵家の応接室に座っていた。
向かいには、レオンのお父様とお母様。
そして、その隣にはレオンがいる。
今日は、少し大事な話があるらしい。
「エリス嬢」
公爵様が口を開いた。
「君には先に伝えておこうと思ってな」
「はい」
「レオンがお前との結婚を望んでいることについて、私たち夫婦に異論はない」
「……!」
思わずレオンを見る。
レオンは少し照れたように笑っていた。
「だが……」
公爵様の言葉に、空気が変わる。
「公爵家の跡取りであるレオンが、男爵家の令嬢と結婚するとなれば、簡単な話ではない」
「……はい」
私は頷いた。
分かっていたことだった。
私とレオンでは、あまりにも身分が違う。
「公爵家には、我が家に仕える多くの貴族がいる。レオンが次代の公爵となる以上、その者たちからも理解を得なければならん」
「つまり……」
レオンが口を開く。
「俺がエリスと結婚したいと言うだけでは、認めてもらえないということですか?」
「そういうことだ」
公爵は頷いた。
「特に家格を重視する者たちは、男爵家との婚姻に反対するだろう」
「……」
「もちろん、私たちが決めれば派閥の貴族達を止めることはできる。だが、これから公爵家を背負うお前が、周囲から何の理解も得ないまま進むのは好ましくない」
レオンは黙って考えていた。
しばらくして。
「……じゃあ、どうすればいいんですか?」
「誰にも文句を言わせぬほどの功績を立てろ」
「功績……」
「ああ」
公爵は真っ直ぐにレオンを見る。
「家格の差を覆すほどの功績だ。圧倒的実績で周りを黙らせれば、何も批判や不満は上がらない」
例えば、大規模な魔物群の討伐。
国を脅かす魔物の討伐。
あるいは、体の全てが貴重な資源となるドラゴンの討伐。
誰もが認めざるを得ないほどの功績。
それほどのものをレオン自身が成し遂げれば……
「公爵家の跡取りが、男爵令嬢を妻に迎える」
という話にも、反対する者たちは口を閉ざさざるを得なくなる。
「今の俺じゃ……足りないんですね」
「そういうことだ」
レオンは悔しそうに拳を握った。
けれど、すぐに顔を上げる。
「分かりました」
「レオン……」
「必ず、皆を納得させてみせます!」
その目には迷いがなかった。
「レオン……私は……「エリス!」」
「俺は、エリスが何と言おうと、絶対やってみせるから」
レオンは笑った。
「絶対にエリスと結婚するから」
「……ありがとう。でも無理はしないで……」
胸が熱くなった。
それから少しして、今度は私の両親が公爵家へ呼ばれた。
私たちの結婚について、両家で正式に話をするためだ。
「お久しぶりです、公爵様」
お父様が頭を下げる。
「こちらこそ。突然呼び立てて申し訳ない」
「いえ」
お母様も緊張した様子で頭を下げた。
私の両親とレオンのご両親。
そして私とレオン。
六人が向かい合って座っている。
「今日は、エリス嬢とレオンのことについて話したい。おい、お前達は下がれ」
使用人たちを全員下げて、公爵様が切り出した。
「レオンから、二人の結婚について相談を受けている」
「……はい」
お父様が答えた。
そして。
「うーん……」
難しい顔をする。
私は少し驚いた。
「お父様?」
「いや……」
お父様は困ったように笑った。
「父親としては、娘が人生の伴侶を見つけたことは嬉しいんだ」
「……」
「レオン君がエリスを大切にしてくれていることも分かっている」
そこで一度、レオンを見る。
「だが……」
お父様は公爵様を見る。
「やはり、家格が違いすぎるのではありませんか?」
公爵様が頷いた。
「やはり、そう思われるか」
「ええ」
お父様は苦笑した。
「公爵家の跡取りと貧乏男爵家の令嬢ですからな」
「貧乏かどうかは置いておいて、私も同じことを考えている。公爵家と男爵家では、家格があまりにも違いすぎる」
公爵様が言った。
「だからこそ、レオンには何かしらの功績を立ててもらうつもりだ」
「なるほど……」
お父様は腕を組んだ。
「それならば、私としても反対する理由はありません」
私はほっとした。
けれど。
「ただし」
お父様が続けた。
「一つだけ、確認したいことがあります」
「何だ?言ってみろ」
公爵様が尋ねる。
お父様は、私を見た。
「エリスのことです」
「……?」
「実は、私は以前から気になっていたのです」
そして。
お父様は静かに言った。
「公爵家では、エリスの魔法についてご存じなのですか?」
部屋の空気が変わった。
「……はい」
レオンが答えた。
「エリスから許可はもらって、ここの三人は知っています」
「そうか……」
お父様は驚かなかった。
まるで、最初から予想していたかのようだった。
「それなら話は早い」
レオンが続ける。
「俺は、エリスを公爵家の中に迎えたいと思っています」
「……公爵家に?」
「はい」
レオンは真剣な顔で頷いた。
「エリスの力が知られれば、利用しようとする人間が出てくるかもしれない」
「……」
「だったら、エリスを公爵家の庇護下に置いた方が安全です」
お父様は黙っている。
「公爵家なら、エリスを守れる」
レオンの言葉に、公爵様も頷いた。
「その点については、私も同じ考えだ」
「……なるほど」
お父様は目を伏せた。
「そういうことでしたか」
その表情を見て私は少しだけ不思議に思った。
何かを知っているような顔だった。
「実はな」
公爵様が口を開く。
「我々も、アシュフォード男爵家について少し調べさせてもらった」
「……!」
私は驚いた。
お父様は。
「でしょうな」
と、あっさり答えた。
「え?」
私の方が驚く。
「お父様?」
「公爵家が娘を迎えるとなれば、調べられて当然だろう」
「……」
お父様は苦笑した。
「むしろ、何も調べない方が怖い」
公爵夫人が微笑む。
「そして、少し面白いことが分かりました」
「……何でしょう?」
お父様が尋ねる。
「アシュフォード男爵は、王立アルヴァリア魔法学園を主席で卒業している」
「……」
私は目を丸くした。
「え?」
初めて聞いた。
「お父様が?」
「ああ、そうだよ」
お父様は平然と答えた。
「しかも成績は、圧倒的だったと聞く」
レオンも驚いている。
「じゃあ、どうして……」
レオンが首を傾げる。
「どうして爵位を上げようとしなかったんですか?」
「……」
お父様は黙った。
そして。
「そこまで調べたのなら、もう隠す必要もないでしょうな」
小さく息を吐いた。
「私は、あえて何もしなかったのです」
「……あえて?」
「ええ」
お父様は頷いた。
「目立たないようにしていた」
私には意味が分からなかった。
「でも、お父様……」
「エリス」
お父様が私を見る。
「お前の力が分かったときから、私はずっと考えていた」
「……?」
「お前の力が、普通ではないと分かっていたからな」
胸が小さく鳴った。
「もし私が優秀な男爵として知られればどうなる?」
お父様は静かに続けた。
「上位貴族から声がかかる」
「……」
「爵位を上げる話も来るだろう。娘の政略結婚の話も増える」
お父様は私を見る。
「そして、私の娘がどれほど優秀なのかを調べようとする者も出てくる」
「……お父様」
「だから、私は愚かな男爵を演じることにした」
お母様も静かに頷いた。
「うちの家は貧しい。領地も大きくない。政治的な影響力もない」
お父様は笑った。
「周辺の貴族から見れば、旨味のない家だ」
「……」
「そんな家の令嬢と結婚したところで、貴族として得るものは少ない」
だから
誰も欲しがらない。
誰も深く調べない。
誰も、エリスに近づこうとは思わない。
「それが、エリスを守るためだったんですか?」
レオンが尋ねた。
「そうだ」
お父様は頷いた。
「私はエリスに、普通の女の子として生きてほしかった」
私は何も言えなかった。
ずっと、自分の家は貧しいと思っていた。
お父様はあまり出世に興味がない人なのだと思っていた。
けれど全部、私のためだった。
「……お父様」
声が震えた。
「ありがとう……ございます……」
「礼を言われることではない」
お父様は少し照れたように笑った。
「父親なら、それくらいするさ。妻や娘、家族の幸せが私の幸せだ」
隣で、お母様も微笑んでいた。
そしてレオンが静かに立ち上がる。
「お父上」
「ん?」
「俺は、エリスを守ります」
レオンはまっすぐにお父様を見る。
「今までエリスを守ってきたあなたに、恥ずかしくないように」
「……」
「必ず、俺自身の力で皆を納得させます」
お父様はしばらくレオンを見つめていた。
そして。
「……そうか」
小さく笑った。
「ならば、任せよう」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、温かくなった。
私はレオンの隣にいる。
そしてこれからも。
この人の隣にいたい。
そう、改めて思った。
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