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【完結】魔法が使えない落ちこぼれ令嬢、なぜか学園一の人気者に溺愛されています  作者: モーヒアス


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第十一話

 ――ドンッ。


 私は扉の前で立ち尽くした。

 胸の奥が、嫌な音を立てていた。


「レオン……!」


 返事はない。

 代わりに聞こえてくるのは、男たちの荒い息遣いと、何かが床に倒れる音。


 そして――。


「くそっ……!」

「こいつ、なんなんだよ……!」


 男たちの声が聞こえた。

 私は扉に手を伸ばしたが、やはり開かない。

 鍵がかかっている。


「レオン!」


 もう一度、叫んだ。

 すると。


「……エリス」


 かすかな声が返ってきた。

 間違いない。

 レオンだ。


「レオン!大丈夫なの!?」

「……ああ」


 返事はあった。

 けれど、その声は明らかに苦しそうだった。


「今、開けるから」

「待って」

「え?」

「……俺が開ける」


 その直後。

 扉の向こうから、金属が擦れるような音がした。

 鍵を外しているのだろう。

 私は扉から少し離れた。


 ガチャリ。


 鍵が外れる。

 そして、ゆっくりと扉が開いた。


「……レオン」


 そこに立っていたのは、確かにレオンだった。

 けれどいつもの姿とは、まるで違っていた。

 服はところどころ破れ、頬には赤く腫れた跡がある。呼吸も荒い。


 そして――右手を、力なく下げていた。


「どうしたの、その手……」

「……ちょっと、な。まぁ平気だ」


 レオンは苦笑した。

 けれど、その笑顔にはいつもの余裕がない。


「剣を握れなくなっただけだ」

「……!」


 私は息を呑んだ。


「そんな……」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないよ!」


 思わず声が大きくなった。

 レオンは少しだけ目を丸くして、それから困ったように笑った。


「……ごめん」

「どうして謝るの?」

「怖がらせたからな」

「そんなこと……」


 私は首を横に振った。

 怖かった。

 ずっと怖かった。

 でも今は、それ以上にレオンがここまで傷ついていることが怖い。


「早くここから出ましょう」

「ああ」


 レオンは頷いた。

 そして私へ左手を伸ばした。

 私はその手を取った。

 いつもなら温かいはずの手が、少し震えていた。


「……レオン」

「ん?」

「どうして、一人で来たの?」


 私が尋ねると、レオンは少しだけ黙った。


「……手紙が来たんだ」

「手紙?」

「ああ」


 レオンは懐から、折り畳まれた紙を取り出した。

 そこには短く、こう書かれていた。


『エリスを返してほしければ、一人で来い』


「……これ」

「俺以外の人間を連れてきたら、エリスを傷つけるって書いてあった」

「だから……」

「ああ。一人で来た」


 私は言葉を失った。


「レオン……」

「エリスを助けたかった」


 ただ、それだけだった。

 その言葉が胸に刺さった。


「でも、いざ来てみたらあいつら、俺が来るなんて聞いてないって顔をしてた」

「え?」

「こいつらは、俺が来ることを知らなかったみたいだ」


 私は驚いた。

 ではレオンをここへ呼んだのは、この男たちではない。

 別の誰か。

 私をここへ連れてきた誰かが、レオンをここへ誘い込んだ。

 そんなことを考えていると。


「――おい!」


 背後から声がした。

 私は振り返った。

 倒れていた男の一人が、ふらつきながら立ち上がっていた。


「まだ……終わってねぇぞ……!」


 レオンが私の前に立った。


「エリス、下がって」

「でも……!」

「大丈夫だから」


 レオンは左手で剣を拾おうとした。

 けれど右手が使えない。

 それでも左手だけで剣を構えた。


「……もう、エリスには触らせない」


 男が襲いかかってきた。

 レオンはそれを受け止めた。

 けれど、傷ついた身体では完全には受け切れない。


「レオン!」


 男の拳がレオンの肩を打った。


「ぐっ……!」


 それでもレオンは倒れなかった。

 左手で剣を振り、男を退ける。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が苦しそうだった。

 それでもレオンは私の前から動かなかった。


「もう……やめて」


 私は叫んだ。


「レオン、もういいから!」

「……よくない」


 レオンは私を見た。


「エリスを連れて帰るまで、終われない」

「でも……」

「家に帰るまでが救出だ」

「……バカ」

「また一緒に図書館へ行こう」


 そんな小さな冗談を、こんな状況でも言えている。


「……うん」

「だから、帰ろう」


 レオンが一歩前へ出た。

 男は怯んだ。

 そして、レオンが剣を向けた瞬間――。


「くそっ!」


 男は逃げ出した。

 廊下の奥へ走っていく。


「待て!」


 レオンが追おうとした。

 けれど。


「レオン!」


 私は思わず腕を掴んだ。


「追わないで!」


 レオンは足を止めた。

 しばらく男が逃げていった方向を見ていたが、やがて剣を下ろした。


「……そうだな」


 そして私を見る。


「今は、エリスを連れて帰る方が大事だ」


 私は頷いた。

 ようやく。

 ようやく、ここから出られる。

 そう思った。


 けれど――。


 その瞬間だった。


「――!」


 背後から、何かが走ってくる音がした。

 私は振り返った。

 さっき逃げた男だった。


「レオン!」


 叫んだ。

 レオンが振り返る。

 けれど、間に合わなかった。

 男の手には、短い刃物が握られていた。


「死ねっ!」


 男が突っ込んでくる。


「――ぐっ!」


 鈍い音がした。

 レオンの身体が、大きく揺れた。


「……え?」


 私は目を見開いた。

 男はそのままレオンの横をすり抜け、廊下の奥へ走っていった。

 レオンは、その場に立っていた。

 けれど身体が、ゆっくりと傾いていく。


「レオン……?」


 返事がない。


「レオン!」


 私は慌てて駆け寄った。

 レオンの背中に、刃物が刺さっていた。


「いや……」


 頭の中が真っ白になった。


「レオン……!」


 レオンの身体が崩れ落ちる。

 私は必死に抱き止めた。


「レオン!しっかりして!」

「……エリス」


 かすかな声。


「喋らないで!」

「……よかった」

「何がよかったの!」


 涙が溢れた。


「こんな……こんなの、あんまりよ……!」


 レオンの顔から、どんどん血の気が失われていく。

 呼吸も弱くなっている。


「誰か……!」


 叫んだ。


「誰か来て!」


 けれど返事はない。

 ここはあまり人通りのない場所なのか、外からは何も音が聞こえなかった。

 助けが来るまで、どれくらいかかるかわからない。


「レオン……!」


 私は震える手で、彼の頬に触れた。


「目を閉じないで!」

「……」

「お願いだから……」


 レオンの瞼が、ゆっくりと閉じていく。


「レオン!」


 私は叫んだ。

 その瞬間。

 胸の奥で、何かが弾けた。


 ――嫌だ。


 この人を失いたくない。

 初めて会った日。

 図書館で眠っていたレオン。

 何度も一緒に本を読んだ。

 くだらない話をした。

 一緒に笑った。

 私の隣にいてくれた。

 私を、私のままでいいと言ってくれた。


 そして。

 私のために、たった一人でここまで来てくれた。


「……嫌」


 私はレオンの胸に手を当てた。


「絶対に……嫌」


 身体の奥から、何かが溢れてくる。

 それは魔力だった。

 けれど普通の魔力ではない。

 ずっと隠してきた。

 誰にも知られてはいけないと思っていた。

 世間に知られれば、大勢から狙われると父から禁じられた魔法。


 それでも今だけは。


「レオンを……助けて」


 光が生まれた。

 私の手のひらから、淡い光が広がっていく。

 レオンの身体を包み込む。


 傷が少しずつ塞がっていく。

 けれど同時に私の身体から、力が抜けていく。


「……っ」


 息が苦しい。

 頭が痛い。

 立っていられない。

 それでも手を離さなかった。


「お願い……」


 光が強くなる。


「レオン……」


 言葉が途切れた。

 視界がぼやける。

 それでも私は願った。


「……この人を、連れていかないで」


 光が、最後に大きく輝いた。

 そして静かに消えた。


「……レオン?」


 私は彼の顔を覗き込んだ。

 さっきまで弱かった呼吸が。

 少しだけ、安定している。


「……よかった」


 その言葉を口にした瞬間。

 身体から力が抜けた。

 私はレオンの胸に倒れ込んだ。


「……エリス」


 かすかな声が聞こえた。

 まだ、生きている。

 それだけでよかった。

 遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきた。

 そして。


「なんだ今の光は!?」

「――レオン様の馬だ!」

「こちらです!」

「急げ!」


 複数の人の声。

 助けが来た。

 私はその声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

 誰にも見られていない。

 誰にも。

 私が何をしたのか、知られていない。

 そう思った。

 けれど、この日を境に私の秘密は、少しずつ運命を変えていくことになる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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