↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/13

第6話:三人の兄に緊急破産宣告!〜母の扇動とアンジュー帝国大反乱〜

 ワンマン経営の父親を家族全員でクーデターにかけるプロジェクト――それが西暦一一七三年、アンジュー帝国を揺るがした大反乱の正体である。

 兄たちが「父上の圧政を許すな!」と血気盛んに吠える中、当時六歳の僕が一番恐怖したのは、兄上の壊滅的な借金残高と、父上から押し付けられそうになった三つの赤字物件であった。


 ――時は西暦一一七三年、春。

 豪奢なマントを激しく翻し、ポワチエ宮殿の私室へ飛び込んできたのは、長男のヘンリー若王(十八歳)であった。

 父と同じ名で共同国王として戴冠されたものの、領地も財政権も一切与えられず、借金まみれの「キラキラお飾り長男」である。


「母上ッ! もう我慢の限界です!」


 若王は地団駄を踏み、悔し涙を滲ませた。


「ワンマン経営者の父上は、僕を形だけの国王に戴冠させたくせに、従僕を養う小遣いすら出さないのです! 武具のツケを払えと商人に追われる国王がどこにいますか! それだけでも屈辱なのに……あろうことか父上は、末っ子のジョンとサヴォイア伯令嬢との婚約にかこつけて、アンジュー直轄領の最重要拠点である『シノン城、ルーダン城、ミルボー城』の三城を、勝手にジョンへ与えると決めたのですよ!?」


 若王がわめき散らした瞬間、部屋の隅からシャカシャカシャカ……チャリン! と金属の擦れ合う小気味よい音が響いた。


「……ん? 何の音だ?」

「お待たせいたしました、若王兄上!」


 六歳のジョンが机の上に白黒の市松模様が描かれた計算布(エシキエ布)を広げ、真鍮製の計算コイン(カウンター)を両手の人差し指で目にも留まらぬ速さで滑らせていた。


「ただいま若王兄上の財務状況を緊急監査いたしました! 正確無比な監査結果を読み上げます! 王としての体面維持費、衣装代、取り巻きの飲食費……締めて月百ポンド! 対する父上からの支給額……驚きのゼロペンス! 累積借入金、優に三千ポンド超! ――結論。兄上、来月には確実に自己破産しますね!」

「う、うるさい! 人の目の前でシャカシャカ真鍮コインを滑らせるなッ!」


 若王は額に青筋を浮かべて激怒した。


「そもそも誰のせいで僕の城が奪われそうになってると思ってるんだ! お前だぞ、ジョン! シノン、ルーダン、ミルボー……あのアンジューの要衝を、なぜお前なんかに!」

「えっ、父上は僕に三城もくれるんですか!? やったぁ! ちょっと待ってください、すぐシノン城の固定資産税と防衛維持費、駐留兵の給与を試算しますから! シャカシャカ……ああっ、ルーダンとミルボーの修繕費まで合わせると、初年度からとんでもない大赤字ですよ兄上! こんな赤字物件、今の僕の小遣いじゃ維持できません! 兄上に格安でリースバックしましょうか!?」

「リースバックって何だ貴様ァァッ! 人の喉首を金で買い叩こうとするな! このクソ生意気な電卓小僧がァァッ!」


 掴みかかる若王と、エシキエ布を盾にして母の背後へ素早く逃げ込むジョン。

 この時、この部屋にいる誰も知る由がなかった。この「シノン、ルーダン、ミルボー」という三城が、やがてアンジュー帝国の命運を幾重にも呪うことになるなどとは。


「兄上の言う通りだ。父上の独裁と横暴には反吐が出る」


 部屋へ足を踏み入れたのは次男リチャード(十五歳)。並の騎士を見下ろす巨躯の偉丈夫だ。


「母上から受け継いだアキテーヌは我が命。だが父上は城の守備兵配置や徴税にまで口を挟み、私の統治権を骨抜きにする気だ。そればかりか、我が婚約者アデル殿を囲い込んで結婚を邪魔し、パリに恥知らずな悪評まで立てさせている……! 母上と我ら兄弟への侮辱、もはや一歩も引く気はない!」

「ふふ、二人とも、そう血相を変えるものではありませんよ」


 涼やかな足取りで現れたのは三男ジェフリー(十四歳)。怜悧な光を宿した美少年である。


「父上はすべてを自分で握り潰す暴君です。僕のブルターニュ公爵位も名ばかりで、実権など欠片も渡す気がない。……兄上たち、西暦一一七〇年の『トマス・ベケット暗殺事件』を忘れたわけではないでしょう?」


 その名に空気が張り詰めた。

 王権強化を巡り対立したカンタベリー大司教ベケットを、父ヘンリー二世の不用意な一言を受けた騎士たちが祭壇前で惨殺した事件である。


「あの凶行以来、父上は教皇から破門寸前、全欧州の教会や諸侯から完全に孤立しています。教会を敵に回した暴君を討つ――これほど完璧な大義名分はありません」

「ジェフリーの言う通りですわ」


 アリエノールも深く頷いた。


「重税に苦しむ領主たちも限界です。何よりわたくしの前夫であるフランス王ルイ七世は、教会の擁護者として喜んで背後を突くはず。スコットランド王やフランドル伯も巻き込めば完璧に包囲できますわ」


 室内に充満する叛逆の熱気。アリエノールは立ち上がり、妖艶に微笑んだ。


「――何を情けなく不貞腐れていますの、我が愛しき息子たち」

「母上……?」

「お父様の顔色を窺い、お小遣いや領地に一喜一憂するなど赤子のすることですわ。……欲しいものは力づくで奪い取るのが、我がアンジューとアキテーヌの流儀ではありませんこと?」

「奪い取る……父上から、ですか!?」

「ええ。あの男が王冠を離さないなら、指を一本ずつへし折って引き剥がせばよろしいのです。――さあ、力づくで奪い取ってご覧なさいな!」


 母の言葉に、息子たちの野心へ火が放たれた。


「母上がそこまで仰るならやってやります! 父上を引きずり降ろし、真の王となって見せます!」

「ふん、腕が鳴る。父上の首に刃を突きつけてやる」

「すぐに各地へ密使を送りましょう。電撃的に事を運ぶ必要があります」


 ポワチエの青空を見上げ、アリエノールは妖艶に目を細めた。


「――アンリ。教えて差し上げますわ。あなたが誰の掌の上で、踊っていたのかを」


 母上、息子たちを煽る言葉の切れ味が鋭すぎます。

 こうして、母アリエノールの華麗な演出のもと、息子たち、元夫、隣国の諸侯を総動員した「史上最悪の家庭内クーデター」が幕を開けた。

 だが――誰もが「勝てる」と信じて疑わなかったこの反乱軍の前に、あの赤毛の野獣ヘンリー二世が、怪物じみた神速の逆襲を仕掛けてくることを、当時の僕たちはまだ知らなかったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。