第9話 上手な謝罪文を、書かない日
偽の手紙は、七人に送られていた。
ナディアさんから、必要な範囲で知らされた。
受け取った人の一人が原本を持参し、結縁院への照会に同意したという。
そこに私の名が使われていたから、私は初めて実物を確認できた。
『お』の線は閉じている。
でも、弁護士が見ていたのは筆跡だけではなかった。
紙の購入先と発送日の記録、印の大きさ、受付番号。
偽の紙にある番号は、店の帳簿の注文番号と合わない。
私の帳簿の必要なページを、ナディアさんが依頼人の名前を伏せて複写した。
元の客に説明し、必要になったときの照合に協力してもらう。
秘密を守るための仕事は、急いでいても遅かった。
「あなたが院の財産管理を批判した、と見せたかったようです」
ナディアさんが言った。
勝手に手紙を回す代筆屋だと評判になれば、他の依頼人も相談をやめる。私は謝罪するか、黙って店を畳むことになる。
「今から、商人組合へ正式な相談を広げます。偽造の件と、預託の件は、それぞれ記録を残して進めます」
彼女は書類を閉じた。
その手は、私の机よりずっとたくさんの机を知っている。
私は、自分一人で正しい文章を書けば片づくと思ったことが恥ずかしかった。
「お金を取り返せると、約束していないことも確認します」
「はい」
「あなたに話した内容を、ほかの人にも話してほしい依頼人がいるかは、本人が決めます」
私は頷いた。
よい知らせのためなら、秘密を使ってもよいわけではない。
その日の午後、店の外に見知らぬ男が立った。
入り口で大声で、ここは貴族のお金をだまし取る店かと聞いた。
私は反論を考えた。すると、反論を用意した分だけ、彼の言葉を覚えてしまった。
ミレイユさんがパン屋の戸を開けた。
「買わない方は、入り口を空けてください」
「この店のことを聞いているんだ」
「巡回の方に、そこで同じお話をどうぞ」
男は帰った。
彼女が代筆室に入ってきて、窓の留め具を確かめた。
「怖いなら、今日は閉めていいわよ」
私は怖かった。
でも、予約が一人あった。
船乗りの父親に、娘が生まれたことを知らせる手紙だ。今週の便船に間に合わせたいという。
「その方の分を、書いたら閉めます」
「じゃあ、私もここにいる。邪魔なら、パンの帳簿をつけるだけにする」
私は頷いた。
姉に送った便箋の返事が、机に置いてあった。
姉は昔のことをよく覚えていると書いていた。
でも、夫はいまだに私の清書をもらっている。口論のときに、その手紙ほど思いきったことはできないくせにと、姉をからかうらしい。
最後に、こうあった。
帰るところがないと思っているなら、それは間違いです。来ても来なくても、あなたの椅子はあります。
私は手紙を畳んだ。
逃げ場を作るのと、逃げることは、まだ同じではなかった。
夕方、セオドア様へ手紙を書いた。
今日は少し怖いことがありました。巡回の方に記録をお願いしました。
梨の菓子を食べたいです。次の水曜日、パン屋へいらっしゃいますか。
文末を何度も読んだ。
仕事の依頼には、お代を書ける。
会いたい人には、会いたいとしか書けない。
私は別の文章を足さず、その手紙を送った。
夜、ナディアさんから伝言が来た。
預託先の銀行が、受け入れ時の原本の保管と、封緘の記録を認めたという。
マリア様が持っていた十八行の紙は、一人だけが保管していた紙ではなかった。




