第4話 恋文は、お引き受けしておりません
店の戸に、新しい注意書きを貼った。
恋文の代筆は、お引き受けしておりません。
ミレイユさんの娘のルチが、それを見て目を丸くした。
「手紙屋なのに?」
「手紙にも、いろいろあるの」
「恋文が一番もうかるって、お母さんは言ってた」
そのとおりだった。
王都では、男性からの求婚状も女性からの返事も、職業筆耕に頼むことが珍しくない。外見と家柄を見せる場で、文章まで見せられるのだから、商売になる。
私は恋文だけは書かない。
うまく書けないのではなく、うまく書いてしまうからだった。
その日の午後、セオドア様から短い便箋が届いた。
妹が音楽院の入学審査を受けること。先日の教師が、在宅での準備を希望していること。
どちらも、報告のための手紙だった。
最後に、小さく一行あった。
店の焼き菓子に入っている、黄色い果物は何でしょうか。
私は便箋を二度読んだ。
仕事の質問ではない。でも、お客様の問いでもある。
パン屋へ持っていくと、ミレイユさんは梨だと教えてくれた。
冬の終わりに仕込んだ、煮た梨。砂糖は少なめで、皮を少し残す。
私はその説明を返事に書いた。
翌週、彼は梨の菓子を三つ買って店に来た。
一つを私の前に置き、一つを自分の皿に乗せた。
「残りは、妹に」
「ここで召し上がりますか」
「差し支えが、なければ」
差し支えは、営業時間という形であった。
私は今日は予約がないと告げ、お茶を淹れた。客の来ない午後を隠すほど、上品な暮らしでもない。
彼は戸の注意書きを見ていた。
「恋文は、書かないのですか」
「はい」
「妹への返事は」
「あれはお別れの手紙です」
彼は僅かに口元を動かした。
笑ったのだと気づいたとき、私はもう、梨の皮を皿に落としていた。
「私が昔、姉の恋文を書き直してしまったんです」
言わなくてもよかったのに、言っていた。
彼が笑ったからかもしれない。
「姉は、好きな人に町へ来てほしいと書いていました。私は、もっと情熱的なほうがよいと思って、あなたのためなら町を出て、何もかも捨てられる、と足しました」
田舎の小さな家が浮かぶ。
姉が何度も読み直していた、一枚の紙。
姉は私を信用して、清書の確認をしないまま出した。
「お相手は、喜んで町を出る準備を始めたそうです。姉は母の介護も、仕事も、捨てるつもりはありませんでした」
「その方とは」
「結婚しました。話し合って、あちらが町へ来てくれました。私の文章が、ひと月ほど邪魔をしました」
戻せない人生があったわけではない。
それでも、姉の泣いた顔を覚えている。
私はペンを取ると、自分が聞いたことよりよいことを書こうとしてしまう。
「それ以来、恋文はお断りしています」
セオドア様は、皿の菓子をゆっくり割った。
「あの、教師への手紙も。あなたなら、もっとよく書けた」
「いつものお悔やみにしたほうが、整っていました」
「私は、あのままがよかった」
私はお茶を持ち上げた。
温かくない。いつの間にか冷めていた。
彼は焼き菓子を食べ終え、包みの紐を結び直した。
余った紙の端を、親指で押さえている。その近くに、青い染みが見えた。
机にあった便箋の文字と、同じ色だった。
「ご自分で、お手紙を書かれたんですね」
侯爵様は手袋を取りかけ、やめた。
「梨のことは、私が聞きたかったので」
私は頷いた。
商売の手紙ではないとわかった瞬間、返事を出したことが、少し違う意味を持った。
でも、何という意味かまでは、まだ考えられなかった。
彼が帰ってから、私は姉宛てに便箋を出した。
書き出しは、元気ですか。
近況を三行書いて、そのあとに続けた。
昔の恋文を、まだ覚えています。あのときは、あなたに聞けばよかった。
美しくはなかった。
それでも、別の言葉に変えずに封をした。




