第15話 姉は、恋文の原本を持っていました
姉は、予告より半日早く着いた。
髪を後ろで結び、旅行鞄を肩にかけていた。夫の診療の都合で出発を早めたらしい。
私の店を見るなり、椅子が思ったより小さいと言った。
「侯爵様も、ここに座るの?」
「斜めに座られます」
姉が笑った。
父の葬儀以来、二人きりでこんな話をするのは初めてだった。
私はお茶を出した。
姉は鞄から封筒を取り出した。見覚えのある、薄い紙の端が出ている。
「昔の手紙ですか」
「あなたの清書は、夫が持っている。これは、私の最初の下書き」
私は息を止めた。
何でもあなたのために捨てられる、という文になる前の手紙だった。
姉の文字は、今より線が細い。
父の具合が悪いので、しばらく家を離れられません。
それでも、あなたに会いたいです。
こちらへ来て、一緒に暮らすことを考えてくださいませんか。
私は、その手紙を覚えていた。
好きな相手へのお願いが、こんなに現実的でよいのかと思っていた。
もっと美しく、もっと献身的な文にすれば、もっと愛されると思った。
「父が亡くなってから、あなたは私に何も頼まなくなった」
姉が言った。
「お金を頼まなかったことだけじゃないの。家へ帰りたいとか、寂しいとか。それを言えば、私の生活を捨てさせると思った?」
私はカップを置いた。
少し音がした。
「思いました」
姉は、そこで私を急かさなかった。
私は今まで、頼むなら相手が断りにくい言い方にするか、自分で全部するかの二つだと思っていた。
相手が断れる頼み方があると、仕事では知っている。
自分のことだと、それがわからなくなる。
「次の冬、家へ一週間ほど帰ってもいいですか」
私は言った。
姉が目を丸くした。
「いいわよ。寝床は、今でも二階にある」
「私は、店を畳むつもりはありません」
「帰省する妹に、閉店してから来てとは言ってないでしょう」
二人で笑った。
ずっと避けていた話は、思い出したより大きく、口に出したより小さかった。
夕方、セオドア様が来た。
姉がいることは、私が朝の便で知らせていた。
彼は戸口で帽子を取り、名乗ろうとした。
最初の音が、すぐには出なかった。
私は、姉の顔を見た。
姉は普通に待っていた。
医師の家でいろいろな人に会っている人だ。それに、誰かを急かすのが礼儀だと考える人でもない。
「セオドア・クローヴェルと、申します」
「ルイーザです。妹の店に、お仕事をくださっていると」
侯爵様は頷き、少し考えた。
「仕事のない日にも、会ってもらっています」
私はお茶の盆を持ったまま止まった。
姉が私を見た。
私は、頷いた。
「はい。私が、お誘いした日もあります」
セオドア様の目が、こちらへ向いた。
姉は椅子を少し横へずらし、二人の顔を順番に見た。
「では、お茶は三つね」
それだけだった。
身分を確かめることも、私の代わりに返事を決めることも、しなかった。
夜、姉は泊まる部屋で髪をほどきながら言った。
「話しているときの、あなたの顔が違うのね」
「どんなふうに?」
「次に何を言えば喜ばれるか、考えていないときがある」
私は自分の頬を触った。
そういう顔を、私はしていたのだろうか。
姉は旅行鞄を閉じ、昔の下書きをそのまま戻した。
私に持たせるために来たのではなかった。
あの言葉を書いた人が、今でも同じ家で、別の言葉を選びながら暮らしている。
私はそのことを見せてもらったのだった。




