第14話 私の店から、お客様が減りました
事件が終われば、商売も順調になる。
そういう続きは、現実の代筆室には来なかった。
来たのは、二枚の紹介状と、三人の予約の取り消しだった。
弁護士へ繋いでもらえると聞いた方が来た。
内容は財産の紛争なので、私は窓口を案内した。
紹介だけなら、お代はいただかなかった。
評判になってから、恋文を三通頼まれた。戸の注意書きがあるのに、どうしてもと。
断った。
侯爵家のお客様しか受けないと噂されたのだろう。以前から通っていた荷車職人が、入り口で帽子を揉んでいた。
「もう、こういう字の汚い依頼は、頼めないのかと思って」
「部品の注文ですね。今までと同じです」
私は椅子を出した。
彼の使う部品の名は、王都の店では通じにくい。寸法と、何につけるものなのかを一緒に確かめる。
その仕事ができることに、ほっとした。
夕方、家賃の袋を用意した。
ミレイユさんに渡すと、彼女は中身を数えずに帳簿へ書いた。
「店の噂で、パン屋に迷惑をかけました」
「入り口を塞がれた日以外は、いつもどおりよ」
「次の月のお代も、払えます」
「そこまで聞いてない」
彼女は帳簿を閉じた。
「暇な午後があるなら、うちの菓子の品書きを書いて。ちゃんと頼むわ」
私は、引き受けた。
梨の菓子を、詩のようには書かなかった。
煮た梨を使った、小さな焼き菓子。
皮が苦手な方は、別のものをお選びください。
ミレイユさんが笑い、これなら苦情が少ないと言った。
新しく店の戸に、料金表を貼った。
清書一枚、銅貨五枚。長い聞き取りが必要なものは、先に見積もり。
恋文の断り書きの下には、本人の文章を清書するだけの依頼は受けると添えた。
恋を全部避けていたら、姉の昔の手紙に、今の自分まで止められてしまう。
気持ちを作らず、文字を読めるようにする。
できる仕事と、できない仕事を、新しく分けた。
セオドア様が来たとき、私は数字を書いた紙を出した。
月に必要なお金。引き受けられる枚数。休みの日。
彼は長く見ていた。
「侯爵家の案内状を、あなたに頼めば」
「お仕事として、でしたら」
自分でも思ったより速く答えた。
彼は私を見て、頷いた。
「あなたに任せられる仕事を、ほかの筆耕と同じ条件で、見積もってもらいます」
私は聞き取りの日を決めた。
感謝で仕事が生まれることはある。でも、そのあとに続く紙のお代は、紙を書いた分にしたかった。
店を閉めたあと、二人でパンを食べた。
仕事が終わったことを、私は先に口にした。
そうしないと、彼に会っている時間をいつまでも仕事の続きを装ってしまうからだ。
「五月の湖の町、泊まるなら家族にも知らせます」
「妹も、一緒に行きたいそうです」
「でしたら、鳥の笛を買えますね」
彼は少し照れたように、カップを持ち直した。
その顔を見て、私は隣の椅子をもう少し近くへ動かしたくなった。
動かさなかった。
自分がそうしたいと思ったことだけは、はっきりしていた。
戸を閉めると、看板が夕方の光で読めた。
『フェイン代筆室』。
知らない人に使われた名も、自分で守った名も、同じ四文字だった。
私はその名のままで、もう少し店を続けられそうだった。




