第12話 十八行目は、銀行にありました
銀行の部屋は、紙の匂いがした。
古い紙ではなく、長くしまうために用意された紙の匂いだ。
私はナディアさんと一緒に、端の椅子へ座った。
来た理由は、偽の手紙の清書と、私の受付帳の照合。持参金の調査に勝手に加わったわけではなかった。
マリア様は自分の明細を持ってきている。
銀行の担当者が、封緘された一組を出した。
受け入れ時に保管した預託書類の原本。封にある印と日時を、照合の係が読み上げた。
結縁院が銀行へ預けたものには、十八行目があった。
結婚のための支出には、預託者の署名による指示を要する。
代理人や仲介者の署名だけでは、使えない財産だった。
「でも、結縁院から届いた使途明細には、院の署名しかありません」
ナディアさんが言った。
銀行の担当者は頷き、入出金の記録を出した。
六百金貨は、預託金の口座から直接消えてはいなかった。
その口座を担保として、結縁院の名義で融資が行われていた。
融資の申請書には、預託者がそれを許可したように書かれている。
マリア様は、書類をよく見た。
「この紙に、署名はしていません」
返事は短かった。
担当者が、正式な異議として受け付ける書類を用意した。
偽造があるなら、銀行が確認を怠った問題も残るという。
味方になったから終わり、という話ではなかった。
私の番が来た。
偽の手紙の原本は、受取人の方が保管し、提出していた。
同封された返信用の封筒には、結縁院の私書箱が使われている。
私の代筆を装って相談を募り、返事は院へ戻る仕組みだった。
その箱の発送と受け取りの記録を、商人組合の立会人が照会していた。
家令や秘書の名前を勝手に使った私文書を扱う係も、同席している。
「この受付番号は、あなたの店で使われたものですか」
私は帳簿の該当する一行を示した。
部品注文の清書。日付。枚数。お代。
依頼人も事前に協力へ同意し、店を出た清書の写しを提出してくれていた。
そちらの封筒には、発送した日が残っている。
二つの手紙に、同じ番号がある。
でも、同じ依頼ではなかった。
「この手紙を、あなたが書いたことは」
「ありません」
「依頼人がそのような案内を頼んだことは」
「ありません」
私は必要な問いだけに答えた。
怒っていることも、名誉を取り戻したいことも、ここでは別の話だった。
三時間ほどの確認が終わると、肩が重かった。
ナディアさんが書類を鞄にしまい、私を見た。
「疲れたでしょう。これで終わりではありませんが、原本と人の記録をつなげられました」
私は頷いた。
十八行目を数えただけで事件が解決するなら、世の中はどんなに楽だろう。
実際には、誰が預け、誰が受け取り、誰が何を承知したかを、一人ずつ確かめた。
そのために、私の知らない人たちが、いくつもの机で働いていた。
銀行の外で、マリア様が私に言った。
「母の財産に、私の知らない名前がついていたのが、一番嫌でした」
母君は金銭に関する教育もしてくれていたという。
でも、結縁院には何代も続く信用があった。院が勧める書類なら安全だと、兄妹ともに思った。
「わからないことを、もう少し聞きます。読めるようになったと思うのは、まだ早いです」
彼女は、自分の明細を抱え直した。
馬車には乗らず、途中の楽器店へ寄ると言った。
私はそこで別れ、一人で店へ戻った。
机には、侯爵様から短い返事が届いていた。
湖へ行く日は、五月がよいようです。鳥が多いそうです。
文の横に、小さな鳥の絵があった。
どう見ても、嘴が大きすぎる。
私は声を出して笑い、返事に、突かれる準備をしておきます、と書いた。




