第83話 太陽と届かない噂話
成人式の会場は、色鮮やかな振袖と、着慣れないスーツに身を包んだ新成人たちの熱気で満ちていた。
あちこちで上がる歓声、フラッシュの光。地元の懐かしい顔ぶれが再会を祝う中、俺は自分のネクタイを少しだけ緩め、喧騒から一歩引いた壁際に立っていた。
大学に入ってから二年。
あの夜の誓い通り、俺は死に物狂いで自分を磨いてきた。
少しは男らしい身体つきになり、顔つきも変わった自負はある。
今日この場所に、俺が「後悔させたかった」太陽の姿はない。
――担当した学年が違うんだから、来るわけがない。
そんなことは、最初から分かっていた。
分かってはいたけれど、もしかしたら一目だけでも会えるんじゃないかと、淡い期待を捨てきれずにいた自分に酷く落胆していた。
「お、高橋じゃん! 久しぶり!」
不意に、横から肩を強く叩かれた。
振り返ると、少し髪を茶色く染めた、中学の水泳部で副部長だった佐藤がニカッと笑って立っていた。
「佐藤か。久しぶりだな」
「お前、なんかめちゃくちゃ雰囲気変わったな! 相変わらず体ガッチリしてるし、なんか大学でモテてんだろ?」
「いや、全然。部活と勉強ばっかりだよ」
佐藤の変わらないノリに、張り詰めていた心がほんの少しだけ緩む。中学時代、プールサイドで共に汗を流し、バカな話で笑い合っていた最高の相棒。
佐藤は「またまた〜」と俺の脇腹を小突くと、「あ、そうそう」と思い出したように声を潜めた。
「なぁ、松岡先生のこと、お前なんか聞いてる?」
「……え? いや、何も。先生がどうかしたのか?」
胸の奥が、嫌な音を立ててざわつき始める。
佐藤はスマホの画面をいじりながら、悪気のない、ごく普通の世間話のトーンで、俺の世界をひっくり返す爆弾を落とした。
「さっきあっちのグループで話題になってたんだけどさ、松岡先生、近々結婚するらしいぜ。もう相手の人と同棲してて、式も間近なんだって。俺ら最初の教え子だしさ、みんなでメッセージカードとか集めて送ろうぜって話になってて。お前も当然書くだろ?」
佐藤の言葉が、右の耳から左の耳へ、酷く冷たいノイズになって通り抜けていった。
結婚、同棲、式が間近。
頭の理解が追いつかない。
いい男になって、同じ教壇に立って、あの日フられたことを絶対に後悔させてやる。
その執念だけをガソリンにして、この2年間をストイックに走り続けてきた。
なのに――俺が追いつく前に、先生はもう、別の男の「家族」になってしまう。
「……高橋? どうした、顔色悪いぞ」
「あ、いや……驚いただけで。そうか、結婚、するか……」
ポケットの中で、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握りしめた。
そうでもしないと、今すぐこの場に崩れ落ちてしまいそうだった。
「だろ? びっくりだよな! 終わったらLINEで詳細送るから、メッセージよろしくな。じゃ、俺ちょっとあっちのグループ行ってくる!」
佐藤は満足そうに手を振って、再び華やかな喧騒の中へと消えていった。
一人残された俺の頭上で、会場のスポットライトが眩しく輝いている。
その光が、どれだけ手を伸ばしても一生届かない、遠い世界の太陽のように思えてならなかった。




