第80話 星とともにスタート台へ
「……バカ先輩。あんなの、ずるいです。お皿なんてすぐ見つかったのに、あんな話、戻れるわけないじゃないですか」
なぎさは赤い衣装の袖でゴシゴシと目元を拭い、一歩、俺の方へ歩み寄った。
「……全部、聞いてたんだな」
俺の言葉に、なぎさは鼻をすすりながら頷いた。
「聞きました。……先輩が、中学のときに叔母さんのことが大好きだったってことも。……修学旅行で、一生懸命に栞を選んだことも」
なぎさの瞳は、涙で潤んでいながらも、射抜くような強さを秘めていた。
「でも、その後に言ってくれたこと……。私が星みたいに真っ直ぐに煌めいていて、大好きだって。私に救われてるって。……あれも、本当なんですね? 叔母さんへの気持ちは、本当に、過去のことになったんですね?」
俺は逃げずに、その真っ直ぐな光を真正面から受け止めた。
「ああ。先生への想いは、俺にとって大切な思い出だ。でも、それはもう過去の話だよ。……今の俺が、誰よりも大切にしたいと思っているのは、なぎさ、お前なんだ」
その瞬間、なぎさが俺の胸に飛び込んできた。細い腕が俺の背中に回され、サンタの帽子の白いポンポンが俺の顎に触れる。
「……嬉しい。私、先輩より年下だし、先輩の過去にいる叔母さんには一生勝てないんじゃないかって、本当はずっと怖かったんです。どんなに笑ってても、不安だったんです」
俺のシャツを掴むなぎさの指先が、小さく震えていた。
「でも、今の言葉で決まりです。過去なんて関係ない。これから先、先輩の隣にいるのは、私だけですから。……先輩、私を、世界で一番幸せな女の子にしてください。約束ですよ?」
「……ああ、約束だ。俺も、なぎさに救われてばかりじゃなくて、お前を支えられる男になるよ」
俺は、なぎさの小さな体を強く抱きしめ返した。
なぎさがゆっくりと顔を上げると、涙で濡れた睫毛が震え、潤んだ瞳がじっと俺の唇を見つめていた。
サンタの衣装の赤色が、彼女の熱を帯びた頬をよりいっそう引き立てている。
どちらからともなく、吸い寄せられるように顔が近づいた。
彼女の首もとで、小さな星のチャームが二人の距離を祝福するようにきらりと輝く。
触れるだけの、けれど何よりも確かな約束を刻むような、柔らかなキス。
なぎさの唇は驚くほど柔らかく、微かに震えていた。
一瞬の沈黙の後、彼女は一度唇を離すと、今度は自分から、もっと深く、俺の想いを確かめるように再び唇を重ねてきた。
「ん……っ」
かつて憧れた「過去」への想いは、今、唇から伝わるこの熱い「現在」によって、完全に、そして鮮やかに上書きされた。
しばらくして顔を離すと、なぎさはとろんとした瞳で俺を見上げ、幸せそうに、けれど少しだけ独占欲の混じった笑顔を見せた。
「……これで、先輩はもう私のものです。絶対、返しませんからね?」
「ああ。……俺も、離さない」
俺はもう一度、愛おしいサンタクロースを強く抱きしめた。
外では雪が降り始めたのか、窓の向こうで街の灯りが優しく滲んでいる。
二人の影が、聖夜の明かりの中で静かに溶け合う。
それは、長い片思いの終わりであり、二人の新しい物語の、確かな始まりだった。
「メリークリスマス、なぎさ」
「はい、メリークリスマス……私の、大好きな海先輩」
【星編 第二部完】




