第74話 星と女神のパフェ
体育祭の興奮が冷めやらぬまま、水泳部の一行は駅前の焼肉屋へと流れ込んだ。
「お疲れさまー!」という部員の音頭と共に、一斉にジョッキやグラスが鳴り響く。
「先輩、約束通り隣ですよ」
そう言って俺の隣を陣取ったなぎさは、慣れた手つきで次々と肉を焼き、タレをたっぷりつけたカルビをそっと俺の取り皿に差し出してきた。
「ほら先輩、一番いい焼き加減です。たくさん食べてくださいね」
「……サンキュ。自分でも焼くから、なぎさも食べろよ」
「えへへ、いいんです。先輩の面倒を見るのは、今日の私の特権ですから」
周りの部員たちの賑やかな話し声や笑い声が、遠くの喧騒のように響いている。
そんな中にあっても、今のこの場所には、俺となぎさの距離を邪魔するものは誰もいなかった。
俺は少し照れくささを感じながらも、運ばれてくる肉を次々と平らげていくなぎさの横顔を、ずっと眺めていた。
一時間後、盛り上がりは最高潮に達し、一行は二次会のカラオケへ向かおうとしていた。
駅前で騒ぐ部員たちの輪から少し離れたところで、なぎさが俺のシャツの袖をそっと引いた。
「……ねえ、先輩」
「ん? どうした? カラオケ、何歌うか決まったか?」
「……あの、カラオケじゃなくて。二人っきりになりたいです」
なぎさは少しだけ声を潜め、上目遣いで俺を見つめた。
街灯に照らされた彼女の瞳は、昼間の「女神」の時とは違う、どこか切なげな色を帯びている。
「パフェの約束、今から叶えてくれませんか? 二人だけで……お祝いしたいんです」
その真っ直ぐな言葉を断れるはずもなかった。
二次会の移動で周囲がざわつく中、俺たちは他の部員たちに見つからないよう、波が引くようにそっと集団から遅れて足早に通りを曲がった。
気づけば、少し頬を赤くしたなぎさに袖を引かれるまま、俺たちは夜の街へと歩き出していた。
たどり着いたのは、少し背伸びをした雰囲気の24時間営業のカフェ。
なぎさの目の前には、彼女の顔と同じくらい大きな、フルーツが山盛りの豪華なチョコパフェが置かれた。
「わあ……! すごい、本当に宝石箱みたい……!──あ、でも……」
なぎさはメニューとパフェを交互に見つめ、少しだけ頬を染めた。
「どうしたの? 好きなお皿を選んでいいって言っただろう。おごりだから、遠慮しないで」
昼間のグラウンドでのセリフを意識しているのか、なぎさはスプーンを握ったまま、いたずらっぽく、だけど少しだけ緊張したように微笑んだ。
幸せそうにパフェを頬張り始めるなぎさを見ていると、地元の大学に残る決断をして本当に良かったと心の底から思えた。もし遠くの学校へ行っていたら、この笑顔を一番近くで見守ることはできなかっただろう。
「……あの、先輩。これからも、みんなに内緒で、こうやって二人で抜け出してくれますか?」
生クリームを口角につけたまま、なぎさが悪戯っぽく笑う。
「……っ、……まあ、パフェくらいなら、いつでも連れてきてやるよ」
不意を突かれて一瞬言葉に詰まり、慌てて視線をグラスへ落とす。
なぎさの真っ直ぐな瞳を見ていられなくて、また顔が熱くなっていくのが分かった。
「――じゃあ、さっきの約束。ここなら、呼んでもいいですか? ……海先輩」
夜のカフェに、なぎさの鈴を転がすような笑い声が響く。
甘いパフェの香りと共に、俺たちの距離は、秋の夜風よりもずっと熱く重なり合っていった。




