第72話 星と複雑な行列
九月中旬。
文化祭当日、校内はどこへ行っても熱気と喧騒に包まれていた。
水泳部の出し物は、恒例の焼きそば。
「あー、やっぱり去年に比べると、客足が落ち着いちゃってるな……」
部室の前で鉄板を叩きながら、俺はふと去年を思い出した。
去年は、看板娘として立っていた佐伯先輩の人気が凄まじかった。
凛とした「水泳部の女神」を一目見ようと、他校の男子生徒までが長蛇の列を作っていたのだ。
あの時、先輩が油を跳ねさせて、慌てて手首を冷やしにいったっけ――。
そんな記憶が、鉄板の白い煙の向こうに一瞬だけ浮かんで消える。
「先輩、何ぼーっとしてるんですか! 麺、焦げちゃいますよ!」
明るい声に顔を上げると、そこには水泳部のTシャツを腕まくりして、ハチマキをリボン結びにしたなぎさがいた。
「いや、去年の佐伯先輩の時みたいな行列は、流石に無理かなって思ってさ」
「もう! 私がいるんですから、心配しないでください。……見ててくださいね!」
なぎさはそう言うと、エプロンの紐をキュッと締め直し、部室の前に飛び出していった。
「焼きたての焼きそばいかがですかー! 水泳部特製、愛情たっぷりですよー!」
きらきらと星のように瞬く、心底楽しそうな笑顔と呼び声。
すると、それまで疎らだった人波が、吸い寄せられるように止まった。
「……ねえ、あの子めっちゃ可愛くない?」
「一年生? 一生懸命で、なんか目を引くよな」
ざわめきは瞬く間に広がり、気づけば部室の前には去年を上回るほどの大行列が出来上がっていた。
なぎさは一人一人の客に「ありがとうございます!」「お箸、二膳入れておきますね!」と、とびきりの笑顔を振り撒いている。
「おい、高橋! 手を休めるな! 客が止まらねえぞ!」
仲間に急かされ、俺は必死に鉄板を回した。
「……なぎさ、すごいな」
正直、誇らしかった。
自分の好きな子が、こんなにみんなに愛されている。
でも、行列の先を見つめると、少しだけ胸の奥がチクりとした。
並んでいるのは、なぎさの笑顔に鼻の下を伸ばした野郎どもばかりだ。
「……先輩、お待たせしました!」
一瞬の隙を見て、なぎさが俺の横に駆け寄ってきた。
タオルで俺の額の汗をポンポンと拭う彼女の距離は、相変わらず近い。
「どうです? 私の人気、佐伯先輩にも負けてないでしょ?」
「……ああ。負けてないどころか、男の客が多すぎて、ちょっと困るくらいだよ」
俺が少しだけ不機嫌そうに呟くと、なぎさは一瞬きょとんとした後、俺の腕にギュッとしがみついて耳元で囁いた。
「……大丈夫ですよ。私、こんなにたくさん人がいても、先輩のことしか見てませんから」
そう言って悪戯っぽく笑う彼女の頬は、鉄板の熱のせいか、それとも別の理由か、ほんのりと赤く染まっていた。




