第54話 星と焦がれる味
大会の全日程が終了し、福岡の街には少しずつ夜の帳が下りていた。
全国三位という結果の余韻と、引退という言葉にできない寂しさを抱えながら、俺となぎさは屋台が並ぶ通りを歩いていた。
「……お腹、空きましたね。先輩、何食べます? やっぱり本場の豚骨ラーメンですか?」
「うーん、それも捨てがたいけど、博多の一口餃子も攻めてみたいよな」
あちこちから湯気と美味そうな香りが立ち上る中、ふたりでキョロキョロと目移りしていると、一軒の屋台の前で、香ばしすぎる炭火の匂いが鼻をくすぐった。
「っ……やばい、先輩。この匂い、めちゃくちゃ強烈です」
「……だな。よし、ラーメンも餃子も後回しだ。ここにしよう」
匂いに完全に釣られた俺たちは、吸い寄せられるようにその屋台の暖簾をくぐった。
カウンターに並んで座り、目の前の鉄板から運ばれてきた熱々のとりかわ焼きを口に運ぶ。
じゅわっと広がる旨味が、試合で疲れ切った身体に心地よく染み渡っていく。
(……これが、福岡の味か)
熱気の中で、ふと、過去の遠征先での出来事が頭をよぎった。
大阪の、お好み焼き。
広島の、広島焼き。
今までそんな風に、いつも誰かと鉄板の熱気を囲み、色んな約束を交わしながらここまで来た。
そして今、俺の隣にはなぎさがいて、二人で福岡の焼き鳥を食べている。
「先輩、どうかしました? 難しい顔して。もしかして、やっぱり餃子が恋しくなっちゃいました?」
「いや。……今まで色んな味を胸に刻んで、ここまで来たんだなと思ってさ」
俺がポツリ漏らすと、なぎさは箸を止めて、真っ直ぐに俺を見た。
屋台の裸電球に照らされたなぎさの瞳は、夜空に瞬く一番星のように、熱を帯びてきらきらと揺れていた。
「……じゃあ、今日食べたこの味も、先輩の『大切な思い出の味』になりますか?」
先生や先輩との約束が、俺をここまで連れてきてくれたのは間違いない。
でも、すべてのレースを終えて引退した俺の隣に、今、こうして寄り添うようにいてくれるのはなぎさだ。
「……ああ。忘れないよ。今日のこの味も、お前のことも」
俺の不器用な言葉に、なぎさは一瞬だけきょとんとした後、顔をパッと明るく輝かせた。
その笑顔は、暗い夜道を優しく照らす星明かりのようだった。
「やった! 先輩、その言葉、絶対に忘れないでくださいね。……引退しても、私の大好きな先輩なんですから!」
そう言って、彼女は嬉しそうに最後の串を口に運んだ。
俺たちの前には、空になった皿。
かつての約束を胸に刻みながら、俺は新しい「思い出」を、隣で輝くなぎさの光と共に、この福岡の地で確かに積み重ねていた。




