第53話 星と高鳴る鼓動
電光掲示板に表示された自分のタイムと、その横に光る「3」の数字。
俺の最後の夏は、全国三位という結果で幕を閉じた。
(……終わったんだな)
プールから上がり、心地よい疲労感と少しの悔しさ、そしてそれ以上の達成感に包まれながら、俺は深く息を吐いた。
中学三年生の時に松岡先生と見た景色、高校二年生の時に佐伯先輩と誓ったあの場所。
それらすべてが、この「銅メダル」という形になって手に残った気がした。
「先輩!」
聞き慣れた、でもいつもよりずっと弾んだ声が響いた。
振り返る間もなく、柔らかな衝撃が俺の胸に飛び込んでくる。
「……えっ?」
なぎさだった。
彼女は俺の腰に腕を回し、顔を俺の胸に埋めたまま、子供のように泣きじゃくっていた。
ヒリヒリとした会場のライトを反射して、彼女の目から溢れる涙が、まるで零れ落ちる星の破片のようにきらめいている。
「よかったです……っ、本当によかったです! 先輩が、全国の表彰台に立つの、ずっと信じてましたから……っ!」
周囲の視線なんて全く気にしていない様子のなぎさ。
濡れた練習着越しに伝わってくる、彼女の体温。
一生懸命に俺を追いかけてきた彼女の、熱を帯びた吐息。
そして、不意に鼻をくすぐった、塩素の匂いに混じる彼女自身の淡い香り。
(……やばい)
心臓の音が、レース直後とは全く別の意味で激しく打ち鳴らされる。
あんなにドキドキしたテーマパークでの水着姿とはまた違う、無防備で真っ直ぐな、一番近くで俺を照らしてくれた星からの想いをぶつけられて、俺は腕をどこに置けばいいのか分からず、ただ呆然と立ち尽くした。
これまで、太陽のような松岡先生への憧れや、月のような佐伯先輩への信頼といった感情が俺を突き動かしてきた。
でも、今、腕の中で泣いているなぎさから伝わってくるこの「鼓動」は、それらとは違う、もっと強烈で、もっと新しい何かが俺の中で芽生え始めていることを告げていた。
「……なぎさ。……もう分かったから、離せよ。みんな見てるだろ」
照れ隠しで言った言葉は、自分でも驚くほど優しく響いた。
なぎさは俺の胸に顔を擦り付けながら、さらに強く俺を抱きしめた。
「嫌です。……もう少しだけ、こうさせてください」
夕闇が迫る会場の片隅。
メダルの重みよりも、今度は俺がその光を優しく包み込みたくなるような、目の前の小さな星の温もり。
俺の引退レースは、その一番の理解者に見送られながら、星と重なるような甘くて切ない余韻を残して幕を閉じた。




