第48話 星と駆ける最後の夏
ついに、高校生活最後となる大会シーズンが幕を開けた。
会場の熱気と塩素の匂いが混じり合う中、俺はゴーグルを締め直し、水面を見つめる。
三年生になり、地力がついた俺は、地区大会レベルではもはや敵なしの状態だった。
自分のレースを淡々とこなし、記録を突破していく。
だが、俺の心は自分のタイムよりも、後輩のレースに釘付けになっていた。
「先輩、見ててくださいね。私、あの子には絶対に負けませんから」
なぎさが指差したのは、他校のライバル。
予選タイムはなぎさと全くの同タイムだ。
「ああ、落ち着いていけよ」
「……ねえ、先輩。もし私が勝ったら、ご褒美にデートしてください!」
図書室での告白以来、どこかぎこちなかった俺を揺さぶるように、なぎさはいたずらっぽく、でも真剣な星の瞳で言い放った。
(……あ)
その瞬間、俺の脳裏に、かつての約束が鮮やかなフラッシュバックとなって押し寄せた。
中学時代、太陽のような存在だった松岡先生から「全中に行ったら大阪のお好み焼きをおごってもらう」という約束。
そして、月のような存在だった佐伯先輩との「インターハイに行ったら、一緒に広島のお好み焼きを食べる」という約束。
俺のこれまでの水泳人生の節目には、いつも誰かとの介した約束があった。
ただ違うのは、目の前のなぎさは、食べ物ではなく「デート」という直球の約束を俺に求めている。
「浅野」
「はい!」
「……勝ったら、考えてやるよ」
俺の精一杯の返事に、なぎさは「よっしゃー!」と拳を突き上げ、夜空で弾ける流星のような笑顔を見せた。
笛が鳴る。
なぎさがスタート台に足をかける。
先生や先輩が俺にくれた「約束」は、誰かを強くするための魔法だった。
そして今、なぎさが俺に求めた約束もまた、彼女自身を奮い立たせるための勇気――自ら眩しく輝こうとする、星の熱量なのだ。
(……行け、浅野)
俺は心の中で、自分と、かつて俺を支えてくれた人たちに誓うように呟いた。
過去の記憶が、今の俺の力になる。
なぎさの挑戦が、俺の最後の夏を新しい光で塗り替えていくのを感じていた。




