第46話 星と引き合う天体図
五月に入り、プールサイドを渡る風も少しずつ熱を帯び始めていた。
「先輩、次の中間テスト、私に勉強教えてください!」
なぎさに泣きつかれ、俺は放課後の図書室で彼女と机を並べていた。
「ここ、公式を代入すれば解けるだろ」
「うう……数字が金魚みたいに泳いで見えます……」
そんな冗談を言いながらも、なぎさは意外にも真剣な顔でノートに向かっている。
ふと横を見ると、真剣な眼差し、少しだけ動く唇、端正な横顔――。
あまりの距離の近さに、心臓の鼓動が少しだけ速くなる。
至近距離で強く瞬く星のような彼女の可愛らしさが、先輩としての理性をじわじわと削っていくような感覚だ。
「……あ、そうだ。ちょっと休憩!」
なぎさがカバンから一冊の参考書を取り出した時、その間から一枚の栞が滑り落ちた。
床に落ちたそれを見た瞬間、俺の思考が停止した。
(……え?)
それは、薄黄色の、小さな金魚の刺繍が入った「栞」。
中学時代、俺が修学旅行のお土産屋で悩みながら選び、あの太陽のような人に手渡した思い出の品と、全く同じものだった。
「あ、これ? 私の宝物なんです。叔母の家に行った時、叔母が『初めての教え子にもらった、大事な宝物なの』って、すごく愛おしそうに持ってるのを見て……。それが、どうしても羨ましくて」
なぎさは愛おしそうにその栞を手に取った。
「だから私、去年の修学旅行の時、京都で必死に同じものを探して買ったんです。叔母とお揃いにするために」
なぎさはそう言って、いたずらっぽく笑った。
俺の頭の中で、これまで感じていた違和感が、音を立てて一つの大きな形に組み上がっていく。
料理上手な叔母。
すべてを包み込んでくれるようなあの温かい空気。あのハンバーグの味。
そして、金魚の栞。
「浅野……一つ聞いてもいいか」
「なんですか? 急に改まって」
俺は震える声を抑えながら、核心に触れる問いを投げかけた。
「その……お前の叔母さんって、もしかして……先生じゃないか?家庭科の松岡先生?」
なぎさは一瞬、驚いたように目を丸くした。
そして、夜空で一番眩しく輝く一番星のような笑顔を浮かべて、答えた。
「……当たり。やっぱり先輩、叔母のこと覚えててくれたんですね」
その言葉が、図書室の静寂の中に静かに、でも決定的な響きを持って落ちた。
目の前の少女は、俺がずっと心の中に閉じ込めていた温かい太陽の記憶を、今、鮮やかな現実の星の光として繋ぎ合わせたのだ。




