第42話 星と木箸の重なり
「……で、なんで君が俺の隣で弁当を食べてるんだ?」
翌日の昼休み。屋上へと続く階段の踊り場で、俺は困惑の声を上げた。
目の前では、新入生の浅野なぎさが、当然のような顔をして弁当を広げている。
「え? だって私、先輩のファンですから。推し活の基本は接触回数を増やすことですよ?」
なぎさは、夜空の星のようにマイペースな笑顔を浮かべながら、大きな卵焼きを口に運ぶ。
そのどこか掴みどころのない、けれど幸せそうに食べる仕草が、かつて大阪で美味しそうにお好み焼きを頬張っていた松岡先生の横顔と重なり、俺は思わず視線を逸らした。
「推し活って……。俺はただの部活の先輩だぞ」
「これから、いっぱい私の特別な先輩になってくれればいいんです。私があの大会で見た先輩の泳ぎは、本当に凄かった。誰かに届けようとして、必死にもがいて、祈るように水を掻いていて……。あんなに熱い泳ぎをする人が、どんな生活をしてるのか知りたくなっちゃったんです」
なぎさの言葉は、暗闇を射抜く星の光のように鋭く、そして真っ直ぐだった。
彼女が言う「誰か」とは、思いを届けようとしていた松岡先生のことだろうか。
あるいは、共に高みを目指した佐伯先輩のことだろうか。
それを新入生の彼女に見抜かれていた事実に、俺の胸の奥がチクりと痛む。
「……君は、変なやつだな」
「よく言われます! 叔母からも『あんたは真っ直ぐすぎて、たまに怖い』って」
「叔母?」
彼女の叔母だという存在が、なんとなく気になって仕方ない。
「あ、はい。私の憧れの叔母です。今は別々に住んでるんですけど、すごく優しくて、温かくて、ちょっと抜けてて……。あ、先輩! もしかして私のこと、少しは興味もってくれました?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
なぎさはニヤリと笑い、ちりちりと強く瞬く星のような瞳で俺を覗き込んだ。
「嘘ですね。今、先輩の耳、ちょっと赤くなりましたよ?」
彼女の距離感には、佐伯先輩のような「遠慮」も、松岡先生のような「境界線」も存在しない。
俺が大切に守ってきた、そして心の中に閉じ込めたはずの過去――あの温かい太陽のような思い出が、なぎさという至近距離の星の光によって、一枚ずつ剥がされていくような感覚。
「放課後、遅れないでプールに来いよ。ファンなら、俺のメニューについてこい」
「はいっ! 先輩!」
逃げるように立ち去る俺の背中に、なぎさの元気な声が突き刺さる。
俺はまだ、この時、気づいていなかった。
彼女の制服の胸ポケットに、松岡先生に渡したものと全く同じ金魚の栞が入っていたことを。




