第三章:太陽と秘密の炭酸
部活が終わり、部員たちが騒がしく校門へと向かう中、俺は一人で部室の戸締まりをしていた。部長としては、道具の整理や部室の管理まで手を抜きたくない。
「あの、高橋くん」
背後からかけられた声に振り返ると、そこには申し訳なさそうに身を縮めた松岡先生が立っていた。手にはいつものファイルと、なぜか小さな小銭入れを握りしめている。
「さっきは、その……ごめんなさい。私、最低だよね。みんなが頑張ってるのに」
彼女は頬を赤くして、視線を泳がせている。どうやら、俺がベンチに近づいたことに気づいていたらしい。
「別に。鬼頭先生にバレなきゃいいですよ。……あいつに知られたら、先生、明日からプールサイドでスクワットさせられますよ」
俺が少し意地悪く言うと、松岡先生は「ひえっ」と情けない声を上げた。その反応があまりにも先生らしくなくて、俺は思わず鼻で笑ってしまう。
「鬼頭先生には内緒にしてくれる?」
「まあ、考えときます」
「えっ、そこをなんとか! ……あ、じゃあ、お礼に何か……。私、これくらいしかできないけど」
彼女が指差したのは、校門のすぐ外にある自動販売機だった。
「先生が、生徒にジュース奢るのっていいんですか?」
「秘密だよ? 買ったらすぐに飲んでね。……ほら、何がいい?」
自販機の前に立つと、彼女は「うーん」と真剣に悩み始めた。
「スポーツドリンクにする? それともビタミン系?」
「コーラでいいです。炭酸、飲みたいんで」
「えっ、アスリートって炭酸とか控えるんじゃないの?」
「たまにはいいんです。……自分へのご褒美っていうか」
俺がそう言うと、彼女は「そっか、そうだよね。頑張ってるもんね」と、今度は柔らかく微笑んだ。ボタンを押す指先が、ガチャンと音を立てて缶を落とす。
手渡されたコーラは、驚くほど冷たかった。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。助かったよ、高橋くん。なんだか私、先生っていうより、君に守られてるみたい」
彼女はそう言って、自分の買った緑茶を一口飲んだ。
夕暮れの通学路。誰もいない自販機の前。
部活の顧問とキャプテンというより、もっと違う、名前のつかない関係のような気がして、俺は慌てて視線を逸らした。
「……先生、次はちゃんと起きててくださいよ。俺、メニュー表に『先生の居眠りチェック』って項目追加しますから」
「もう、意地悪言わないでよ!」
むくれる彼女を置いて、俺は少し早足で歩き出した。
コーラの缶の冷たさが、さっきから妙に熱を持っている自分の顔を冷やしてくれることを願いながら。
俺の「秘密」が、また一つ増えてしまった。




