第27話 月と交わらない視線
文化祭二日目。焼きそば屋台の売れ行きは上々だった。
俺が鉄板の前で麺を捌いていると、接客を担当していた佐伯先輩が、一人の男子生徒に声をかけられているのが見えた。
相手は二年生、他クラスの生徒だろうが、どこか落ち着きがなく、必死な顔で先輩に何かを訴えかけている。
「……佐伯、ちょっといいか。裏の方で話したいんだ」
先輩は一瞬、困ったように俺の方を見た。
俺が「焼きそばは任せてください」と短く頷くと、彼女は諦めたようにため息をつき、彼について屋台の裏へと消えていった。
十分後、戻ってきた先輩の顔は、いつものように凛としていたが、どこか疲れたような色を帯びていた。
「……お疲れさまです。終わりましたか?」
「ええ。……大したことじゃないわ」
先輩はエプロンの裾を整えながら、手近なキャベツの箱を整理し始めた。
だが、先ほどの男子生徒が、顔を真っ赤にして肩を落としながら去っていくのが遠くに見えた。
告白だったのだろう。それも、完膚なきまでに断られた後の姿だ。
「先輩って、やっぱりモテるんですね」
俺が鉄板を叩きながら淡々と言うと、先輩の手がぴたりと止まった。
「……何よ、急に」
「いえ、感心したんです。あれだけ練習漬けで、隙のない雰囲気を出しているのに、それでも声をかけてくる人がいる。……やっぱり、実力がある人は華があるんだなと思って。俺もそれくらい、存在感のある泳ぎができるようになりたいです」
俺にとっては、最大級の「競技者としての尊敬」だった。
「……存在感、ね」
先輩の声が、少しだけ低くなった。彼女は俺の横顔をじっと見つめていたが、俺が「焼きそば、一丁入りました!」と元気よく声を出すと、力なく視線を逸らした。
「高橋くん。……君は、私が他の人に告白されて、何とも思わないの?」
「何とも、とは? ……まあ、先輩はキレイですし、告白してくる男は多いだろうなと思ってますよ。……尊敬してます」
俺が迷いなく答えると、先輩はこめかみを押さえて、深い、深い、ため息をついた。
「……そう。そうよね。君は、そういう人だったわね」
彼女の瞳に宿ったのは、怒りでも悲しみでもなく、言いようのない「モヤモヤ」とした焦燥感だった。
ただただ、気まずいような、居心地の悪い沈黙が二人の間に流れる。
俺の態度の何が彼女をここまで落胆させたのか、今の俺にはどうしても分からなかった。
「……ねえ、高橋くん。焼きそば、もういいわ。……ちょっと、一緒に回らない? 他の部活の偵察として」
「え、でもまだキャベツが……」
「いいから、来なさい。……これは部長命令よ」
少しだけ強引に俺の腕を引く、先輩の指先。
昨日火傷をしたその手首は、今日の方がずっと熱を帯びている気がした。
俺は戸惑いながらも、その「命令」に従って、喧騒の中へと歩き出した。




