第22話 月と放課後の探索
週末、俺は一人、駅前のスポーツショップの競泳コーナーにいた。
棚に並ぶのは、最新のトップモデルのゴーグル。
中学の時なら、松岡先生に「これどう思います?」なんて聞いたら、「えー、どれも一緒に見えるよ!」と頭を抱えられていただろう。
その上で、「でも、高橋くんは赤が一番似合うよ。誰よりプールで目立ってほしいし!」と、最後は俺のことを一番に考えた笑顔で背中を押してくれていた。
あの、なんてことない温かいやり取り。
けれど、今の俺が求めているのは「似合うかどうか」じゃない。コンマ一秒でも抵抗を減らせる「武器」だ。
鏡の前で、真剣な目つきでゴーグルのフィッティングを確認する。
「――高橋くん?」
不意に横から声をかけられ、振り返ると、そこには私服姿の佐伯先輩が立っていた。
清潔感のあるシャツに、整えられた髪。衣服の隙間から、まるで冷ややかな月光のような、凛とした気配がこぼれている。
学校のジャージ姿とは違う、年上らしい落ち着いた雰囲気に、一瞬言葉を失う。
「あ、佐伯先輩……。買い物ですか?」
「ええ。……それ、ノンクッションのトップモデルじゃない。かなり攻めたの選ぶんだね」
彼女は俺の持っているゴーグルを見て、少し意外そうに目を細めた。
ノンクッション。ゴムのついていない、フィット感を極限まで高めたレース用のモデルだ。
「もしインハイに行けなかった時、道具のせいにだけはしたくないって思ったんです。……大会で、一ミリも妥協したくないので」
俺が真っ直ぐに棚を見据えてそう答えると、佐伯先輩は黙って俺の横顔を見つめた。
店内の鋭い照明が、俺の目を射抜くように反射する。彼女はその光の中に、かつての自分や、今の自分と同じ「渇望」を見たのかもしれない。
「……そう。いい選択だと思う」
彼女は短くそう言って、わずかに視線を落とした。その頬が、ほんの少しだけ朱に染まったことに、俺は気づかない。
「そのモデルなら、こっちのストラップの方がズレにくいよ。……ねえ、もし良かったら、このあと少し付き合ってくれない? アスリート向けにサプリの相談にのってくれる店が近くにあるの」
誘い方はどこまでも事務的で、落ち着いた先輩のままだった。
「……いいですよ。俺も勉強したいです」
俺は二つ返事で頷いた。
今の俺にとっては、速くなるための知識は何よりも優先すべきものだったから。
帰り道、一人で自転車を漕ぎながら、駅前で別れた先輩の、どこか名残惜しそうだった背中を思い出す。
先輩は、俺が何を言わなくても、俺が欲しい言葉をくれる。水泳を深く知っているからこそ、俺のストイックさにどこまでも正確に寄り添ってくれる。
でも、ふとした瞬間に、あの不器用なくらい一生懸命に俺のことを見て、笑ってくれていた先生の顔が浮かぶ。
……だめだ。今は、前だけ見てないと。
俺は冷たくなってきた夜風を切り裂くように、ペダルを強く踏み込んだ。




