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第20話 太陽と春の空の下

 卒業証書の筒は、思っていたよりも重かった。


 式典が終わり、三年生の教室での最後のホームルームが済む頃には、式に出席していた一、二年生たちはすでに下校し、校内は独特の静けさと、卒業生たちの名残惜しい話し声だけが響いていた。


 ふと一年生のフロアの方を見ると、さっきまで騒がしかった教室はもう静まり返っている。


 一年生の担任の松岡先生は、きっと今頃、体育館で卒業式の片付けでもしているのだろう。


(……挨拶行けねーな)

 忙しそうに走り回る先生たちの姿を遠目に見ながら、俺は一人、静かに校舎を抜け出した。


 向かったのは、中庭の隅。夏の間、部活へ行く前に二人でよく話した、あの場所だ。


 そこから見えるプールの水面は、あの夏の太陽の温もりをほんのり残した春の光を反射して、キラキラと輝いている。


 しばらくぼんやりと眺めていると、遠くでバタバタと激しい足音が聞こえてきた。


「……はぁ、はぁっ……! 高橋くん! やっぱりここにいた!」


 振り返ると、息を切らした松岡先生が立っていた。

 卒業式の受付名簿を抱え、首からは「担任」のプレートを下げたまま。慌てて体育館の片付けを飛び出してきたのが一目でわかった。


「先生!? 体育館の片付け、忙しいんじゃないんですか」


「忙しいよ! でも、高橋くんが挨拶もなしに帰っちゃいそうだったから、勘が働いたの。……もー、水泳部の顧問をナメないでよね!」


 先生は乱れた前髪を雑に払い、俺の目の前で真っ直くに立ち止まった。


「高橋くん。……卒業、おめでとう。どうしても、君にだけは直接言いたかったの。……私の最初の夏を、あんなに熱いものにしてくれて、本当にありがとう」


 いつもは冗談ばかりの彼女が、今日一番の、真剣で優しい顔をして笑った。


 その瞳には、少しだけ涙が滲んでいる。


「……先生。ありがとうございます。俺、最後に一つだけ、お願いがあるんですけど」


「何? 早くしてね、戻って卒業式の片付けの続きしなきゃいけないんだから!」


 焦りながらも付き合ってくれる彼女の優しさに甘えて、俺はスマホを取り出した。


「写真。……ツーショットで、一枚だけ撮らせてください」


「えっ! ……あ、うん! いいよ、撮ろう!」


 彼女は受付名簿を一度地面に置き、俺の隣に並んだ。


 新幹線のなかで肩に感じたあの温度が、一瞬だけ蘇る。


 画面の中に、少し照れた俺の顔と、最高の笑顔でピースサインを作る先生が収まる。


 シャッター音が、春の静かな中庭に響いた。


「……撮れました。ありがとうございます」


「見せて! ……わあ、いい写真。これ、今度会ったときに絶対にちょうだいね? ……あ、もう行かなきゃ! 鬼頭先生に怒られる!」


 彼女は慌てて受付名簿を拾い上げると、校舎へ向かって走り出した。


 途中で一度だけ振り返り、大きく手を振る。


「いってらっしゃい、高橋くん! 私の母校で、暴れてきなさいよー!」


「……いってきます、先生!」


 俺の声が、春の空に溶けていく。


 仕事を抜け出し、俺のために走ってきてくれた、あの太陽のような温かさ。


 その温かな余韻があるだけで、俺はこれから始まる新しい毎日を、迷わず泳いでいける気がした。


【太陽編 第一部完】

第20話までお読みいただき、ありがとうございます。

初めて書いた作品、いかがだったでしょうか……?

まだまだ至らない点もあるかと思いますが、もし「続きが気になる!」「この恋を応援したい!」と少しでも思っていただけたら、ページ最下部にある【☆☆☆☆☆】をポチッと星に変えて評価していただけたり、ブックマークを登録していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!

実は手元に【全100話】のストックが完成しており、これから毎日更新していく予定です!

これから高校生編へ進むと、さらに魅力的な先輩や後輩ヒロインたちが登場し、物語が大きく動き出します。

明日からもよろしくお願いします!

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