第19話 太陽とサクラサク
合格掲示板からその足で学校へ走り、俺は放課後の調理室のドアを勢いよく開けた。
中にいたのは、エプロン姿で何かを必死に口に詰め込んでいた松岡先生だった。
「……はふっ!? た、高橋くん!?」
彼女は慌てて口の中のものを飲み込み、机の上に置いてあった「試作品」のクッキーを背中に隠した。
「合格しました。……先生の後輩になります」
俺が報告すると、彼女は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。そして次の瞬間、窓からの太陽の温かな光を弾くみたいに、パァァッ! と眩しい笑顔を咲かせた。
「やったぁぁぁ! すごい、すごいよ高橋くん! さすが私の自慢の教え子!」
彼女は隠していたクッキーのことなんて忘れて、俺の両手を掴んでブンブンと振り回した。
「……先生、喜びすぎです。手、痛いっすよ」
「だって嬉しいんだもん! 私の母校だよ? あの水泳部に入るんだよ? ……あ、ということは、高橋くん」
急に手を離した彼女が、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「大阪では私が奢ったけど、合格したのは高橋くんだよね? ……これ、今度は私にお祝いのご飯を奢るチャンスじゃない?」
「……は?」
感動の再会かと思いきや、開口一番それか。俺は呆れて溜息をついた。
「先生、普通そこは『よく頑張ったね、お祝いに何かご馳走してあげる』とか言う場面じゃないですか?」
「何言ってるの。立派な高校生になるんだから、少しはレディをエスコートする甲斐性を持たなきゃ! 私が厳しく指導してあげたおかげで合格したんだから、お礼は当然でしょ?」
胸を張って言い切る彼女を見て、俺は思わず吹き出してしまった。
やっぱりこの人は、最後まで「立派な先生」にはなりきれないらしい。でも、その調子外れな明るさが、受験で凝り固まっていた俺の心を一気に解きほぐしてくれた。
「……分かりましたよ。でも、俺まだ中学生で金ないんで、いつか働いて給料でるまで待ってください」
「やった! 言ったね? 忘れないようにファイルにメモしとかなきゃ」
彼女は嬉々として、金魚の栞が挟まったあのファイルを開いた。窓の外では、まだ蕾の固い桜の木が、風に揺れている。
「……先生。卒業しても、たまに報告に来ていいですか?」
俺が少し真面目な声で聞くと、彼女はファイルを抱きしめたまま、一瞬だけ大人びた優しい顔で微笑んだ。
「当たり前でしょ。後輩の活躍、楽しみにしてるんだから。
十五歳の春。
俺は一歩、彼女の過去へと足を踏み入れた。いつか、彼女に「奢ってやるよ」と胸を張って言えるくらいの男になってやる。
新しい目標は、タイムを縮めることと同じくらい、俺の胸を熱くさせていた。




