第14話 太陽と前夜の告白
食事を終え、各自の部屋へ戻る前。
俺たちは少しだけ、照明の落ちた静かなロビーのソファに座った。
大きなガラス窓の向こうには、大阪の街の夜景が広がっている。
「……はぁー、おいしかったぁ。ホテルのバイキングのお料理、最高だったね!」
松岡先生は、お腹をさすりながら満足げに息をついた。さっきまでケーキを三つも食べていた人だけあって、あまりにも無防備な姿だ。
「先生……。明日、全国大会だってこと忘れてませんか?」
「忘れてないよ! でも、美味しいものを食べると幸せな気持ちになって、明日の応援に力が入るでしょ?」
俺は思わず吹き出してしまった。
「なんすかそれ。先生、ほんと先生らしくないですよね。もっとこう、ビシッと指導するとか、緊張をほぐす名言を言うとか、あるじゃないですか」
俺の言葉に、彼女は「えー、そうかなぁ」と苦笑いしながら、膝の上でファイルをなでた。
「……でもね、私。そんな風に『立派な先生』になりたくて教師になったわけじゃないんだ」
ふと、彼女の視線が遠くなる。
「私、学生時代は何をやっても中途半端で、これっていう得意なこともなかったの。でもね、一回だけ、担任の先生が私の調理実習で作ったお菓子を『世界一おいしい』って笑って食べてくれたことがあって」
彼女は、ファイルに挟まった金魚の栞をそっと指でなぞった。
「その時、思ったんだよね。誰かが一生懸命頑張ってる横で、一緒に笑ったり、美味しいねって言い合える存在になれたら、それだけで十分素敵なんじゃないかって。 ……だから、今の私は、高橋くんが頑張ってるのを一番近くで見て、一緒に美味しいものを食べるのが、最高に幸せなの」
夜景の光を受けて、彼女の瞳が少しだけ潤んで見えた。
いつも頼りなくて、食いしん坊な彼女の根っこにある、静かで強い家庭科の「教師」としての想い。
「……だから、明日は緊張しなくていいよ。高橋くんがどんな結果になっても、私は『お疲れ様、お腹空いたね!』って笑って迎える準備はできてるから」
その言葉は、どんな立派な名言よりも、俺の肩から余計な力を抜いてくれた。
俺はこの人の、この「らしくない」優しさに救われてきたんだ。
「……分かりました。じゃあ、明日は最高の気分で、先生をお好み焼き屋に連れて行きます」
「うん! 楽しみにしてるね」
彼女はいつもの笑顔に戻り、立ち上がった。
「おやすみなさい、高橋くん。明日、思いっきり楽しんできて」
エレベーターへ向かう彼女の背中を見送りながら、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
今まで、自分のタイムのことしか頭になかった。あの一秒を削るためだけに、必死に腕を振ってきた。だけど、今は――。
誰かのために泳ぐ。
中学生のガキが思うには生意気かもしれないけれど。明日は、俺のために、そしてあの人の笑顔のために、この夏最高の飛沫を上げてやる。




