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ゆたかの怪奇列島第9章「アクロバティックさらさら」  作者: こうた


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第3話「侵食」

暗い。


目を閉じているはずなのに——


暗くない。


“いる”


すぐそこに。


視界の奥。


輪郭だけが、はっきりしている。


ななが息を呑む。


「……おるやん」


目を閉じているのに。


見えている。


女。


揺れる髪。


異様に軽い動き。


消えない。


ゆたかが低く言う。


「来たな」


人面犬が舌打ちする。


「第二段階だ」


神父が静かに補足する。


「視覚から“認識”へ移行しています」


一拍。


「すでに外界とは関係ありません」


沈黙。


つまり——


逃げ場がない。


ななが震える声で言う。


「目閉じても意味ないやん……」


桃太郎。


動かない。


目を閉じている。


だが——


呼吸が荒い。


見えている。


完全に。


女が——近づく。


ゆっくりと。


視界の中で。


距離が縮まる。


止まらない。


「……来る」


桃太郎が呟く。


その瞬間。


“ドンッ!!”


現実の体が、後ろに吹き飛ぶ。


壁に叩きつけられる。


ななが叫ぶ。


「桃太郎!!」


だが——


桃太郎は、何も見ていない。


現実を。


ただ——


“内側”を見ている。


神父が言う。


「完全に侵食されています」


一拍。


「視覚と現実の区別が消えています」


人面犬が吐き捨てる。


「最悪だな」


ゆたかが動く。


桃太郎の前へ。


しゃがむ。


「おい」


反応なし。


目は閉じたまま。


だが——


震えている。


恐怖。


明らかに。


ゆたかが軽く頬を叩く。


「戻れ」


反応なし。


ななが焦る。


「どうすんねんこれ!!」


神父が言う。


「外からの刺激では不十分です」


一拍。


「内側に介入する必要があります」


沈黙。


意味は一つ。


ゆたかが言う。


「入り込むしかないな」


ななが戸惑う。


「は?」


人面犬がニヤリと笑う。


「面白ぇ」


一歩前に出る。


「やるか」


神父が短く言う。


「危険です」


一拍。


「戻れなくなる可能性があります」


ゆたかが肩をすくめる。


「今さらやろ」


桃太郎を見る。


倒れている。


呼吸が荒い。


だが——


まだ壊れてはいない。


ゆたかが決める。


「行くで」


そのとき——


周囲。


他の人間たち。


同じように。


立ったまま。


座ったまま。


倒れたまま。


目を閉じている。


だが——


見ている。


同じものを。


一人が呟く。


「……綺麗や……」


別の一人も。


「……逃げられへん……」


さらに。


誰かが笑う。


壊れたように。


街全体が——


“侵食”されている。


ななが震える。


「……もう終わりやんこんなん……」


神父が否定する。


「いいえ」


一拍。


「まだ段階です」


ゆたかが聞く。


「上があるんか」


神父が答える。


「はい」


一拍。


「完全固定です」


沈黙。


それが来れば——


戻らない。


人面犬が言う。


「その前に叩くぞ」


ゆたかが頷く。


「せやな」


桃太郎に手を置く。


目を閉じる。


呼吸を整える。


そして——


“入る”


感覚が変わる。


落ちるように。


暗闇へ。


ななはその場に残る。


神父と共に。


震えながら。


「……戻ってこれるんやろな」


神父は答えない。


ただ——


空を見る。


見えない何か。


確実に、近づいている。


そのとき。


“静寂”


また。


完全な無音。


声。


すぐ隣で。


冷たく。


「遅い」


一拍。


「もう、深い」


ななの体が凍る。


神父の目が細くなる。


ゆっくりと。


言う。


「……観測されている」


空気が戻る。


音が戻る。


だが——


もう後戻りはできない。


ゆたかたちは——


“内側”へ入った。


■ 第9章 第3話 終

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