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ゆたかの怪奇列島第9章「アクロバティックさらさら」  作者: こうた


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第2話「固定」

“ドンッ!!”


衝突。


間一髪。


ゆたかが踏み込む。


体を捻る。


女の軌道をずらす。


“ガンッ!!”


背後の壁に激突。


コンクリートにヒビが入る。


だが——


軽い。


ありえないほど。


女はそのまま壁を蹴る。


反動で、また空へ。


そして——


“いる”


別の場所に。


さっきとは違うビルの側面。


同じ目。


こちらを見ている。


ななが息を呑む。


「……速すぎやろ……」


人面犬が低く言う。


「速いだけじゃねぇ」


一拍。


「位置が固定されてねぇ」


神父が頷く。


「視界依存です」


一拍。


「見ている側の認識に合わせて“出現位置が決まる”」


ゆたかが吐き捨てる。


「つまり——」


桃太郎が続ける。


「どこにでもいる」


その瞬間。


「……あ、また」


別の声。


振り向く。


さっきとは違う男。


同じように——


上を見ている。


完全に。


動かない。


「……綺麗や」


呟く。


目は開いたまま。


乾いている。


まばたきすらしない。


ななが顔を歪める。


「やばい……」


近づく。


肩を揺らす。


「おい!戻れ!」


だが——


反応がない。


完全に。


“固定”


神父が言う。


「認識が拘束されています」


一拍。


「すでに“外せない段階”です」


そのとき。


男の体がふらつく。


それでも——


目は上。


外れない。


一歩。


踏み出す。


危ない方向へ。


「おい!!」


ななが手を伸ばす。


届かない。


男が段差を踏み外す。


“ガンッ!!”


頭を打つ。


血。


それでも——


目は上。


止まらない。


さらに動こうとする。


ななが叫ぶ。


「もうやめろや!!」


ゆたかが一歩出る。


“バンッ!!”


強引に蹴り飛ばす。


視線が切れる。


男が崩れる。


その場に。


「……は……?」


ようやく、戻る。


呼吸が荒い。


何が起きたか分からない顔。


ななが息を吐く。


「助かった……」


神父が冷静に言う。


「完全ではありません」


一拍。


「一度固定された認識は、再発します」


沈黙。


人面犬が言う。


「クセになるってわけか」


ゆたかが舌打ちする。


「最悪やな」


そのとき——


桃太郎。


動かない。


ななが気づく。


「……おい」


振り向く。


桃太郎。


上を見ている。


完全に。


固まっている。


「……桃太郎?」


返事がない。


目は開いたまま。


焦点が合っていない。


その先。


いる。


女。


ビルの上。


ゆっくりと動く。


滑るように。


視界の中で。


桃太郎の呼吸が乱れる。


「……っ……」


だが——


目を逸らせない。


神父が言う。


「危険です」


一拍。


「深く入っています」


ななが焦る。


「どうしたらええねん!!」


人面犬が言う。


「ぶっ飛ばせ」


短く。


「物理で切れ」


ゆたかが即座に動く。


踏み込む。


“バンッ!!”


思い切り殴る。


桃太郎の頬に。


衝撃。


体が揺れる。


視線が一瞬切れる。


桃太郎がハッとする。


「……今……」


膝をつく。


呼吸が荒い。


ゆたかが言う。


「見るな言うたやろ」


桃太郎が歯を食いしばる。


「……分かっている」


だが——


目が、勝手に動く。


また。


上へ。


ななが叫ぶ。


「無理やんこんなん!!」


神父が説明する。


「視界の“優先度”が上書きされています」


一拍。


「本来の意思では抗えません」


人面犬が鼻を鳴らす。


「だから言ってんだろ」


一拍。


「見たら終わりだって」


そのとき——


女が動く。


壁から。


天井へ。


さらに移動。


どこにでもいる。


視界の端に。


常に。


存在する。


ななが震える。


「……消えへん」


神父が言う。


「はい」


一拍。


「“残っています”」


ゆたかが空を見ずに言う。


「ほな対策は一つやな」


ななが聞く。


「何?」


ゆたかが答える。


「見なければええ」


沈黙。


なながキレる。


「無理やろ!!」


その通り。


普通は無理。


だが——


人面犬が笑う。


「やるしかねぇだろ」


目を閉じる。


完全に。


それでも歩く。


迷いなく。


「見なきゃ、見えねぇ」


一歩。


進む。


ゆたかがニヤリと笑う。


「アホやけど正解やな」


桃太郎が目を閉じる。


呼吸を整える。


ななは迷う。


怖い。


だが——


覚悟を決める。


「……やるしかないか」


目を閉じる。


暗闇。


何も見えない。


だが——


“いる”


感じる。


近くに。


視線。


そのとき。


“静寂”


また来る。


声。


すぐ近くで。


冷たく。


「閉じても同じだ」


一拍。


「もう、見えている」


ななの体が震える。


桃太郎の呼吸が止まる。


神父が目を見開く。


ゆたかが低く言う。


「……しつこいな」


空気が戻る。


音が一気に流れ込む。


女は——


まだいる。


見えなくても。


そこに。


確実に。


■ 第9章 第2話 終

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