第2話「固定」
“ドンッ!!”
衝突。
間一髪。
ゆたかが踏み込む。
体を捻る。
女の軌道をずらす。
“ガンッ!!”
背後の壁に激突。
コンクリートにヒビが入る。
だが——
軽い。
ありえないほど。
女はそのまま壁を蹴る。
反動で、また空へ。
そして——
“いる”
別の場所に。
さっきとは違うビルの側面。
同じ目。
こちらを見ている。
ななが息を呑む。
「……速すぎやろ……」
人面犬が低く言う。
「速いだけじゃねぇ」
一拍。
「位置が固定されてねぇ」
神父が頷く。
「視界依存です」
一拍。
「見ている側の認識に合わせて“出現位置が決まる”」
ゆたかが吐き捨てる。
「つまり——」
桃太郎が続ける。
「どこにでもいる」
その瞬間。
「……あ、また」
別の声。
振り向く。
さっきとは違う男。
同じように——
上を見ている。
完全に。
動かない。
「……綺麗や」
呟く。
目は開いたまま。
乾いている。
まばたきすらしない。
ななが顔を歪める。
「やばい……」
近づく。
肩を揺らす。
「おい!戻れ!」
だが——
反応がない。
完全に。
“固定”
神父が言う。
「認識が拘束されています」
一拍。
「すでに“外せない段階”です」
そのとき。
男の体がふらつく。
それでも——
目は上。
外れない。
一歩。
踏み出す。
危ない方向へ。
「おい!!」
ななが手を伸ばす。
届かない。
男が段差を踏み外す。
“ガンッ!!”
頭を打つ。
血。
それでも——
目は上。
止まらない。
さらに動こうとする。
ななが叫ぶ。
「もうやめろや!!」
ゆたかが一歩出る。
“バンッ!!”
強引に蹴り飛ばす。
視線が切れる。
男が崩れる。
その場に。
「……は……?」
ようやく、戻る。
呼吸が荒い。
何が起きたか分からない顔。
ななが息を吐く。
「助かった……」
神父が冷静に言う。
「完全ではありません」
一拍。
「一度固定された認識は、再発します」
沈黙。
人面犬が言う。
「クセになるってわけか」
ゆたかが舌打ちする。
「最悪やな」
そのとき——
桃太郎。
動かない。
ななが気づく。
「……おい」
振り向く。
桃太郎。
上を見ている。
完全に。
固まっている。
「……桃太郎?」
返事がない。
目は開いたまま。
焦点が合っていない。
その先。
いる。
女。
ビルの上。
ゆっくりと動く。
滑るように。
視界の中で。
桃太郎の呼吸が乱れる。
「……っ……」
だが——
目を逸らせない。
神父が言う。
「危険です」
一拍。
「深く入っています」
ななが焦る。
「どうしたらええねん!!」
人面犬が言う。
「ぶっ飛ばせ」
短く。
「物理で切れ」
ゆたかが即座に動く。
踏み込む。
“バンッ!!”
思い切り殴る。
桃太郎の頬に。
衝撃。
体が揺れる。
視線が一瞬切れる。
桃太郎がハッとする。
「……今……」
膝をつく。
呼吸が荒い。
ゆたかが言う。
「見るな言うたやろ」
桃太郎が歯を食いしばる。
「……分かっている」
だが——
目が、勝手に動く。
また。
上へ。
ななが叫ぶ。
「無理やんこんなん!!」
神父が説明する。
「視界の“優先度”が上書きされています」
一拍。
「本来の意思では抗えません」
人面犬が鼻を鳴らす。
「だから言ってんだろ」
一拍。
「見たら終わりだって」
そのとき——
女が動く。
壁から。
天井へ。
さらに移動。
どこにでもいる。
視界の端に。
常に。
存在する。
ななが震える。
「……消えへん」
神父が言う。
「はい」
一拍。
「“残っています”」
ゆたかが空を見ずに言う。
「ほな対策は一つやな」
ななが聞く。
「何?」
ゆたかが答える。
「見なければええ」
沈黙。
なながキレる。
「無理やろ!!」
その通り。
普通は無理。
だが——
人面犬が笑う。
「やるしかねぇだろ」
目を閉じる。
完全に。
それでも歩く。
迷いなく。
「見なきゃ、見えねぇ」
一歩。
進む。
ゆたかがニヤリと笑う。
「アホやけど正解やな」
桃太郎が目を閉じる。
呼吸を整える。
ななは迷う。
怖い。
だが——
覚悟を決める。
「……やるしかないか」
目を閉じる。
暗闇。
何も見えない。
だが——
“いる”
感じる。
近くに。
視線。
そのとき。
“静寂”
また来る。
声。
すぐ近くで。
冷たく。
「閉じても同じだ」
一拍。
「もう、見えている」
ななの体が震える。
桃太郎の呼吸が止まる。
神父が目を見開く。
ゆたかが低く言う。
「……しつこいな」
空気が戻る。
音が一気に流れ込む。
女は——
まだいる。
見えなくても。
そこに。
確実に。
■ 第9章 第2話 終




