第1話「視界」
夜。
東京の光は、消えない。
ビル。
ガラス。
無数の窓。
そのすべてが——
“誰かの目”のように見える。
「……まだ終わってへんな」
ななが呟く。
8章の余韻は、消えていない。
むしろ——
“薄く広がっている”。
ゆたかは空を見上げる。
「空気が重いな」
桃太郎も同じ方向を見る。
高層ビル。
その上。
暗闇。
何もいないはずの場所。
だが——
“見られている”
そんな感覚。
神父が言う。
「観測が継続しています」
一拍。
「完全には断てていません」
人面犬があくびをする。
「しつこいなぁ」
歩く。
ビル街の中を。
夜なのに、人は多い。
だが——
どこか様子がおかしい。
視線が、定まらない。
一点を見ている者が多い。
上。
横。
何もない空間。
ななが気づく。
「……なんでみんな同じとこ見てんの?」
神父が止まる。
「……来ます」
一瞬。
風が止む。
音が遠くなる。
そして——
“いた”
ビルの壁。
ありえない場所。
縦の壁に——
女。
細い。
長い髪。
不自然なほど軽い体。
逆さに、張り付くように。
こちらを見ている。
ななの息が止まる。
「……あれ」
指をさす。
ゆたかが目を細める。
「なんやあれ」
女が——
“動く”
一瞬で。
壁を蹴る。
跳ぶ。
空中。
軽い。
ありえない軌道。
別のビルの側面へ。
“ドンッ”
張り付く。
また見る。
こちらを。
桃太郎が低く言う。
「速い……」
人面犬が舌打ち。
「嫌なタイプだな」
神父が分析する。
「視認された対象に干渉しています」
一拍。
「“見ること”自体がトリガーです」
ななが一歩下がる。
「つまり……」
ゆたかが言う。
「見たらあかんやつやな」
その瞬間。
近くで声。
「……あ」
振り向く。
サラリーマン。
上を見ている。
完全に。
目が離せない。
「……なんやあれ……」
呟く。
足が、ふらつく。
それでも——
視線は固定。
外れない。
「おい、やめとけ」
ゆたかが声をかける。
届かない。
完全に。
“見せられている”
そのとき——
女が動く。
ビルから。
跳ぶ。
一直線。
男へ。
“ドンッ!!”
衝撃。
男の体が吹き飛ぶ。
後ろへ。
ガラスに叩きつけられる。
“バリンッ!!”
割れる。
血。
そのまま——
倒れる。
動かない。
ななが叫ぶ。
「おい!!」
だが——
終わらない。
別の場所。
また一人。
上を見ている。
「……いる」
そして——
“落ちる”
ビルの非常階段。
足を踏み外す。
転がる。
“ゴンッ!!”
鈍い音。
止まらない。
さらに下へ。
血が広がる。
ななが顔を歪める。
「なんやこれ……!」
神父が断言する。
「視界の固定です」
一拍。
「一度捉えた対象から離れられない」
人面犬が吐き捨てる。
「クソみてぇな能力だな」
ゆたかが女を見る。
まだいる。
ビルの上。
こちらを見ている。
完全に。
逃がさない目。
桃太郎の呼吸が乱れる。
目が合う。
その瞬間——
“ゾワッ”
寒気。
背中に走る。
視線が外れない。
逸らせない。
「……っ」
体が固まる。
ななが気づく。
「桃太郎!!」
ゆたかが即座に動く。
“バンッ!!”
肩を叩く。
強引に。
衝撃で視線を切る。
桃太郎がハッとする。
「……今……」
呼吸が荒い。
ゆたかが言う。
「見るな」
短く。
はっきりと。
人面犬も言う。
「一回でもハマったら終わりだ」
神父が補足する。
「継続観測により、干渉が強まります」
一拍。
「すでに複数名が影響下にあります」
ななが周囲を見る。
何人もいる。
上を見ている。
動かない。
ただ——
見ている。
そして。
一人が呟く。
「……綺麗や」
別の一人も。
「……すごい……」
共通点。
“見せられている”
ゆたかが舌打ちする。
「最悪やな」
そのとき。
女が——
“笑う”
無音で。
だが確実に。
そして——
一歩。
こちらに向けて。
“落ちる”
重力を無視するように。
一直線に。
ななが叫ぶ。
「来る!!」
ゆたかが構える。
桃太郎も。
人面犬が牙を剥く。
神父が後ろに下がる。
衝突——
直前。
“静寂”
また。
時間が止まる。
色が薄れる。
そして——
声。
冷たく。
近くで。
「見たな」
一拍。
「なら、もう離れない」
桃太郎の目が見開く。
神父も理解する。
ななは震える。
ゆたかが眉をひそめる。
空気が戻る。
一気に。
女が迫る。
もう止まらない。
■ 第9章 第1話 終




