第99話 【驚愕の正体】電撃の政略結婚と帰蝶の秘密
全軍が無事に憩いの休憩地へ到着すると、俺と父・信秀は各々の本陣へと別れた。
休憩地へ着くやいなや、父・信秀から老臣・平手政秀に対し、即座に清洲織田家との和平交渉に取りかかるよう極秘の指示が出されたという。
だが、俺の率いる精鋭部隊が古渡城下で清洲織田の兵勢を壊滅させたばかりだ。そう簡単に和睦に応じるわけがない。唯一の救いは、実権を握る坂井大膳の弟・坂井甚介を殺さずに生のまま拘束して連れてきたことくらいだろう。
いくら歴史上で類まれな外交手腕を誇る平手政秀とはいえ、この状況で清洲へ乗り込ませるのはあまりに不憫で心配だ。そこで俺は、史実において武田信玄の外交僧として知略を揮うことになる快川紹喜を、平手の同行者として付けることにした。
俺が平手と詰めの協議を進めていると、どこからともなく帰蝶がふわりと近づいてきた。
「なんだか、ずいぶんと厳しい局面になってきたわねぇ」
「ああ。尾張国内も隣国も、見渡せば敵ばかりの絶体絶命さ」
「ふふ、しょうがないわねぇ。アタイが平手っちに、飛び切りの手柄を立てさせてあげるわよぉ」
(……ん? いつから平手政秀のことを『平手っち』なんて呼ぶようになったんだ!?)
「おいおい、手柄って急に何をするつもりだ?」
「信長様と、美濃国の斎藤利政の娘である『濃姫』様を電撃結婚させて、斎藤利政と不可侵の同盟を結ばせるのよ。アタイが平手っちと一緒に美濃へ乗り込めば、利政がこの話を断るはずなんてないわ!」
「お前、本当にそれでいいのか……!?」
「えっ!? ほ、本当にそのような奇策が可能なのですか!?」
俺と平手政秀は、思わずハモるように叫んでしまった。
「信長様、アタイはいいのよ。それに平手っち、絶対に可能だから安心しなさい! 失敗なんて百パーセントあり得ないわ!」
帰蝶は胸を張って言い切った。
(いいのか……? 正室の座を狙っているのかと思ってたが……まあ本人がそれでいいならいいか。側室として側に置いておけば問題ないしな)
「よし、政秀ッ! 美濃国の斎藤利政との政略結婚と同盟の話を、今すぐ父上のもとへ突撃して捩じ込んでこいッ! 『命懸けで交渉に赴きます!』ってな具合で、死に物狂いで説得してこい!」
「は、はいッ! ここが織田家の運命を分ける最大の正念場! 命を的にかけて、信秀様から即刻のお許しを頂戴して参りますッ!」
意を決した平手政秀は父・信秀の本陣へと駆け込み、見事に説得を完了させて承諾を取り付けると、帰蝶を連れて速やかに美濃へと旅立っていったのだった。
――それから数日後。
美濃での交渉を終えた平手政秀と帰蝶が、那古野城へと帰還した。出迎えた俺たちは、城の広間に幹部を集めて報告を求めた。
「で、美濃の蝮との交渉はどうなった!?」
「それが……帰蝶さ――」
平手が報告を口にしようとした瞬間、それを遮って帰蝶がドヤ顔で割り込んできた。
「ズバリッ! 信長様と濃姫様の結婚は快諾! 美濃との同盟も完璧に成立よッ!」
「おおおッ! さすがは帰蝶ッ! 見事な手際だ!」
「えへへー、だしょー? アタイは本当に凄いのよぉー!」
「しかし……あの百戦錬磨の斎藤利政が、よくぞこれほどあっさりと了解いたしましたね……」
前田利久が不思議そうに首をひねる。
「いや、斎藤利政にとっても、美濃国守護である土岐頼芸の存在が目障りで仕方がなかったのであろう」
海野棟綱が利久の疑問へ静かに答える。
「確かにそうだな。土岐頼芸はかつて利政によって美濃から追放されたものの、信秀様の後ろ盾を得て美濃へ舞い戻っていた。信秀様の後ろ盾さえ奪ってしまえば、再び頼芸を追放して美濃を完全掌握できる。利政にとって、美濃一国を完璧に統治するためには極めて理にかなった選択だ」
快川紹喜も頷き、海野棟綱の分析に同意した。
「理由はどうあれ、窮地に陥っていた我が織田家にとってはこれ以上ない至高の朗報。平手殿も帰蝶殿も、実に見事な大仕事をやってのけられましたな」
沢彦宗恩が優しく微笑みながらフォローを入れる。大人な対応だ。
「しかしお前たち、他国の複雑な裏事情まで本当に良く知っているな……」
「ハハッ、そりゃあ信長様の抱える忍びたちが優秀過ぎるからですよ!」
山本勘助が笑いながら、懐から一枚の精緻な日本地図を取り出して広げた。現在の戦国時代の勢力図が極めて細かく描き込まれている。
(おいおいッ!? こんな完璧な全国地図まで用意してんのかよ!?)
「各地の情勢を聞けば、忍びたちが即座に詳細な裏情報まで答えてくれますからね」
海野棟綱が肯定し、さらに真田幸隆が自信満々に胸を張った。
「敵武将の弱点や個人的な好みまで瞬時に調べてくれますからね。信長様が本格的に天下へ進出される頃には、謀略と調略がやり放題ですよ! 私が信濃にお家があった頃にこれほどの忍びがいれば、武田などに絶対に負けなかったのですがねぇ!」
「お、おう……頼もしい限りだ。これからも頼むぞ。……ところで帰蝶、肝心の濃姫とやらは、いつ尾張へやって来る予定なんだ?」
俺が尋ねると、帰蝶は「うふふ」と怪しげな笑みを浮かべた。
「実は……帰蝶様こそが、美濃の斎藤利政の娘・濃姫様だったのですッ!」
平手政秀が耐えきれずに叫んだ。
「ちょっと平手っちッ! それはアタイが一番美味しいタイミングで発表するって言ったでしょッ!? もうッ、せっかくのドッキリが大失敗じゃないのよぉーッ!」
バシィッ! と、帰蝶が平手の後頭部を容赦ない力で叩いた。素晴らしいツッコミのキレだ。
「……って、帰蝶がお前、濃姫だったのかぁぁぁぁッ!?」
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜! 濃姫ならもう、とっくに尾張に来てるってばぁ〜!」
帰蝶は可愛らしく叫ぶと、俺の身体に勢いよく抱きつき、そのまま情熱的なキスを唇に贈ってきた。
周りの家臣たちが一斉に微笑ましい眼差しを向け始める。前田利久が感動したように拍手を叩き始めると、それはあっという間に全員の大きな手拍子へと広がっていった。
「「「「「「信長様! 帰蝶様! ご結婚おめでとうございますッ!!」」」」」」
広場に響き渡る大祝福の嵐。
(……いや、まだただの発表で結婚式じゃねぇっつーの! ったく、今回はそういうオチかよッ!)
俺は抱きついてくる帰蝶の温もりを感じながら、呆れつつも静かに笑みを漏らすのだった。




